第510話 試着

「「……」」


 この時、この場にいる全員が同じことを思っていたに違いない。――面倒なことになる、と。


 セレストさんの奮闘も空しく、俺の部屋の扉が音を立てて強引に開かれる。そして扉の先から現れたのは、セレストさんを引き摺ったプリュイの姿であった。


「何やら話し合っているようだが、妾も参加させてもらうぞっ」


 息巻いて登場したプリュイの姿は一言で言ってしまえばかなり酷いものだった。

 マリンブルーの髪は艶を無くし、何処もかしこも寝癖だらけ。寝間着と思われる白い布地のシャツは首元がよれており、だらしなさを際立たせている。


「久しぶりに顔を見せたかと思えば……さてはお前、全く風呂に入ってなかったな? 少し臭うぞ……」


「うぐっ……」


 俺の嗅覚では全く臭いを感じることはなかったが、人より鋭敏な嗅覚を持つフラムには違ったらしい。

 フラムの一言が相当胸に突き刺さったのか、図星とばかりにプリュイは変な声を上げていた。


「い、今はそのようなことは関係ないだろうっ! それよりもだ! 妾を仲間に入れよ!」


「ちっ……聞き耳を立てていたか」


 舌を打ち、露骨に嫌そうな顔を見せるフラム。

 一体どうやって俺たちの会話を盗み聞きしていたのかはわからないが、一部の会話がプリュイに筒抜けになってしまったことは間違いなさそうだ。


 結局、唯でさえ窮屈になっていた俺の部屋にプリュイが加わることに。椅子が一脚足りていなかったのだが、プリュイはお構い無しに俺のベッドにどっしりと腰を下ろす。


「俺のベッドが……」


 そんな俺の嘆きの声は完全に流される。

 仕方がない、後でシーツの替えを用意してもらおう……。


 ベッドに座って早々、プリュイが話の主導権を握ってくる。おちゃらけた雰囲気はなく、真剣な眼差しで。


「……敵討ちに行くのだろう? ならば妾も混ぜろ。必ず……必ずこの手で殺してやる」


 小さな身体から背筋が凍るような殺気が放たれる。

 あまりにも普段とはかけ離れたプリュイの様子に、アリシアとロザリーさんは思わず息を呑む。


 プリュイの怒りは、憎悪の炎は、リーナにも匹敵する勢いだった。

 あくまでも一時的な協力関係だった。にもかかわらずプリュイは『七賢人セブン・ウィザーズ』のことを、マルティナのことを真の仲間だと心の底から思っていたのだろう。

 そうでなければここまで怒れるはずがない。怒れる理由がない。


 プリュイの殺気を受けながらもフラムは平静を保ち続ける。


「実力に関しては問題ないが、お前が大人しくしていられるとは私には正直思えないのだが……」


 確かにフラムの言うとおり、実力に関しては申し分ないだろう。

 しかし、今回必要となってくるのは実力もさることながら隠密性が何よりも重要となってくる。

 怒りのままに無責任に暴れまわられては困るのだ。その点を考慮すると、冷静さを欠いている今のプリュイでは不適任だと言わざるを得ない。


 遠回しにフラムから拒否されたプリュイだったが、知っての通り簡単に引き下がる性格ではなかった。


「今回だけは大人しくお前たちの指示に従ってやる。だから妾も連れていけ」


 何を思ったのかプリュイはかなりの上から目線でそう言い放つと、フラムを強く睨み付けた。

 当然、フラムはいつものようにプリュイに雷を落とす……かと思いきや、大きな大きなため息を一つ吐くと何故か俺に視線を移してきた。


「はぁ……。主よ、この大馬鹿者を連れていってもいいか? 面倒はしっかりと私が見る。だから頼む」


 フラムからの真剣な頼みとなれば簡単に断るわけにはいかない。それに面倒を見ると公言した以上、それを反故にする性格ではないことも知っている。ここはフラムを信用して任せてもいいだろう。


