第506話 帰郷

「暫く待てとは言うが、どれだけ待てばいい?」


「それは……」


 フラムの問いに、珍しくロザリーさんが言い淀む。

 しかしそれも仕方がないことだろう。代理とはいえ全権を与えられているものの、この重要な局面に於ける判断をロザリーさん個人だけで行うことは難しい。


 ラバール王国の趨勢さえも決めかねる重大な局面なのだ。いくらなんでもその判断をロザリーさんだけで決めることはできないし、許されざる越権行為ともなりかねない。

 かといって『無理だ、不可能だ』と即決即断で断りを入れることも、相手がフラム……それも『炎竜王ファイア・ロード』のフラムともなれば、安易に断ることは難しいし、もし断ったとしてもその後が怖いと感じてしまうに違いない。


 完全にロザリーさんは板挟みになってしまったようだ。

 もしここにエドガー国王が居れば、状況は大きく変わったかもしれない、そう思った矢先に俺はふと思い付く。


「ロザリーさんの一存だけでは決められない。この認識で合ってますよね?」


「……はい、仰る通りです。陛下の代理を一時的に務めさせて頂いているとはいえ、これほど重大な案件を私だけの判断で決めるわけには参りません」


 案の定、ロザリーから返って来た答えは俺が想像していた通りのもの。ならば、やりようはいくらでもある。


「だったら話が早い。今からエドガー国王の意見を直接訊きに行きましょうか」


 まだ外は明るい。

 多少の時差を考えてもこの時間であれば問題はないだろう。もちろん、エドガー国王の予定次第にはなってくるが、ダメならダメならで日を改めればいいだけ。手間は然程掛からないし、我ながら名案だ。


 そう思っての発言だったのだが、如何せんロザリーさんの反応が悪い。『こいつは何を言っているんだ』という感じの訝しげな視線を浴びる。


 俺の提案に対する答えがロザリーさんから返ってくる前に、リーナが横から口を挟んできた。


「えーっと、フラム……様?のことではちょっと色々と混乱したッスけど、コースケがしようとしてることは何となく理解したッスよ。つまりコースケは転移を使って会いに行くつもりなんスよね?」


「……ん? フラム様? 悪い気はしないが、今さら様付けで呼ぶ必要はないぞ」


 リーナの急に畏まった態度にフラムは不思議そうに首を傾げていたが、まぁリーナの立場になって考えてみれば、フラムに敬称をつけてしまうのも無理からぬ話だ。

 何といっても相手は伝説上の存在であり、それでいて最強の種族である竜族。しかもそれだけに留まらず『炎竜王』ともなれば対応が変わってしまっても無理はない。

 もし逆鱗に触れてしまえば最後、マギア王国はシュタルク帝国との戦争を待たずして滅ぼされるかもしれないのだ。

 無論、フラムがそんなことをするはずがないのだが、リーナとしては言葉選びに慎重にならざるを得なかったのだろう。


 そんな二人のやり取りを流し、俺はそそくさと話を進める。


「俺の力を使えば今すぐにでもラバール王国に戻れますし、この一件についてエドガー国王に判断をしてもらうことはできませんか?」


「いくらコースケ様が優れているとはいえ、マギア王国からラバール王国までの長距離転移が果たして可能なのでしょうか……?」


 どうやらロザリーさんはいまいち俺の言葉を信じてない……いや、信じられないようだ。

 唯でさえ転移系統スキルは魔力の消費量が激しいと言われている魔法の一つだ。常識的に考えれば、徒歩で数週間……下手をしたら数ヶ月掛かるような距離を一瞬で移動できるとは考え難いのかもしれない。

 しかし何事にも例外というものは付き物だ。『義賊』が試行錯誤の末に転移門を作成し、長距離転移を可能としたように、長距離転移は理論上可能なのである。ただ俺の場合は独力で大した魔力も消費せずに、条件こそ付くものの長距離転移が可能というだけに過ぎない。


