第522話 『発明家』の仕事

 長く感じた三日という時が経ち、俺は再び監視の目を盗んで『賢者の部屋』を訪れていた。


 ちなみにフラムにはきちんと謝罪を済ませてある。

 汗水垂らして俺のために用意してくれた貴重で稀少な鉱石である日緋色金の譲渡。完全に俺の独断で取引材料として使ってしまったが、フラムはあっけらかんとした様子で『ん? 謝るほどのことか? 無くなったら採りに行けばいいだけだし、気にすることはないぞ』と簡単に許してくれたのであった。


 挨拶もそこそこに早速取引に移る。

 まず俺が今回の報酬となる、緋色に輝く日緋色金の延べ棒を散らかったテーブルの上に置く。

 すると、カルロッタは彼女に似つかわしくないほどの俊敏な動きで延べ棒の前を陣取り、目を輝かせる。


「……これがあの腕輪の素材となった鉱石。……ミスリルやオリハルコンとは明らかに輝きが違う。……まるで炎を鉱石の中に閉じ込めたかのような輝きだ。……ああ、美しい」


 カルロッタの眼中には俺の姿はもうないようだ。完全に緋色の輝きに魅入られ、虜となってしまっている。今にも頬ずりを始めそうな勢いで凝視していた。


「……それで、この鉱石の名は? ……何処で採掘できる? ……もしやラバール王国が秘密裏に独占していたのか?」


 研究者魂に火がついたのか、そう俺に問い質してくるカルロッタの目が怖い。俺としてはさっさと魔道具作製に取り掛かりたいのだが、この様子では何かしら答えないとカルロッタの気が済むことはないだろう。

 俺はため息をぐっと堪え、嘘を交えて質問に答える。


「この鉱石の名前は日緋色金。残念だけど採掘できる場所は俺にもわからない。知人から偶然譲り受けた物だから」


「……日緋色金、緋色の黄金という意味か。……言い得て妙だな。……まずは重量と硬度を計測するとして、その後は――」


 ダメだ、止まる気配がない。

 このままでは一向に話が進まないと判断した俺は、カルロッタの思考を完全に遮りに掛かる。


「――ゴホンッ、悪いけど時間があまりないんだ。今すぐ魔道具の作製に取り掛かって欲しい。もしそうしてもらえないなら、この取引は無しにして日緋色金は返してもらうよ」


 もはや立場は逆転したも同然。日緋色金に完全に魅入られたカルロッタには今の脅しは効果覿面だった。

 日緋色金をまじまじと観察しながら優しく撫でていたカルロッタの手が俺の言葉を訊いた瞬間にピタリと止まる。

 これでようやく研究者としてのカルロッタではなく、発明家としてのカルロッタと話ができそうだ。


「……失礼した。……どうやら気付かぬうちに我を失ってしまっていたようだ。……では早速、仕上げに取り掛かるとしようか」


「仕上げ? ってことは、つまり完成はもう目前だと?」


「……素材の調達と外面の用意に時間が掛かるだけで、スキルの付与に掛かる時間は数分あれば十分事足りる。後はスキルを使って対象の道具にスキルを付与するだけだからな」


 カルロッタが持つ伝説級レジェンドスキル『多技能恵与マルチ・グラント』の能力は、自他を問わないスキルの物質への付与。

 その詳細な付与の方法は『神眼リヴィール・アイ』ではわからなかったが、俺が心配するほど時間が掛かかることはないとのことだ。

 準備に三日、完成までさらに数日なんてことも想定していた俺はカルロッタの説明を訊き、心の底から安堵する。


「……眼鏡型の魔道具という注文しかなかったんでな、意匠は私がざっくりと考えたものだ。……言っておくが、文句は受け付けないからな」


 そう言いながらカルロッタは白衣のポケットに手を突っ込むと、ガサゴソとポケットの中をあさり始めた。

 アイテムボックスなのかと疑ってしまうほど様々な物が次々と取り出されては『……違う』とそこらに投げ捨てられ、ようやくお目当ての物を探り当てる。


「……あった、これだ」


 コトッとテーブルの上に置かれたのは縁がないシンプルな丸眼鏡だった。一見しただけでは、ただの地味な眼鏡でしかない。


「……つるの部分には比較的軽くて丈夫であるミスリルを使用している。……一応、ある程度の運動にも耐えられるよう『吸引』というスキルをつるには付与しておいた。……だが、流石に激しい衝撃を受ければ落ちてしまうからな、その辺りは留意しておいてくれ」


