Episode7 「赤装束のメイド」
ファーステッドという街の一角。小さな宿で睡眠をとっているユウスケは呻きを上げて目を覚まし、息を荒らげて飛び起きた。朝の日差しがユウスケの顔を照らし、システィが扉を開けて買い出しから帰ってきた。
「どうかされましたか?」
「いや、なんでもない。ただ変な夢を見て……。」
「夢、ですか?」
「無数の武器を身にまとって、何者かと戦う戦士の夢だった。顔は隠れていて見えなかったし、周囲は酷く荒廃していてまるで砂漠のような地形で……。」
「まさか、新たな転移者が現れるという予知夢では?」
「俺にそんな能力があったら、スゴい嬉しいんだけどね。」
ユウスケはシスティから着替えを受け取るが、衣服が自分の着ていたものとはまるで違った。
「これ、俺のじゃないけど……。」
「ユウスケ様の服は他の転移者から見たら丸わかりです。ですので、こちらの服を着ることで周りと溶け込み、安全に過ごすことが第一かと。」
「……確かに。」
受け取った黒のタキシードとズボンを広げて、寝巻きのボタンを外していく。
「悪いけど、ちょっと出てくれないかな?」
「大丈夫です。旦那様の着替えの立ち合いで見慣れておりますので。」
「そういうことじゃないんだけど……。」
「それに脱走してから余り時間が経っていないため、ユウスケ様を追う客がいつ現れるかわかりません。私がここを離れるわけには……。」
「いや、けどさ……。」
システィは離れることを頑なに拒むが、ユウスケは何とかシスティを説得して部屋の前で待機させることに成功した。寝巻きを脱いで、タキシードを羽織り、ズボンを穿いたユウスケはシスティを呼んで着替えたと知らせる。
「お似合いですよ。」
朗らかなシスティの笑顔にユウスケも思わず顔を赤くする。
「では、行きましょうか。」
「昨日言ってたルースターの屋敷に?」
「ええ。恐らくディユが屋敷を確保しているでしょうから、隠し通路から中に入ります。準備はよろしいですか?」
「はぁ……。ツバキさんがいてくれたら幾分、楽にできたのにな……。」
「仕方がありません。あの方は……。」
あの収容されていたディユの牢から脱出した直後、ツバキは用事があるとユウスケやシスティとは別行動を取ることとなったのだ。
先日
「ここまで来れば追ってこないはずだ。」
全速力で駆けて深い森の中まで逃げてきた三人は、立ち止まって息を整える。
「君たちはこれからどこに?」
「以前に住んでいたルースターの屋敷はディユに確保されるでしょうから、ここから少し離れた宿に泊まって夜を明かそうかと。」
「ツバキさんは?」
「僕は残念ながら行くところがあってね。プリュスという街なんだが……。」
「ああ!中心街のアンジュ方面にある街ですね。」
システィは納得して声を上げるが、ユウスケには何のことだが一切わからない。
「僕がこの世界に転移してきた時に初めて訪れた街でね。色々としなければならないことが……。」
「私たちならば大丈夫です。ユウスケ様は私が御守りしますので。」
「うん。任せたよ。……ユウスケ、君にはまだ聞きたいことがあるけど、また今度だね。あと、他の転移者は僕みたいな連中ばかりじゃない。それはわかってると思うけど……。」
「あのディユの……?」
「彼の名はカイト。この世界ではブラストと名乗っている。恐らく転移者の中では最強の存在だ。特にあの鎧は〝ホロコースト〟と言って、異常な攻撃力と防御力を誇る特典アイテムなんだ。……彼はまた君を狙ってくるだろう。数日は表に姿を出さないことだね。」
ツバキは微笑して生い茂る草木を掻き分け、ユウスケ達の前から姿を消した。
(カイト……。最強の転移者か……。)
「ツバキ様の言っていた最強の転移者 カイト。もし再び現れても、私が必ず命に代えて御守りします。」
「最強といえば、あいつもまたこの世界に来ているはず。」
「彼……?」
ユウスケは窓を見て目を細める。
「シュウ。俺と一緒にこっちに来たヤツだよ。今はどこにいるのかわからないけど、シュウもそのカイトと同じくらい強い。そっちにも注意しなくちゃな。」
「では裏道を通って屋敷の近くまで行きましょう。そこからは地下を通って必要なものを取りに行けますから。」
「なら早く行こう。ディユに見つかったら厄介だからな。」
ルースターの屋敷の近くまで歩いてきたユウスケとシスティは、物陰から屋敷の様子を探る。
「やっぱりいますね。」
屋敷の周辺に数十人の衛兵が巡回しており、とても正面から入れるような状況ではなかった。
「予定通り、地下から行くしかないようです。」
システィは東に数歩歩き、地面に設置にしてある破損した障害物をどかしてカモフラージュされていた地下への扉を開ける。
「この先です。」
薄暗く、水滴が水溜まりに落ちて音を立てているトンネルのような通路にユウスケとシスティは降りた。
「一番奥の隠し部屋に非常用の物資があります。そこにルースターの家宝もあると聞いていますので、それも取ってきて下さい。私は上で見張りをしています。」
「頼んだ。持って帰れるだけ持ってくよ。」
「お願いします。」
システィは扉を閉めて、ユウスケは前の世界から持ってきていたライターを着火させた。狭い範囲だが灯りが照らされ、それを頼りにユウスケは通路を進んでいく。しばらく歩いていくと、鉄製の扉があり重いノブを回して錆びかけている扉を蹴破った。
(ここがシスティの言っていた部屋か……。)
壁に立てかけてある松明にライターの火を移し、部屋全体を照らした。部屋にはショーケースに貯蔵された様々な書類や、壁にかけられた大量のライフル。ユウスケは持ってきていた袋に持てるだけの物資を詰め込み、ついに壁に埋め込まれている家宝と思わしき透明な宝石のようなものに手を伸ばして、壁から外した。
(これがルースターの家宝……。)
その時、部屋全体に警報音が鳴り響き、焦るユウスケは袋を担いで部屋を飛び出した。
(警報音……。まさかディユが罠を……!?)
