Episode5 「継ぐ者」

「まず君の主人 ベイカーが帰ってくるのを待ち、ここに入るための天井にあるハッチが開くのを待つ。そこで僕が君たち二人を抱えて跳ぶから、あとは一心に逃げるんだ。大丈夫。なにせ転移者が僕の他に君もいるんだ。どうにかなるさ。」

そう言っていると天井から声が聞こえ、ツバキはユウスケとシスティを抱える。しばらくすると扉が開き、ツバキはその瞬間に飛翔して牢から脱出した。

「なに!?」

「悪いけど、いつまでもここにいるわけにはいかないんでね。」

「旦那様...!!」

システィは弱々しいベイカーを支える。ツバキは衛兵を蹴って牢に突き落とし、ユウスケとシスティを降ろした。

「早く逃げよう。ディユに見つかったら厄介だ。」

迷路のように同じ通路が続き、ツバキが先頭となって衛兵を倒しながら進む。

「これじゃ脱出できない...!!」

その時、突然目の前に階段が現れた。ツバキ達は不審に思いながらも、恐る恐るその階段を降りていく。


「一体なんのつもりだ!ブラスト!!」

監視室の階段開閉ボタンを押したブラストをアーロが責める。

「俺には俺のやり方がある。貴様に指図される言われはない。」

氷のように冷たい瞳で睨むブラストに気圧され、アーロの身がすくむ。

「だ、だがな!あの中には転移者が混じっている!お前もそれを聞いたらやらないわけにはいかないはずだ!」

「...ああ。しかし、この先手出しをすれば、たとえ貴様だろうと消す。貴様らとは、ただ利害の一致した同盟を結んでいるだけだと思い出せ。」

念を押したブラストは監視室から出ていく。


階段を降りていく中、突如階段が風化してユウスケ達は地面に落下した。そして鉄の壁がツバキとユウスケを分断し、間一髪のところでシスティはユウスケの方へ、ベイカーはツバキの方へと分断された。

「ユウスケ!」

「ツバキさん!」

鉄の壁を破壊しようとするが、その強靭な硬さをもつ壁にはびくともしない。

「仕方ない。君は君たちで逃げてくれ。必ず脱出路はあるはずだ。」

それを聞いたユウスケは納得し、目の前に広がる薄気味悪い道を進むことにした。しばらく進むと大広間に出て、脱出が近いと喜んだユウスケは大広間に足を踏み入れてしまう。

「...危ない!」

システィはユウスケを突き飛ばし、レーザーのような高速の一撃を回避させた。

「いててっ...なにが...。」

黒の短髪で漆黒のロングコートとマフラーに身を包み、長身で目付きの悪い男 ブラストが暗闇の中から現れた。

「よく躱したな。」

「だ、誰だ...!?」

「俺はブラスト。貴様と同じ転移者だ。」

システィはユウスケを庇い、逃げるように言う。

「早く...!あなたに死なれては、旦那様に合わせる顔がありません。」

「そうはさせん。」

ブラストが人差し指を上に向けると、手を触れていないのにシスティは首を掴まれたかのように持ち上がり、大広間の端まで吹き飛ばされる。

「さあ、特典アイテムを見せてみろ。」

「特典アイテム...?」

困惑するユウスケにブラストは疑問を持った。

「まさか、特典アイテムを知らんと言うのか?だとすれば...。」

ブラストは全身に漆黒で禍々しい装飾の鎧を展開した。頭には右目だけが露わとなって紅く光っているバイザーを装備し、左の肩当ては鋭く伸びて、先端が尖っていた。

「新たな転移者。ならば、ここで潰すほか選択肢はない。」

システィと同じようにユウスケを念力のようなもので持ち上げ、首を絞め上げて窒息死させようとする。ユウスケはもがくが、絞め上げる力が増すばかりだった。

「逃げてください!」

システィがブラストに体当たりをしてユウスケはその拘束から解放された。

「チッ...。邪魔だ!」

ブラストは平手打ちでシスティを払い、気絶してしまう。

「システィ!」

システィを助けようとするが、ブラストがまた念力を発動することを恐れて彼が気を逸らしている隙にユウスケはその薄暗さを利用し、物陰に隠れた。

「隠れても無駄だ。貴様を殺し、ついでにこの女も目の前で殺してやる。」

ブラストの左腕にGEC-7 別名〝ペルマナント〟と呼ばれるガトリングが形成される。M134に銃身がそっくりなペルマナントを物陰になりそうな石柱などに向けて発射した。鼓膜が破れそうなくらいの銃声を耐えながら、ブラストが言っていた特典アイテムのことを思い出した。

(俺にもあるはずだ...!その特典アイテムっていうのが...!!)

身体中をまさぐるユウスケだが、ツバキが武器を奪われていたように自身の特典アイテムも回収されていると思っていたが、この場を切り抜けるにはその特典アイテムという微かな希望に頼るしかなかった。

(...これは。)

緑のモッズコートの内側を探っていると、透明な宝石が嵌め込まれた指輪が内ポケットから落下した。持っていた覚えのない指輪を見て、特典アイテムだと思い、その指輪を右手の中指にはめてみる。

(な、なんだこれ...!!)

身体中が焼けるような熱さに襲われ、ユウスケはその場に蹲る。まるで鉄板の上に乗っているかのような熱さのせいで声を上げそうになるが、歯を食いしばってそれを堪えた。

(収まった!?)

