廃墟にて

百々面歌留多

廃墟にて

オンボロのラジオには蠅が群がっていた。

血で濡れているから、当たり前なんだが――こいつは民兵の死体からもらったやつだ。あまりに大切そうに持っているから、手首を切って持ち帰った。

電池が生きていたのが幸いだ。

「よし、いくぞ」

隊長のオーグは慎重にスイッチを入れる。

流れてきたのは外国の音楽であった。おれたちはみんな大きな声を上げた。

この最前線の町にはまともな娯楽なんてない。敵の死体を広場につるし上げるかくらいだ。見せしめって意味があるが、おれはあんまり好きじゃない。

時間が経過した死体は悪臭がひどいうえに、すごく重たいんだ。人間ってやつは他の動物と同じだってことがよくわかる。

しばらく外国の音楽に酔いしれていた。隣では残り少ないたばこに火をつけたやつもいた。1本を何人かで回しながら吸うのだ。

おれの番は来なかった。毎度遠慮しているから吸わないと思われている。

紫煙で満たされた室内。窓の近くでは見張りのティスがライフルを構えたままだ。あいつは1番年下だからな。

といってもおれとあいつじゃあ4つしか変わらないんだが。

「なんていってんだ?」

「平和を歌っているのさ」

オーグの質問に答えたのはケイだ。ケイはおれたちの中で唯一学のある男だ。学校ではいつもトップの成績だと市街戦中に嘆いていたっけ。

「そいつは傑作だな」

オーグは腹を抱えて笑っていた。周りの連中も同じようなものだ。

「おれならこの曲が終わる間に5人はやれる……よな?」

と冗談を飛ばすけれど、いつもより笑っているやつらは少ない。半分くらいは俯いている。

「残念だけどオーグ。負けたんだぜ、おれたち」

おれがつぶやくと、「なんだと?」とオーグの口角が震えた。体格もあって、力強い男の拳が今まさに殴り掛からんとしてくる。

「ざっけんな、まだ負けてねえ」

「まだ? やめてくれ。その言葉のあとに何人仲間が死んだと思ってる」

市街戦でおれたちは負けた。撃ち合うたびに仲間が1人、また1人と弾け飛んだ。教官たちに殴られてもへこたれなかった連中が弾の威力だけで人形みたいに壊れたんだ。

「それでも戦わなくちゃダメだ。オレたちはもう引き返せないところまで来ちまったんだよ。やるしかねえ」

「アジトは爆弾で吹き飛ばされた。もう食料も武器もまともにないよな。ここだってもうバレているかもしれないだぜ」

「オマエは悔しくないのかよ?」

「どうにもならないんだよ、もう。おれたちの組織は壊滅しちまったし、義理立てることなんて……」

胸倉をつかまれて、浮かび上がる。

「んなことはどうでもいいんだよ。オレたちを殺人兵器にしたやつらのことなんざ」

オーグの目からは涙がこぼれてくる。

「仲間の仇が討てねえ……オレにはこっちの方が問題なんだよ。オマエは死んでいったヤツらの顔すら忘れちまったのか」

「忘れるもんか」

誤爆で家族を殺され、復讐に燃えていたアブ。離れ離れになった妹のことを気にかけていたエイム。無関係の市民を撃ってしまい、自ら命を絶ったコリント。涙を流しながら裏切り者を粛清したソリン。薬物で廃人になったブディア。

数えあげたら切りがない。

みんな、みんな旅立ってしまった。おれたちの知らないずっと遠くの世界へ。

おれたちはにらみ合っていた。

「オーグ、セクター、やめようぜ」

いつのまにかケイがたばこをふかしていた。随分と短くなってしまったが、それでも煙はまだ充分香るものだ。

「隙をつけば1人分くらいの復讐はできるだろう。でもぼくら全員は仲良くミンチさ」

「もっと言ってやれ、ケイ」

「セクター、きみもムキになるな。オーグがヤケを起こしたらどうするんだ」

たばこを吸い終わり、それから先端を床ですりつぶす。仲間たちは「もったいない」とうめいたが、ケイはお構いなしだ。

「ぼくはもう疲れた。みんなもそうだろ、このままラジオでも聴いて時間をつぶそうぜ」

誰もケイの言葉に反論することができなかった。おれも、オーグも同様だ。すでに音楽は次の曲に切り替わっていた。さっきよりも軽快な旋律と女のヴォーカル。パンチのきいたサウンドがおれたちを包み込んだ。

「おい、ティス。そんなところで突っ立ってるな、攻撃されるだろ」

「セクター、でも」

「だったら、武器を下ろして両手でもあげといてくれ」

「ええ……そんなの効果あるの? ぼく、撃たれない?」

「大丈夫、ティスはどこに出しても恥ずかしくないくらい、子どもだからな」

「もう! ぶっ殺すよ」

ティスの指はライフルの引き金にかかっていたけれど、結局撃つことはなかった。

ラジオは電池が切れるまで音楽を垂れ流しつづけた。途中ひどいノイズが混じったがもう何も気にせず、おれたちは音楽にだけ耳を傾けた。

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廃墟にて 百々面歌留多 @nishituzura

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