システィはディユの衛兵がユウスケの方へ向かわないように率先して衛兵達の前に姿を現した。
「私が相手をします。」
(たぶんあれは俺がルースターの家宝を取った時に作動するように細工してあった罠……。となると、上にいるシスティが……!?)
嫌な予感がするユウスケは全速力で通路を駆ける。天井の扉をこじ開け、袋を先に地面へ置いてから周囲に気を配り、外へと顔を出した。
(システィは……!?)
(くっ……!この程度の敵、武器があれば容易いのに……!)
衛兵の攻撃を受け止めて捌いていくシスティだか、数で押してくる衛兵達に苦戦を強いられる。
「システィ!!」
ユウスケの声に衛兵達の注意が一瞬向かれ、システィが周囲の衛兵を吹き飛ばした。
「ユウスケ様!」
「これを……!!」
衛兵の攻撃を躱してユウスケはライフルを投げた。スプリングフィールド M1903に似たLEC-6 別名〝ヴィユー〟と弾丸を少々、受け取ったシスティはユウスケに迫る衛兵の胴体を腰だめで撃ち抜いた。
「ユウスケ様は下がっていて下さい。」
背後から衛兵達がグロック18に似たHEC-18 別名〝コンティヌ〟で狙いを定め、トリガーを引いて無数の弾丸が銃口から放たれる。地面を滑って躱すシスティはその状態で衛兵の足を撃ち抜いた。
「例の家宝を!」
「こいつか……!」
透明の宝石 〝リベルテ〟を投げ渡し、システィはそれを受け取り衛兵の腰に装備しているナイフ 〝トランシャント〟を見ると、リベルテがその形状に変化した。
屋敷の屋根からFN FALに似たLEC-5 別名〝アルマージ〟のドットサイトでシスティに狙いを定めて衛兵はトリガーを引くが、システィはトランシャントで弾丸を弾いた。
(なにッ……!!)
システィはヴィユーで屋根の衛兵を撃ち抜き、弾切れとなったヴィユーを迫り来る衛兵達に向かって投げ捨てた。隙ができた衛兵達の頸動脈にトランシャントの刃が突き刺さり、倒れる衛兵から本物のトランシャントを抜き取り、首からリベルテを抜いて逆手に構え、本物も同じく逆手に持ち直した。
「終わりです。」
その場で回転するように衛兵達を切り裂いていき、白かったメイド服は返り血で赤くなっていく。一瞬にして衛兵達は倒れ、本物のトランシャントを生き延びて這いずり回る衛兵の手元に投げた。
「ディユに伝えて下さい。もう私達、ルースターを追跡するのはやめるようにと。」
立ち上がって逃げる衛兵を見逃し、リベルテは通常の宝石へと戻った。
「大丈夫でしたか?」
「なんとかな。それより、その石がルースターの家宝?」
「リベルテという形状記憶の宝石です。一度見たものは可能な限り再現でき、その能力もコピーできます。旦那様からはかなり前から使用許可は出ていたのですが、使う機会がなくて。」
ユウスケは埃を払って、袋から予備のメイド服をシスティに渡した。
「それが今だったってわけか。それにしてもスゴい強いな。まるで転移者みたいだ。」
「代々、私達の家系はこの力で仕えるべき主を守ってきましたから。このリベルテとヴィユーがあれば転移者にも引けを取らないはずです。」
システィは袋に詰められた物資を見て満足そうに笑う。
「では次の街に行きましょう。」
「次……?」
「ええ。もうここ一帯の地域にはいられません。この長年住んでいた屋敷も捨てるしかないでしょう。」
「なら、どこに?」
「水の都市 オーヴィルへ。」
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