 そのような注文を俺は一切していなかったのだが、カルロッタが気を利かせて注文以上の機能を搭載してくれていた。

 まさに至れり尽くせり。商人顔負けのサービス精神に溢れていた。


「……で、肝心のレンズの部分だが……ここには一切手を加えていない。……『神眼』は伝説級スキル、他のスキルを付与する余裕はないと判断した。……もし別途、暗視等のスキルをどうしても搭載したいのであれば、それなりの時間が必要となるが……どうする?」


 あれば便利なスキルだが、時間が掛かるならば諦めた方がいいだろう。何よりも今は時間が惜しいのだ。これ以上魔道具に時間を費やすわけにはいかない。


「ありがとう、でもやめておくよ」


「……そうか。……ならば、さっさと完成させるとしよう」


 カルロッタが俺のすぐ隣に移動してくる。そして俺に向かって右手を差し伸ばしてきた。


「……私の手に触れながら『神眼』を発動してくれ。……その際、他のスキルは一切使うな。……後は簡単だ、私のスキル『多技能恵与』を心の中で受け入れるだけでいい」


「……わかった」


 やや緊張しながらも俺は常時発動していた複数のスキルを切り、『神眼』だけを発動。そのままカルロッタの小さな手にゆっくりと触れた。


 ――怖い。


 ゾクリと恐怖の感情が一気に押し寄せてくる。

 もしカルロッタが俺に対して害意を持っていたら、今の状態の俺ならば簡単に殺せるかもしれない。

 スキルによって守られていた安心感・万能感が消えただけで、これほど怖いと感じるとは思ってもみなかった。

 だがそれでも今はこの恐怖に耐えるしかない。犯人を特定するための術を手に入れるためにも、俺は恐怖を押し殺しその時を待った。


 カルロッタの手に触れてからすぐに変化が訪れる。

 手を伝い、温かな何かが俺の手から全身へと流れ込んできたのだ。俺はその温かい何かを拒絶せずに全てを受け入れた。


「……完成だ。……少し汗をかいているようだが、大丈夫か?」


「あ、ああ、少し緊張しただけだから大丈夫だよ」


 熱くなっていた身体からすっと熱が引いていく。

 カルロッタの左手には眼鏡型の魔道具が優しく握られており、彼女はそれを俺へと手渡してきた。


「……念のため、私を視て無事に完成したかどうか確認してみてくれ。……少量の魔力を流せば使えるはずだ」


 制服の袖でうっすらと額に浮かんでいた汗を拭い、渡された眼鏡を掛け、言われた通りに魔力を流す。

 すると、レンズを通してカルロッタの情報が視界内にズラリと映し出された。レンズを通しているからか、若干見辛さを感じるが、それでも実用性は十分だ。

 紛れもなくこの眼鏡型の魔道具に付与されているスキルは俺の『神眼』であった。


「本当に助かった。ありがとう、カルロッタ」


 そうそう壊れないとは思いつつも、そっと眼鏡を外してアイテムボックスの中へ大切に保管する。


「……これは正当な取引だ。……報酬はこうして受け取っていることだし、別に感謝されるようなことは何もない」


 いつの間にかカルロッタの両手には日緋色金の延べ棒が心底大切そうに握られていた。絶対に返さない――彼女の表情からはそんな確固たる意思さえ窺える。


「だけど……」


「……取引は完了した。……私は今から日緋色金の研究を行う。……もし、だ。……もしどうしても私に感謝をしたいのであれば、さっさと帰ってくれ。……今の私にとってそれ以上に喜ばしいことはないからな」


 そう言ったカルロッタは早く俺に出ていけと言わんばかりに鋭く……それでいてどこか恥ずかしそうに俺を睨みつけ、くるりと背を向けたのであった。


 俺はその小さな背中に頭を下げ、そして転移した―――。


――――――――――――


 紅介が『賢者の部屋』から出ていったことを確認したカルロッタは大きく息を吐いて椅子に腰を下ろし、暫くの間天井を見上げ続けていた。


「……この国の未来のために、か」


 脳内でカタリーナの声を思い出しながらその言葉を繰り返し再生する。

 そしてカルロッタは見上げ続けていた天井から視線を戻し、改めて決心する。


「……私たちは私たちなりにやってみるさ、リーナ」


 そう呟いたカルロッタは『賢者の部屋』に備え付けてあった金庫に日緋色金の延べ棒をしまい、へと戻ったのであった。




 その日から約一週間後、紅介たちはロザリーの奔走の甲斐もあり、最終的に容疑者を二名にまで絞り込んだ。

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