第755話 長老

 ――力こそ王たる資質。

 それが炎竜族の常識であり、他の竜族との決定的な違いでもあった。


 初代炎竜王ファイア・ロードが定めたのは、血縁ではなく力による王の選定だった。

 一概に力といっても、それは権力ではなく――他を寄せ付けない圧倒的な暴力のことだ。


 強者が王となり、炎竜族を導き、従える。

 王よりも強き者が現れれば、王座を譲らなければならない。

 たとえその者がいくら若かろうとも、下賤の身だろうとも例外はなく、炎竜族は新たな王に従わなければならない。

 それが気に食わぬのならば、王を倒せばいいだけのことだ。


 初代炎竜王が定めたルールは単純かつ明快だった。

 故に炎竜族は他の竜族に比べ、多くの実力者を有する一族となったのである。

 しかし、それ故の弊害もあった。

 血に重きを置く他の竜族にあって、力こそ全ての炎竜族にはないもの――それは忠誠心の高さと統率力の欠如だ。

 力こそ全てだと頭の中で理解していても、時の王に付き従い、忠誠を誓っていた者からすれば、新たな王が誕生するのは面白い話ではない。王に近しい存在であれば、なおのことだろう。


 新たな王が誕生すれば、臣下も当然入れ替わる。

 一夜にしてそれまでに築き上げた地位を失うともなれば、新たな王に叛意を、憎悪を抱いたとしても何らおかしくはないだろう。

 初代炎竜王が定めたルールは単純かつ明快だったが、それ故に常に内乱の火種を抱え、統治という面で致命的な弱点を抱えていたのだ。


 そして時が経ち、初代炎竜王が定めた問題あるルールを補う形で新たなシステムが組み込まれることになった。

 それこそが――長老の存在である。


 長老とはただ単に年老いた者たちを指す単語ではなかったのだ。

 先代の炎竜王を側で支えた者たちを『長老』という権力を有する地位に置くことで国の安定化を図ったのである。


 長老とは謂わば、先代炎竜王の代弁者であり、支持していた者たちの受け皿だ。反乱分子を抱え、抑え込む装置でもある。

 その重要度の高さもあって、お飾りの地位を与えられているわけではなく、長老たちが有する権力は高い。

 発言力は元より、王への謁見も比較的簡単に行え、さらにはの管理も託されている。

 フラムが長老たちを無下な扱いをしないのも、そういった理由から来たものだった。イグニスから忠言があったのは言うまでもないが。


 そして、そんな長老たちを率いているのは玉座に腰を下ろしたフラムの前で片膝をつく先代の炎竜王の息子――ラーヴだ。

 フラムとの決闘に敗れ、命を落とした先代炎竜王。

 その息子であるラーヴが長老たちを従えているのは理に適っていると言えるだろう。


 正当な手順を踏んだ結果とはいえ、ラーヴの父親を殺したのはフラムだ。

 二人の関係は最悪……かと問われれば、実のところはそうでもない。かといって最高というわけでもないが、比較的良好な関係にあった。

 それもこれもラーヴが炎竜族の常識に染まっていたことが最大の理由だろう。先代の炎竜王が息子であるラーヴに常日頃から『強き者こそが王』という教育を施していたのも二人が良好な関係を築けていた要因の一つとなっていた。


 負の感情を微塵も宿していないラーヴの輝く瞳を見つめながら、げんなりとした表情でフラムが言う。


「私に敬意を払ってくれるその気持ちは嬉しいが、肩が凝って仕方がないぞ……。もう少し気楽に接してくれ。それにお前たちを呼び出したのは私だしな」


 そうまで言われてしまえば、ラーヴたちとしても従わざるを得ない。

 元々、フラムが堅苦しい接し方をされるのが苦手であることはラーヴたちもわかっている。礼節を重んずることよりもフラムの要求に応えるべく、ラーヴたちは片膝をついた状態から立ち上がり、呼び出された理由を尋ねる。


