第773話 専属

 人間が消えた大陸――『失われた楽園ロスト・エデン』。


 人が住まう地から隔絶された大陸にある炎竜族の国に到着し、朝を迎えた。

 城内にある最上級の客間を俺とディアにそれぞれ二部屋も貸してくれるという高待遇。竜族用に設えられた部屋だということもあって、あまりにも広すぎて若干使い心地の悪さを感じる部分もあったが、それを除けば使用人の方の手厚いサポートもあり、最高の一夜を過ごせたと言えるだろう。


 ちなみに、フラムから俺専属の使用人として竜族の国に滞在する間、忙しいイグニスに代わってレイジという若い男性が専属として宛てがわれることになった。

 何でもつい数週間前にフラムがレイジとその妹を拾って?面倒を見ているらしい。

 その妹――名前はクレール――はディアの専属になっており、まだ二人とも教育がそこまで行き届いていないこともあって、気心の知れた俺とディアで試用したいとの申し出を受け、期間限定の専属の使用人として頑張ってもらうことになった。

 俺としてもレイジとクレールの昨日の失態――椅子の破壊――を目の当たりにした時から気にかけていた部分もあって申し出を快諾。

 今もレイジは俺の朝食を部屋まで運び、不器用な手つきで配膳してくれていた。


 テーブルいっぱいに並んだ豪勢な料理の数々が空腹を刺激する。

 サラダから焼き立てのパン、さらには肉や魚まで朝食とは思えない量の料理が揃う。


「凄い量だね……」


「?? そうですかね?」


 どう考えても俺一人で食べ切れる量ではなかった。一日掛けても食べ切れるかどうかという量に頬が引き攣る。

 だが、俺のためにわざわざ用意してくれた料理だ。残すわけにはいかないだろう。

 それに、配膳してくれていた時にレイジから聞いた話なのだが、炎竜族の国では肉以外の食材を手に入れるのは結構大変なことらしく、人化できない竜族では滅多にお目にかかれないどころか、食べたこともない者もいるほどとのこと。

 かくいうレイジもテーブルに並んだ料理を物珍しそうに時折、配膳中に覗き見ていた。レイジのお腹から『ぐぅ』という音が聞こえてきた気がしたのも、気の所為ではないだろう。


 食べ切らなければならないというプレッシャーで胃が重たくなる。食べる前から既にお腹が膨れてきた気さえしてきた。

 とりあえずナイフとフォークを握り、鉄板の上でジュージューと食欲を誘う音を鳴らす極厚のステーキに手を伸ばす。ナイフを通すと解けるようにあっさりと切れ、瞬く間に肉汁が溢れ出してくる。


「おお〜……。これは何の肉なんだろう……」


 無言のままというのも気まずかったため、独り言を装ってレイジに話を振ると、すぐさま真面目な顔をしたレイジから返事がきた。


「これは肉ですね」


「……えっ? あ、そうだね……」


 天然なのかわざとなのかわからないが、どうやらレイジとは致命的なまでに話が盛り上がらないし、噛み合わないようだ。


 会話を諦めた俺は黙々と料理を口に運んでいくことにした。

 しかし、一キロ近くあるであろうステーキと拳大のパンを二つ食べ切ったあたりで胃の限界を迎える。

 終いには手に持ったナイフとフォークに重さを感じ、全く手が進まなくなってしまう。が、レイジはそんな俺の姿を見ても何一つ口を挟むことなく、何処となく羨ましそうな眼差しでテーブルの上に残っている料理を凝視し、お腹から音を鳴らしていた。


「あのさ、良かったら一緒に食べない? 実はもうお腹がいっぱい――」


「――いいんですか? じゃ、俺も御相伴に」


 俺が全てを伝える前にレイジは食い気味に話に乗り、そそくさと正面の席に座ると、礼儀もマナーもかなぐり捨てて一心不乱に料理を口の中に放り込んでいった。


 瞬く間にレイジの胃の中に消えていく料理。

 あまりの豪快な食べっぷりに思わず俺が感心している中、ふとレイジから話を切り出される。


「オレ、人間に初めて会ったんですけど、人間って皆、コースケ様やディア様みたいに強いんですかね?」


 食べる手を止めていなかったが、そう切り出したレイジの目は好奇心に満ちていた。

 この半日間で初めて心を開いてくれたようだ。つい頬を緩めたくなるが、我慢してレイジの質問に答える。


「んー……自分で言うのはちょっとアレだけど、俺とディアはかなり強い方だと思う。もちろん世界は広いし、上には上がいるとは思うけどね。それよりも何で俺が強いと思ったのか聞いてもいいかな?」


