第591話 取捨選択
フラム、イグニス、ロザリーさんの三人が帰って来たこともあり、プリュイも加えて計画の最終確認を行うために食堂に集まることになった。
時間的猶予は残されていないのだ。手遅れになる前に最終確認を終え、すぐにでも行動に移さなければならない。
無駄な前置きを省き、俺は早速フラムに計画の進捗状況の確認を行う。
「フラム、リーナの様子は?」
「少し難儀はしたが、無事に協力を取り付けることができたぞ」
その話を訊き、俺はホッと胸を撫で下ろす。
俺たちが考えている計画の肝はリーナ並びにフレーリン王家にあったからに他ならない。
そう、俺たちが立てた計画は、危機的状況下に陥ったマギア王国の……いや、フレーリン王家の救出にこそあったのだ。
しかしながら、この計画は積極的なものではなく、むしろ消極的な部類のものだと言えるだろう。
最悪の一歩手前まで来てしまっているマギア王国の領土を以前の形まで取り戻すことは俺たちの力をもってしてももはや不可能。そればかりか南と東を大軍で塞がれてしまっている以上、たとえ俺の力が万全に発揮できたとしても王都を守り抜くことは困難極まりないだろう。
故に、俺たちは王都の防衛を端から切り捨て計画を立てた。
自分勝手な判断だと思われてしまうかもしれないが、シュタルク帝国によって奪われたマギア王国の領土を諦めたのだ。
その代わりに俺たちは、マギア王国を存続させるための行動を起こそうとしていたのである。
では、マギア王国を存続させるために必要なモノは何か。
それは領土であり、民であり、そしてマギア王国の象徴たるフレーリン王家に他ならない。
既に前の二つの大半はシュタルク帝国によって奪われてしまっている。しかし、まだ全てを奪われた訳ではないのだ。奪われたのは王都ヴィンテルより東に広がる領土とその民たちだけであり、シュタルク帝国軍はまだ西側には一切手出しができていない。
ならば、まだマギア王国が存続する可能性は十分に残されている。
王都より西の地とそこに住まう民を守り、そして国の象徴たる王族さえ残れば、マギア王国はまだ存続することができるはずなのだ。
無論、その先に茨道が待っているであろうことは俺程度の人間でもわかっている。
これまではレド山脈という大自然が作り出したシュタルク帝国との壁があったからこそ、マギア王国は一定の安全を確保し、繁栄を遂げることができていた。
だが、今回の戦争によってその壁が取り払われ、シュタルク帝国の侵入を許してしまった。加えて、これまでマギア王国が培ってきた魔法に関する研究と技術が集約された王都が今まさに奪われようとしているのだ。
国土の半分と王都を奪われてしまえば、マギア王国の国力が著しく低下してしまうことは火を見るよりも明らか。
さらにはシュタルク帝国が目と鼻の先まで国土を拡大してくるのだ。いくら王都から王族が脱出できたとしても、マギア王国がほぼ詰みかけていることには変わらない。
だが、それでもマギア王国が存続するには、極小の可能性に縋り、そして賭けるしか道は残されていないのだ。
そして俺たちは、そんな数パーセント程の僅かな可能性に賭けることにしたのである。
俺たち『紅』はアーテの思惑を打ち破るために、プリュイは友を救うために、戦うことを決めた。
ではロザリーさんはというと、彼女にも彼女なりの――否、ラバール王国なりの思惑があって俺たちに協力を申し出てくれていたのだ。
詳細は訊いてないし、語ってもくれなかったが、大体の予想はつく。
おそらくラバール王国はマギア王国が滅ぶことを望んではいないのだろう。
エステル王妃がエドガー国王の姉であることも理由の一つとして挙げられるが、それよりもマギア王国が滅亡することでシュタルク帝国にラバール王国の北側を抑えられるのを嫌ったに違いない。
現状でさえ、東の国境線沿いに戦力を割き続けなければならないのだ。これに加え、北にまで戦力を割かなければならないとなると、その負担は計り知れない。ラバール王国がマギア王国の存続を望むのも当然のことだと言えるだろう。
