第523話 容疑者の行方

 カルロッタ特製の眼鏡型魔道具はその効果を遺憾なく発揮した。

 ロザリーさんに『神眼リヴィール・アイ』が付与された魔道具を渡してから僅か一週間後、彼女は報告書を作成し、俺たちを集め報告会を開くことになった。


 日が沈み、夕食後、俺の部屋に七人がぎゅうぎゅう詰めになって顔を突き合わせる。

 集まったメンバーはいつも通りの俺たち『紅』の三人に、リーナ、プリュイ、そしてアリシアとロザリーさんの計七人だ。一応、警備のために廊下ではセレストさんが見張りをしてくれている。


「まずは皆様、この度はお忙しい中お集まり頂き感謝致します。では早速、今から配布させて頂く資料をご覧下さい。こちらになります」


 ロザリーさんはわざわざ人数分の資料を作ってくれていたらしく、一人ひとりに一枚の植物紙を配っていく。

 受け取ってすぐに資料へ目を通すと、そこにはびっしりと事細かな情報が綺麗で丁寧な文字で書き込まれていた。


「この一週間で確認ができたのは八人。――いずれも白でした」


 容疑者十人中、ロザリーさんが情報を視認できたのは八人。その八人全ての所持スキルがこの資料には網羅されていた。

 この資料によれば、いずれも精神操作を可能とするスキルを所持している者はゼロ。眼鏡型の魔道具に付与された『神眼』で看破できないスキルを所持している者もいないという結果であった。

 しかもロザリーさんが作成した報告書には容疑者に含まれていなかった者たちの情報まで書き込まれている。

 どうやらロザリーさんは容疑者の捜索中に出会した末端の兵士や使用人まで情報の看破を行ってきたようだ。

 見知らぬ名前とその職業がズラリと書き並べられ、その全てにバツマークが記されていた。


「御手元の資料にも記載していますが、私が確認した者たちは誰も上位の精神操作系統スキルを所持しておりませんでした。ディア様、念のために私自身が操られているのかどうか視て頂けないでしょうか?」


 自身が操られている可能性を考えるあたり、流石はロザリーさんと言ったところだ。


「心配しないで。操られてないよ」


「ありがとうございます」


 これでこの報告書の信憑性と確度がより増した。

 となると容疑者は残り二人、もしくはリストにいなかった誰かということになる。

 しかし今更リーナが挙げた容疑者リストに漏れがあると考えるのは色々な意味で無理がある。時間的な意味で、城内のことを誰よりも詳しいリーナを疑うという意味で、だ。


 ならば真っ先に疑うべきは残る二名の容疑者。

 この二人を確認した上で、それでも犯人が見つけられなかった時にリストの漏れを考えるべきだろう。


「これで残すは二人ッスね。エーヴェルト・ヘドマン外務大臣と、そしてラーシュ・オルソン内務大臣……」


 リーナの口元を見ると小さくだが、確かに嗤っていた。復讐に燃える白銀の瞳を怪しく輝かせながら。


 彼女はおそらく確信しているのだ。この二人のどちらかに真の犯人が、憎むべき敵がいることを。


「で、今この二人は一体どこにいるんスかね? 大臣ともなると長期間城を空けるなんてことは滅多にないはずッスけど」


 何とはなしに訊いた質問だったのかもしれない。

 だが、その答えが想定しうる限りで最悪なものであることを、この後すぐに俺たちはロザリーさんから訊かされることとなる。


「その御二方は現在、オルソン侯爵領……シュタルク帝国との国境線がある領地に滞在しているとの情報が……」


 申し訳なさそうに萎縮した声でロザリーさんがそう答えたのである。

 直後、リーナが勢い良く椅子から立ち上がり、身体を小さく震わせながら嘆いた。


「――やられたっ! 宣戦布告を行うのは雪解け……つまりは春。後数週間もすれば、いくらマギアの冬が長いと言っても雪は解けてしまう。大義名分を得て、こちらがどんなに戦争を仕掛ける気でいても宣戦布告の前には最後通牒が行われるのが習わし。そして、その最後通牒を行うのはヘドマン外務大臣。あははは……馬鹿だなぁ、私。よくよく考えば城にいないのは当然なんスもん」


 口元から邪悪な笑みが消え自嘲するリーナに、ディアが純粋な疑問をぶつける。


「ラーシュ・オルソンって人は内務大臣なのに、お城にいないは国境線がオルソン侯爵領にあるから?」


「十中八九、そうだと思うッス。オルソン内務大臣は若くしてオルソン侯爵家の当主になったんスよ。まぁ、当主とは言っても領地の運営は先代の当主である父親にやってもらってるらしいッスけど。でも今回は戦争という一大事。しかも自分の領地が戦場になるかもしれないともなれば、流石に現当主が領民にある程度の説明をしないとまずいッス。下手をすればシュタルク帝国と開戦する前に、領民が武装蜂起するなんてことにもなりかねないッスから」


