第509話 隠れ蓑

 約二時間の滞在を経て、俺たちはマギア王国の屋敷に戻ると、その後すぐに今後の方針について語り始める。


 許可は得た。協力も取り付けた。

 ならばやることは唯一つ。白銀の城に潜入し、敵を見つ出すのみ。


「行動をするなら早い方がいい。今日は準備期間に充てるとして、早速明日にでも行動を起こそう」


 俺の提案に、全員がすぐさま頷き返す。

 タイムリミットが迫っていることを全員が十分に理解している証左だ。


「うん、わたしも賛成。けど、どうやってお城の中に入るの? 誰にも見つからずに、っていうのは、ちょっと難しいと思う」


 ディアの指摘はごもっともだ。

 傍若無人の如く城内を自由気ままに歩き回ることはできないし、かといって城内の人間全員に手を出すわけにもいかない。

 それに何と言っても、ラバール王国に迷惑を掛けないようにするためにも俺たちが俺たちであることだけは何としても隠さなければならないだろう。


「……確かに。リーナ、城内の警備状況は?」


「かなり厳しいと思うッスね。私が城にいた時も、かなり厳重な警備が敷かれていたッスから。今では私がいた時以上に厳重だと考えた方がいいと思うッスよ。たぶんッスけど、コースケの転移能力があっても警備の網を掻い潜れる保障はないッスね」


 転移能力を酷使して連続で使用したとしても能力の性質上、どうしても断続的になってしまう。それでも俺一人だけであれば、もしかしたら何とかなるかもしれないが、どちらにせよ転移能力だけに頼るのは現実的ではなさそうだ。


「そうか……」


 それから、あれでもないこれでもないと意見を出し続けたが、結局これといった意見は一つも出ることはなかった。


 そんな八方塞がり状態になりつつあった中、アリシアが申し訳なさそうに小さく手を挙げた。


「あの……潜入するのではなく、正面から堂々と入るというのはどうでしょう?」


「と、いうと?」


 何か妙案が浮かんだのかもしれない。そうでなくても何かしらの突破口を見出だす切っ掛けになればと思い、アリシアに話の続きを促す。


「私がラバール王国の王女としての立場を使い、アウグスト・ギア・フレーリン国王陛下に謁見を申し込むというのはどうでしょうか? 名目はそうですね……」


 確かに名目次第ではあるが、王女という地位と立場を使えば、アウグスト国王に謁見することができるかもしれない。

 現状を考えると、監視と軟禁されていることに対する抗議や、その他にもただ単純に両国の親睦を深めるため、なんて理由でも良いだろう。無論、許可が下りればの話ではあるが。


 しかし、アリシアが謁見するための名目を考えている最中、突如としてフラムがその提案を一刀両断した。


「――ダメだ」


「……えっ?」


 一番驚いたのは他の誰でもない、提案を行ったアリシアだっただろう。

 フラムはどこかアリシアに甘いところがある。特にこの国に来てからというもの、その傾向は強まっていた。

 なるべくアリシアの願望に応じ、力を貸してきた。向上心が高く、決して弱音を吐くことがないアリシアを大切な愛弟子として温かく見守り、支えていた。

 だから今回もアリシアは自身の提案にフラムが賛同してくれるものだと心のどこかで考えていたに違いない。

 裏切られた、とまでは流石に思ってはいないだろうが、その衝撃はかなりのものだっただろう。


 俺の部屋であるにもかかわらず、まるでこの部屋の主かのような佇まいで椅子に腰をかけ、腕を組んでいたフラムは続け様にこう言った。


「ここはあえて正直に言わせてもらうぞ。アリシア、お前では力不足だ。正面からだろうが、どのみち私たちは敵の根城に足を踏み入れることになる。その時、お前は自分の身を守れるのか? 操られてしまわないよう何か対策があるのか? もちろん、約束通りアリシアのことは私が守ってやるつもりだ。だが、敵の実力もスキルもわからない現状では確実に守ってやれるとは限らない。力になりたいという気持ちはわかるが、今回は留守番だ、いいな?」


「……はい、わかりました」


 一拍置いた返答と、その悔しそうな表情を一目見れば、彼女が無理矢理自分を納得させたことは火を見るより明らかだ。いや、もしかしたら納得すらできていないかもしれない。

 それでも我が儘を言わずに大人しくフラムの言葉に従ったのは、フラムがアリシアの師匠であることと、そして己の力が圧倒的に不足していることを自覚していたからなのだろう。