 俺の情報は『始神の眼ザ・ファースト』によって完全に隠されている。如何に竜族が特別な眼を持っていようが、俺の情報隠蔽能力を突破することは不可能なはず。そしてそれはディアにも同じことが言えるだろう。

 ディアの情報はこの世界に俺を召喚した神――ラフィーラから授けられたペンダントによって完璧に秘匿されている。神話級ミソロジーに到達した俺の眼をもってしてもペンダントの情報隠蔽能力を突破できないほど厳重に封鎖されたディアの情報をレイジが突破できるとは考え難い――いや、不可能だろう。

 にもかかわらず、レイジは俺とディアが持つ強さに疑いを抱いていなかった。そこに疑問を覚え、俺はそう問いかけていた。


 やや間を空けたレイジから返ってきた言葉は意外で簡単なものだった。


「?? 二人はフラム様の仲間なんですよね? 仲間ってことは、あの御方と並び立つ存在……そりゃあ強いのは当たり前なんじゃ?」


「なるほど、そういう解釈ね……」


 さも当然という顔をするレイジに、俺は苦笑いを返す。

 レイジの考えは間違っているが、客観的に考えればそこまで間違っていないのかもしれない。

 フラムは王だ。しかも血筋だけの王ではない。その強さだけで頂点に立った竜族最強の王なのだ。

 そんなフラムの仲間とも言われれば、その実力に疑いを持つことは難しい。もし俺が逆の立場であればレイジと同じ考えに至っているだろう。


 レイジの言葉に肯定も否定も返さなかったことで、レイジの目が一段と好奇心に満ちていく。もはや好奇心だけではなく闘争心のようなものまで宿している。


「コースケ様からは魔法一辺倒って感じがしねえ。得物はなんですか? 剣? 槍? 斧? それとも拳か?」


 今の姿がレイジの本当の素顔なのだろう。化けの皮が剥がれるかのように、テンションの上昇と共にレイジの口調が粗野なものへと変わっていったが、俺は気にするどころかそれを好ましく感じつつ質問に応じる。


「厳密には少し違うけど、戦闘時には剣と魔法を併用してるよ。飛び抜けてどっちが得意とかないしね。そう言えば、少し前にフラムから器用貧乏になりそうだって指摘されたこともあったなぁ……」


 スキルを習熟させる前に次々と新たなスキルを獲得していったしまった弊害と言えるだろう。

 手札を増やすことは決して悪いことではない。しかし、俺の場合は『血の支配者ブラッド・ルーラー』のコピー能力というチートを持っていたことで、一つ一つのスキルを極める前に手札をだけを着々と増やし続けてしまっていた。

 これでも自重していたつもりだったが、いくら自重をしていても獲得していったスキルを極めていなければ意味がない。


 万能と言えば聞こえはいいかもしれないが、フラムから言わせてみれば俺は器用貧乏にしか映っていなかったのだ。

 かつて器用貧乏と指摘された、フラムとの地獄の特訓は今でも俺の記憶の中から色褪せることはない。むしろ新たなスキルを手に入れる度に肉体と魂に刻み込まれた記憶が呼び起こされるくらいである。


 記憶の海で舟を漕ぐ。

 意識は遥か彼方へと離れ、正面に座るレイジのことをすっかりと忘れかけていた――そんな時だった。


 ガタンッと椅子が跳ねる音と共に我を取り戻すと、テーブルの上で両手をつき、前のめりになるレイジと目が合う。


 薄く金色に光るその瞳は獲物を狙う野獣のようにギラギラと輝いていた。好奇心を通り越し、闘争という炎を宿していた。


 そして、レイジは勢いそのままにこう言った。


「十本……いや、五本だけでいい!! オレと手合わせしてくれ!」

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