「では改めて……ご相談があるとのことでしたが、まずは内容をお聞かせいただいても構いませんか?」


 ようやく場が整い、本題へと移る。

 フラムは気怠げに頬杖をつきながら淡々と事情を説明していく。


「確かお前たちはここ一年、私が国を離れていた理由を知っていたな?」


「ええ、もちろん存じています。人族の国に赴き、その地で暮らしていると。そして、とある人間と主従契約を結んでいることも」


 ラーヴは顔色一つ変えずに、かつてフラムから直々に伝えられた事実だけを述べていたが、長老たちは違う。眉を僅かに顰め、フラムを目の前にしながらも不服そうな表情を隠し切れずにいた。

 とはいえ、長老たちが不服に思うのも当然だろう。

 炎竜族の頂点にいるフラムが下等な人族を主としているのだ。竜族としての誇りが傷つけられたと思ってしまうのも無理はない話だろう。


 フラムもフラムで長老たちを咎めることはなかった。

 フラム自身、自分が王としてあるまじき行為をしているという自覚を持っていたからだ。

 しかしそれでもフラムは紅介たちと過ごす日々をやめるつもりはなかった。

 我儘を貫き通す分、長老たちの不服そうな態度にも理解を示さなければならない。我慢しなければならない。

 たとえそれが主である紅介を侮辱するような態度であってもだ。


「うむ、百点をやろう。で、ここからが本題なのだが、地竜王アース・ロードの愚行は知っているか?」


「……? 地竜王――プルートン殿の愚行、ですか……」


 フラムの謎めいた発言にラーヴだけではなく長老たちも首を傾げる。


 炎竜族の国は鎖国状態にあると言っても過言ではなかった。

 意図して鎖国しているわけではないが、炎竜族の国を訪ねる者はおらず、かといって炎竜族の国を行き来する者も極めて限られているため、物流はおろか情報が入ってくることはない。

 そのため、如何に権力を与えられていようが、ラーヴたちに外部の情報が届くことはなかったのである。


 長老たちが情報を集めようと小声で話し合うが、情報が遮断された世界で生きてきた以上、この場で新たに得られる情報はない。

 フラムは少し間を空け、長老たちの意識が自分に集まったことを確認し、発覚した地竜王の情報を与える。


「ふむ、どうやら誰も知らなかったようだな。私もつい数ヶ月前に知ったばかりなのだが――あのジジイは数十人の地竜族を連れて人族の国に降った。そして、あろうことか戦争の道具に成り下がった。竜の約定を破り捨てたのだ、あの愚か者は」


「なっ……!?」


 途端、玉座の間にどよめきが上がる。

 ラーヴは目を大きく見開き、すぐさまその整った眉を顰めて嫌悪感を露わにする。

 長老たちは泡を食ったかのように顔を蒼白させながら唾を飛ばして長老同士で議論を交わし出した。


「皆様、お静かにお願い致します」


 手をパンパンと二度叩き、イグニスが鎮静化を図る。

 その甲斐あって長老たちの意識がフラムに向かうが、蒼白した顔色は元に戻っていなかった。


「その情報は確かなのでしょうか? あのプルートン様が人族の国に降るなぞ――」


「フラム様のお言葉なのですから間違いはないでしょう。ですが、どの国に……」


 各々が思ったことを口にしていく。

 混乱は収まるどころか、むしろ次第に拡大していった。

 そんな中、ラーヴだけが誰よりも早く冷静さ取り繕い、フラムに答え合わせを求める。


「――『竜王の集いラウンジ』。フラム様はそのために国にお戻りになられたのでしょうか?」


 ラーヴの鋭い推理力にフラムは口の端を吊り上げて小さく笑う。


「理解が早くて助かるな、その通りだ。私主導のもと『竜王の集い』を開く。風竜王ウィンド・ロードルヴァンには既に話をつけてある。水竜王ウォーター・ロードヴァーグの方もプリュイを通せば問題ないだろう。後は日程と場所を整えるだけだ。そこでお前たちに相談がある。――『次元門』を用意してもらえないだろうか?」

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