「ということで主よ、正攻法は諦めて別の案を出してくれ」


「無茶振りだな……」


 フラムの無茶苦茶な要求に俺は頭を悩ませる。


 転移だけには頼れない。アリシアの地位を使った正攻法での侵入もできない。ともなると行き着く先は強攻策のみ。

 強攻策に踏み切った場合の条件は俺たちの素性が露呈しないこと、そしてラバール王国に迷惑を掛けないことの二つ。

 ただし、これらの条件程度であれば、然程問題はない。顔を隠すなり、スキルを使うなりすればどうとでもなるからだ。

 残された問題は城内への侵入に気付かれてしまった場合、その容疑者として俺たちの名前が挙がらないようにすることだろう。


 ならば、今の俺たちに必要なものは隠れ蓑……身代わりとなってくれる存在だ。


 俺たちの罪を被せても困らない存在は……ある。一つだけあった。


「……『義賊』、『義賊』に扮して城に乗り込むのはどうだろう?」


 『七賢人セブン・ウィザーズ』が空中分解すると共に、その活動を完全に停止した『義賊』。

 俺が思いついたのは、未だに正体不明とされている『義賊』に扮することで疑いの目を逸らすというものだ。


 俺の突拍子もない案に対して真っ先に反応を示したのは『義賊』の元リーダーであるリーナだった。


「まぁ、私たちが使っていた装備なら簡単に揃えられるとは思うッスけど……正直言って私は反対ッスね。マルティナが操られ、そして殺された。そのことを考えると『義賊』の正体が敵に割れていると考える方が自然ッス。私はともかくとして、これ以上『七賢人』の仲間たちに迷惑なんて掛けられないッスよ」


 リーナが考えは理解できる。実際、俺もそのことは考えていた。しかし見方を変えると、そんな危惧の念を抱く必要はないのではないかと俺には思えていたのだ。

 事実、『七賢人』は未だ誰一人として捕まっていないばかりか、指名手配すらされていない。国を挙げて『義賊』を捕らえようとしていたことがまるで嘘だったかのようなお粗末さだ。

 その事実を考慮すると、おそらく『義賊』の正体を掴んでいたのはマルティナを操っていた犯人だけ、もしくはその配下だけである可能性は極めて高いと言えるだろう。

 そうでなければリーナを含めた『七賢人』たちはとっくのとうに指名手配され、捕まっているはず。だが、現実は『義賊』という存在は完全に無かったことにされ、着々とシュタルク帝国との戦争に向けて準備を行っている。


 これはどう考えてもおかしいだろう。

 ここまでもここからも全て俺の憶測になってしまうが、おそらくマルティナを操り『義賊』の正体を掴んでいる犯人は『義賊』のことなど眼中にないと思っていると同時に、既に『義賊』が空中分解し、とうに消え去った組織だと知っているに違いない。


 つまり何が言いたいのかというと、『義賊』の正体を知らない者からすれば、『義賊』に扮した俺たちが王城に乗り込んだとしても、侵入者は正体不明の『義賊』であったと自然に受け入れ、逆に『義賊』の正体を知っている者からすれば、侵入者の正体が『七賢人』ではなく別にいると考えるだろうということだ。


 ここで重要なのは、侵入者の正体が『義賊』ではないと疑ってかかる人物となる。

 もしそのような人物が公の場で現れれば、俺たちはそいつを精神操作の使い手……ないし、その臣下だと知ることができるという点だ。


 無論、『七賢人』たちに全くリスクがないとは言い切れないが、それでも俺たちが『義賊』に扮することによるメリットは計り知れないほど大きい。


 俺は今考えていた内容を全てリーナに説明し、疑問があればそれに答えるという形で一つ一つリーナの不安を取り除いていった。

 そして……。


「ふぅ……。わかったッスよ、コースケの案に私も乗らせてもらうッス」


「ありがとう、リーナ」


 説得は無事に成功したのであった。

 しかし、ここでリーナから更に一つ問題が提起される。


「それはそうと人数が足りなくないッスか? 『義賊』で活動する時はいつも六人か七人でやってたッスから。私、コースケ、ディア、フラム……。最低でも後二人は欲しいッスね」


 しれっとリーナが頭数に入っていたが、まあいいだろう。

 城内の構造を詳細に知っているのは彼女だけ。リーナの力なしでは城内で上手く立ち回ることはできないしリーナに関しては力云々は関係なくメンバーに入れざるを得ない。


 となると、後二人。

 実力もさることながら、信用できる人物を後二人となると、集めるのはかなり難しい。


 そう思っていると、ここまで沈黙を貫き、俺たちの話を聴いていただけだったロザリーさんが手を挙げた。


「私でよろしければご協力致します。犯人を特定することは私に課せられた任務の一つですので」


 思ってもいなかった人物からの申し出に、俺はつい返答が遅れてしまう。そのちょっとした間に、俺ではなくフラムが勝手に返答をしていた。


「うむ、実力に関しては少し物足りなさはあるが、優秀なスキルを持っているようだし、合格としよう」


「ありがとうございます」


 勝手に話が進んでいってしまったが、特に異論は無い。

 今まで知らないふりをしてきたが、ロザリーさんは優秀だ。メイドとしてだけではなく――暗殺者として。


 となると、残すは後一人。


「仕方がない、予定とは少し異なるがイグニスを呼ぶ――」


 フラムがイグニスの名を出したその時だった。


 部屋の外から、見張りを任せていたセレストさんの声が聞こえてきたのは。


「おっ、お待ち下さい! 今この部屋は立ち入りを――」


「――ええいっ、うっさいわ! 妾の邪魔をするでない!」


 俺たちの耳に飛び込んできたのは、ここ暫くずっと閉じ籠っていたはずの我が儘娘の声であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る