突然、全身の熱が消えて指輪からナイフが伸びる。ブラストに勝てそうな武器ではなかったが、この場をやり過ごしてシスティを助けるには十分な装備だった。

「既に隠れる場所はない。」

ペルマナントで物陰になりそうな場所を全て破壊したブラストは最後の石柱を撃つ準備をした。

「これで一人減ったな。」

銃口から無数の弾丸を放ち、石柱に煙を上げて粉々に粉砕された。死体を見るまでもないと悟ったブラストはペルマナントの銃口を下げるが、その時、ユウスケがその石柱の煙から姿を現して指輪型ナイフを片手にブラストへと走っていく。何らかの動作をする前にユウスケのナイフが露わとなっている瞳の瞼に命中し、ブラストは目を抑えて呻いた。

「ぐおおぉぉぉ...!!!逃がすか...!!」

ブラストは片目だけでも照準を合わせようとペルマナントの銃口を向ける。ユウスケは気絶しているシスティを担いで、ブラストの視界から消えようとする。

「消えろ...!!」

発射された弾丸だが、突如出現した熱風を纏った竜巻により溶かされてブラスト自身も身を屈む。

「何者だ?」

「転移者のツバキ。君ならご存知だろう?ブラスト。」

白の道着に赤の袴を着用したツバキは腰に黒の鞘を帯刀して、右手には灰色の柄に黒の鍔、白銀の刀身に赤色のオーラが多少纏わされており、竜巻も刀を振ると同時に消し飛んだ。

「ツバキ...!!〝紅葉〟を回収していたとはな!」

「君とここで戦っても勝てる気はしない。素直に退散させてもらうよ。」

再度、竜巻を出現させてユウスケとシスティを巻き込んで連れ去った。


竜巻によって連れてこられた場所は大きな観音開きの扉。だがそれは手動で開くとは到底思えないほど大きく、電子ロックによって微量だが電気のバリアが貼ってあった。

「これを突破しない限り、ここから出ることはできない。けど...。」

ベイカーがいないことに気づいたシスティは咄嗟にツバキに聞いた。

「旦那様は...!?」

「そうだ!あの人は!?」

ユウスケも続いて気づき、ツバキは目を閉じて考え込んだ末に口を開いた。

「ベイカーさんは、もう戻らない。このバリアを解除するためにね。」

「どういうことですか!?」

「このバリアを解くためには暗証番号による解除が必要になる。だが、今の僕達にそれはできない。そこで残された方法は、ここを制御しているサーバーを破壊するという方法。」

「なら旦那様が犠牲になる必要は...!!」

「ここの武器庫に保管されていた遠隔操作の爆弾で爆発させれば、敵に発信源を探られて居場所を知らせることになる。だからベイカーさん自らが爆弾を爆発させ、ここのサーバーを破壊してここのバリアを解くと言ってくれたんだ。」

「そんな...。」

「それと、ルースター家の跡はユウスケに託すと言っていた。意図はわからないが、ベイカーさんから聞いた言葉はそれだけだ。」

膝から崩れ落ちて項垂れるシスティを見て、ユウスケは出口とは反対方向に歩み始めた。

「まだ間に合う。だから、あの人の本当の意思を聞いてくる。何か理由があるはずだ。」

「私も行きます。」

システィは顔を上げて真剣な眼差しでユウスケを見る。頷いたユウスケはツバキに武器庫の場所を聞く。

「この道なら見つかることはないと思うけど、ディユやブラストに気をつけて。」

「ああ。」

武器庫を目指して、ユウスケとシスティは階段を駆け上がる。


ここを管理するサーバーの前で爆弾を置いて座るベイカー。スイッチを入れようとした瞬間、背後の扉が開いてユウスケとシスティが現れた。

「やはり来たか...。」

「教えて下さい。なぜ犠牲になるなんて...。あなたを必要としてくれる人はまだいる!だから、一緒に逃げましょう!」

「無理じゃ。システィも薄々勘づいているじゃろう。わしの命はもう長くはない。このまま生きていても、いずれ死にゆくだけ。だからここでお主らを逃がすという大義を果たして、胸をはって死にたいんじゃ。」

ベイカーはズボンのポケットから銀色で鳥を象った刻印が刻まれたバッジのようなものをユウスケに見せた。

「ルースター家の証じゃ。お主にこれを託すと同時に、ルースター家を継いでほしい。ここでわしが死ぬのなら、お主に託すほかない。それに、転移者でありながらわしを心配してここまで来てくれた。その心があれば、ルースター家の当主を継ぐことなど容易いこと。...頼む。これはわしの最後の願いでもあり、ルースター家を救うことでもあるんじゃ。」

ユウスケは横で立っているシスティを見ると、まだ受け入れられないものの覚悟を決めた目をしていた。ベイカーは頷き、ユウスケはそのバッジを受け取った。

「...わかりました!俺がルースター家を、継ぎます...!」

「任せたぞ。それとシスティ、今まで世話になったな。」

「こちらこそ...。旦那様、安からな眠りを...。」

涙を見せないように頭を下げたシスティは袖で涙を拭いて、ユウスケの手を握った。

「行きましょう。」

ユウスケはシスティと共に武器庫を去った。ユウスケ達の足音が聞こえなくなったと同時にベイカーは爆弾のスイッチを入れて、残りの僅かな人生を噛み締めていた。

(あの男ならやれる。絶対に...。)

爆弾のタイマーが切れ、ベイカーの目の前は閃光に包まれた。消えゆく意識の中、彼は微笑みながら消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る