「わかった。プリュイのことは任せるよ」


「うむ、感謝する」


 一悶着あったが、何はともあれ、これで頭数は揃った。

 白銀の城に向かうメンバーは俺たち『紅』の三人とロザリーさん、リーナ、そして急遽連れていくことになったプリュイの計六人だ。


「リーナ、早速『義賊』の装備を準備してもらいたいんだけど、何か俺たちに協力できることがあれば早めに言ってほしい」


 決行は明日。『義賊』が使っていた装備を準備する時間はそう残されてはいない。

 準備のためにも俺の転移能力が必要なのでは、と思っての発言だったのだが、どうやら要らぬ気遣いだったらしい。


「ああ、たぶん大丈夫ッスよ。装備なら私が持ってきたアイテムボックスの中に全員分のが入ってるんで、用意をするだけならすぐにでもできるッスから」


「……たぶん?」


 リーナの『たぶん』という一言に引っ掛かりを覚えたらしく、ディアが訝しげに首を傾げる。


「私たちが使ってた装備はカルロッタのお手製なんで、それぞれの体型に合わせて作ってあるんスよ。だからもしかしたらサイズが合わないかも、って。ちょっと立ってもらってもいいッスか?」


 リーナにそう言われ、元々自分用の装備を作ってもらっているプリュイ以外の参加メンバー全員が椅子から立ち上がる。

 そして姿勢を正してじっと立っていると、リーナが頭の天辺から足の爪先まで全員の全身をまじまじと観察し始め、何やら呟き始めた。


「……ディアならぎりぎり何とかカルロッタの装備でいけそうッスね。ロザリーさんはクリスタのモノを……。コースケもアクセルの装備で問題なし、と……。あとは……」


 リーナの目線がフラムの顔を捉え、そこでピタリと止まる。そして、あからさまな作り笑顔を浮かべようとするも失敗に終わり、最終的にはぎこちない笑みでこう言った。


「えーっと……一箇所以外は特に作りはほとんど変わらないんで、男物でも良いッスかね?」


「ん? 別に構わないぞ」


 どうやら女性にしては背が高い部類に入るフラムに合う装備がなかったようだ。幸いなことにフラムは特にその辺りのことを特段気にする性格ではなかったこともあり、何事もなく装備選びは進んでいった。




 結局フラムにはイクセルの装備を着用してもらうことに決まった。

 その後、リーナは一度自室へと戻り、ポーチ状のアイテムボックスから全員分の装備を取り出し、それぞれ試着を行った。

 俺たちが装備を試着をする姿を少し……いや、かなり羨ましそうに見つめるアリシアには非常に気の毒な気持ちになったが、そこは割り切る他なし。心の中で謝罪をしながらも、装備の感触を確かめあっていく。


「仮面に手袋、そして外套に各種防具……。うん、俺はこれで大丈夫そうだ」


 手袋がやや大き過ぎる気がしないでもないが、支障はない程度。肩当てや胸当てに関しては特に違和感はなく、後は決行日当日に下に黒い服を着れば完璧だろう。


「ちょっと色々と小さいけど……うん、わたしも何とか大丈夫」


 ディアは自身よりも小柄なカルロッタの装備ということもあり、何処とは言わないが少し窮屈そうにしていた。とはいえ本人が大丈夫だと言っているのだから、きっと大丈夫なのだろう。


「こちらは問題ございません」


 ロザリーさんは手袋の感触をグーパーと確かめながら問題がないことを報告した。各種防具に関しても完璧にフィットしているようで、この分なら十全に能力が発揮できると期待してもよさそうだ。


 そして最後にフラムは、というと……。


「リーナよ、お前は男物の胸当てをこの私がつけられるとでも思ったのか?」


「あははは……。やっぱり無理ッスよねー。……ごめんなさい」


 フラムからやや強めに投げ返された胸当てをリーナが謝りながら上手にキャッチする。


「謝るのであれば許す。それに元々私には防具なんて不要だ。そこらの金属よりも私の身体の方が余程頑丈だからな」


 自慢気に己の肉体強度について語るフラムに対し、プリュイが馬鹿にするかのように失笑する。


「……ぷぷっ、本当に貴様は分かっていないようだな」


「む? 何が言いたい?」


 水を差されたフラムは機嫌を損ね、プリュイを睨みつける。

 だがプリュイはその程度の威嚇で恐れることない。この後のことを何も考えずに得意顔を浮かべる。


「ロマンだ、ロ・マ・ン。耐久性などこの際、どうでもいいのだ。この統一された装備を仲間全員が身に纏い、戦う。このロマンがわからないとはな、本当に残念な奴だ。ぷぷぷっ……」


 ――ゴンッ。


 やはりというべきか、然るべくしてなったというべきか、プリュイの頭に拳骨が落ちた。


「――痛ッ! この大馬鹿力め! 妾の頭が割れたらどうしてくれる!」


 ――ゴンッ。


 この日、プリュイの頭には全治三日の二つの大きなコブができたのであった。


 コブを携えたプリュイを含めた俺たち六人は、白銀の城へと足を踏み入れる。

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