 最悪の二文字が脳裏に浮かぶ。

 犯人と思しき人物が王都にいないなんて事態は想定しうる限りでも最悪中の最悪のケースだ。しかもオルソン侯爵領はマギア王国の果ての果てにある。

 俺のスキルで超長距離転移を行うにしろ、一度現地まで足を運びゲートを設置しなければならない。つまりは残された日数を考えると、どう足掻いても俺たちは容疑者二人に手が届かないということだ。


 最悪の事態にこの場の空気がどんよりと重苦しいものになっていく。普段は明るく煩いプリュイも今だけはどこか苦い表情をしていた。

 誰もが黙ってしまうような空気が流れる中、ロザリーさんが口を開く。


「あまり確度の高い情報ではございませんが、件の御二方は戦争が始まる直前には王都へと戻られるとのことです。しかしながら、その詳細な日時までは……。お役に立てず申し訳ございません」


 ロザリーさんに責任がないことは誰の目から見ても明らか。にもかかわらず、ロザリーさんは深く深く頭を下げていた。


「頭を上げてください。多くの情報を持ち帰ってくれたロザリーさんには感謝しかありませんから」


 余裕のない俺にはそんなありきたりな慰めの言葉を掛けることしかできなかった。


 考えろ、考え続けろ。

 俺たちにできることは何か、どうすれば容疑者二人に手が届くのか、考えるんだ。


 ロザリーさんの情報を正とするならば、王都で待っていれば容疑者二人といずれ接触することは十分に可能だろう。しかし、それはあまりにも不確定要素が多く、何より時間が足りなくなる恐れがある。

 どちらかに犯人がいたとして、そして倒したとしても戦争を止められるのか、そこが微妙なのだ。

 犯人を倒した結果、アウグスト国王が正気を取り戻し、戦争をやめさせようと呼び掛けたとしても、その言葉が最前線にいる軍まで届くにはどうしてもある程度の日数が掛かってしまう。言葉が届く前に開戦してしまえば最後、シュタルク帝国は絶対に止まることなくマギア王国を火の海へと変えようとしてくるに違いない。


 犯人を倒すという点に於いては然程悪い案ではないかもしれないが、最善とは程遠い。これではマギア王国が救われない可能性があることから、この案は最低ラインの妥協案だと頭の片隅に残しておけばいいだろう。


 待ちの一手は妥協案とし、別の視点から解決案を模索していく。次に考えるのは転移を使わずに足だけで追跡を行えるかどうかだ。

 マギア王国は国力的にも国土的にも大国だ。東西に長く広大な領土を持っている。そして肝心のオルソン侯爵領は東の最果てにあり、なおかつ領地の最南端はシュタルク帝国と接しているという土地。

 馬よりも速く不眠不休で走ったとしても一週間は掛かるだろう場所に今から走って向かうというのはあまりにも非効率で非現実的だろう。


 そして最大の懸念点として真っ先に考えられるのは、すれ違いだ。

 ロザリーさんが得た情報では容疑者二人は開戦前までには王都に戻ってくるとのこと。だが、宣戦布告が行われる詳細な日時がわからないため、容疑者の二人がどのタイミングでオルソン侯爵領を出発するのか見当もつかない。それにもし仮に追いつけたとしても、オルソン侯爵領で容疑者の二人に遭遇できるのかという問題もあるのだ。


 移動と捜索。

 この二つに膨大な時間が費やされることと、すれ違いの可能性を考慮すると、追跡という案はやはり非現実的と言わざるを得ないだろう。


 せめて移動か捜索、このどちらかの時間を浪費せずに済むのであれば――そこまで考えたところで、ふと思い出す。


「……『義賊』が使ってた転移門」


 俺の呟きを誰よりも早く拾ったのはリーナだった。


「――あっ、転移門! 私の記憶が確かならオルソン侯爵領にも設置してたはずッス! あれさえ使、最後通牒が行われる前に犯人を見つけられるかもしれないッスね!」


 興奮状態になったリーナの言葉を訊き、俺は妙な違和感を覚える。


「使えれば? それって……」


 『使えば』ではなく『使えれば』。この二つの言葉には大きな違いがある。

 そこに俺は違和感を覚えていたのだ。


「コースケのゲートと私たちの……いや、アクセルの転移門は似て非なるものッス。一度使うだけでも馬鹿みたいに魔力を喰うし、開けっ放しにもできない。そんな条件だらけの代物なんスよ」


「他に条件は?」


 魔力だけならどうとでもなる。

 俺やフラムだけでも何とかできる自信があるし、それに何より俺たちには無限に魔力が使えるディアがいるのだ。魔力に関する条件はないに等しい。


「あっ……そもそもアクセルがいないと門を開けられないッス……」


 興奮状態から一瞬で意気消沈するリーナだったが、落ち込むほど難しい話ではないはずだ。

 簡単に言ってしまえば、アクセルに門を開けてもらえば済むだけの話。それも行きだけでいい。帰りは俺がゲートを展開すればどうにでもなるからだ。


「それなら学院でアクセルに会ったら、転移門の使用許可と開門をお願いしてみるよ。けど最近、アクセルを学院で見てないんだよなぁ……」




 こうして一定の方針は決まった。


 しかし物事は俺たちにそう都合良く進むことはなかった。

 学院にも、自宅にもアクセルの姿が見当たらなかったのである――。

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