政治的な思惑が絡んでいるかもしれないとはいえ、ロザリーさんからの協力の申し出は俺たちからしてみても有り難かった。
実際、リーナにコンタクトを取ることができたのもロザリーさんの力があってこそ。これだけでも十分過ぎる働きだし、この後も何が起こるかわからない。借りられる力があるのなら、何でも借りたいと思っている俺としては、心強い協力者なのだ。
フラムたちのお陰でリーナから協力を取り付けることには成功した。
協力とは、つまるところ王都を破棄し、脱出することである。
マギア王国と民を誰よりも愛していたリーナが簡単に王都を捨てて逃げ出すなどという決断をしてくれるとは正直あまり思っていなかったが、果たしてフラムたちはどうやってリーナを説得したのだろうか。
その辺りのことを訊いてみたい気持ちに駆られるが、今はそれどころじゃないと思い直し、話を進めていく。
「後は王都からタイミングを見計らって脱出する突破口を作るだけだ。不幸中の幸いと言うべきか、シュタルク帝国軍は西側に展開していないようだし、当初の予定通り西門から王都を脱出して、そのまま全力で逃げ切るのが一番だと思う」
俺の提案に対し、異論は誰からも出なかった。
その代わりにディアが小さく手を挙げると、疑問を投げかけてくる。
「わたしもそれしかないと思ってるけど、シュタルク帝国軍が西門を押さえていないのが少し不気味に感じるの。何か罠を張ってるんじゃないかって」
確かに俺もそこは疑問に思っていた。
シュタルク帝国の目的がマギア王国を滅亡させ、国土を奪うことにあることは明らか。そうなると当然、反乱分子になり得る王族を殺そうと普通なら考えるだろう。
ならば、王族が逃げ出さないように鼠一匹通さないほどの完璧な包囲網を敷こうと考えるはずだ。にもかかわらず、シュタルク帝国軍の現状の動きにはそういった気配がまるでない。
不思議を通り越して不気味と思うのが普通の感覚だろう。
しかし、そこに罠があろうが、突破するしかないのもまた事実。
俺のスキルが不完全となっている今、転移をさせることはできないし、強引にでも突破するしかないのである。
そんな疑問を抱いたディアに、フラムが気にするなとばかりに微笑む。
「なーに、たとえ罠が張られていたとしても罠ごとぶち壊せば済むだけの話だ。それにシュタルク帝国の奴らに西門に兵を回させる余裕など与えはしない。そうだろう? イグニス」
「左様でございます。南に布陣している者共を撹乱させるのがフラム様と私めの仕事。必ずや、やり遂げてみせましょう」
「うむっ。土竜共へ仕置きもしなければならないしな」
竜族の相手は竜族に。
この計画を立ち上げた当初に、そう提案してきたのは実はフラムだった。
フラムたちが西門に最も近い南に布陣するシュタルク帝国軍を撹乱している間に、ディアとプリュイ、そしてロザリーさんが白銀の城に向かい、リーナと合流して脱出する手筈となっていたのだ。
その間、俺はこの屋敷を――ゲートを守り抜くためにここで一人、待機しなければならない。そのことにかなりの歯痒さを覚えるが、俺が設置した全てのゲートと繋がったままになっているゲートの守りは必須。こればかりは仕方がない。
問題は俺の能力がいつ復調するのかという点だろう。
最悪のケースを想定すると王都が戦火に包まれた中でも屋敷を守り抜くために戦い抜かなければならない。
フラムとイグニスが戦場とする南から敵が侵入してくることはおそらくないだろう。不安なのは東門だ。
強敵が南に布陣しているシュタルク帝国軍だけに集中しているとは考えないほうがいい。いくらなんでも
もし、そのような強敵と相まみえた時、果たして俺は――。
頭を振って、嫌な想像を追い払う。
そして俺は決意を胸に号令を掛ける。
こうして、敗北が確定した中で悪足掻きという名の最後の戦いが始まるのであった。
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