 俺は念のため『気配完知』を使用し、食堂内に見知らぬ者が忍び込んでいないかを確認。食堂内に怪しい気配がないことを確認し、行動に移る。


「こうなったら実際に体験してもらった方が早そうですね。セレストさん、食堂の中に誰も入って来ないよう見張りをお願いしてもいいですか?」


「は、はいっ」


 話の邪魔にならないよう、これまで空気に溶け込んでいたセレストさんに見張りを頼むと、やや緊張した声が返ってきた。


 俺は椅子から立ち上がりと、すぐさゲートの設置に取り掛かる。

 時間にして約五秒。俺の目の前に黒く渦を巻く怪しげな空間の歪みが出来上がる。


「繋がりました。これを潜ればラバール王国にある俺たちの屋敷に転移できます」


「これは……転移門ッスよね? コースケはたった一人で転移門を作ってみせた、と。あはは……とんでもないッスね」


 リーナは呆れと感心が混ざったような渇いた笑い声を上げる。


「そう言えば帰るのは久しぶりになるね。マリーは元気にしてるかな?」


 マリーのことが大好きなディアは、久しぶりにマリーに再会できることを喜んでいるようだ。


「帰ったらナタリーに飯を作ってもらうとするか」


 一流シェフが作るような凝った料理ではないが、ナタリーさんが作る料理は家庭的でありながら絶品だ。フラムがナタリーさんの手料理に思いを馳せるのも理解できる。


 随分と久方ぶりの帰宅に各自色々と思うところはあるが、何はともあれロザリーさんには早速転移を体験してもらおう。と、その前に一つ説明しなければならないことがあった。


「出た先は俺の部屋のクローゼットなので、かなり暗いかもしれませんが、怖がらず扉を開けてください。少し散らかっているかもしれませんが……」


「は、はぁ……」


 散らかっているといっても汚れていわけではない。ゴミや埃が溜まってもナタリーさんたちが綺麗にしてくれているお陰で清潔感は保たれている。私物がそこらに転がっている可能性はあるが、その辺りは目を瞑ってもらう他ないだろう。


 戸惑うロザリーさんをやや強引にゲートの前まで案内する。

 見る人によっては空間が歪んでいる様がどこか禍々しく見えてしまうかもしれないが、安全性に関しては全く問題はない。


「さあ、どうぞ。少ししたら帰って来て下さいね」


 笑顔で逃げ道を塞ぎ、ロザリーさんを促す。

 戦々恐々とまではいかないものの、やはり少し抵抗があったのか、ロザリーさんはゆっくりと慎重な足取りでゲートを潜っていった。


「本当に消えてしまいました……」


 やや誤解が生じそうなアリシアの反応に苦笑いしながらも、ロザリーさんの帰りを待つ。

 本当ならこの場にいる全員で今すぐにでも転移したかったのだが、生憎とここは人の出入りが激しい食堂だ。今でこそ立ち入りを禁じ、誰も入って来ることはないが、俺たちがラバール王国に転移している間、ずっとここを占拠するわけにはいかない。

 そのため、ロザリーさんが転移先と安全性の確認を終えた後、別室で改めてゲートを設置しなければならないだろう。




 それから十分ほど経った後、ロザリーさんはゲートから姿を表した。何故か片手に果物が沢山詰められた紙袋を持っている。何かあったのだろうか。

 

「……ただいま戻りました。こちらはイグニス様からの贈り物です」


 想像するに、屋敷に突如として現れた人の気配にイグニスが駆け寄り、何らかのやり取りの後に手土産を持たされたのだろう。想像でしかないが、何ともイグニスらしい対応だ。


 紙袋いっぱいの果物をフラムがロザリーさんからかっさらうかのように受け取り、むしゃむしゃと食べ始める。

 彩り豊かな様々な果実をそのまま囓りつく姿は野蛮というよりかは豪快だった。


「もぐもぐ……。うむ、流石はイグニスだ。気が利くではないか。もぐもぐ……」


 フラムのせいで緊張感がどこかへ消し飛んでしまったが、気にしたら負けだ。

 今耳を傾けるべきはロザリーさんの言葉。ラバール王国の王都プロスペリテに転移してみた感想を訊いてみよう。


「それで、どうでしたか?」


 転移するまでは俄には信じられなかっただろうが、実際に体験してしまえば認めるしかない。


「お屋敷の窓から見えた景色はラバール王国の王都であるプロスペリテの街並みでした。……疑ってしまい、申し訳ございません」


「謝る必要はないですよ。それよりも、これからエドガー国王に会うことはできますかね?」


 エドガー国王に会い、判断を仰ぐ。

 この方針に間違いはないはずだと信じ、実行へ移すためにロザリーさんを説得する。


「陛下のご予定を確認してみなければお答えできません。ですが、陛下にご判断して頂くという案には賛同致しましょう」




 ロザリーさんから承諾を得た後、俺の部屋に場所を移し、再度ゲートを設置。そして俺たちはマギア王国からラバール王国へと転移したのであった。 

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