第501話 絞り込み
「絞り込みッスか? 前にも話したと思うッスけど、城内に居る人物だとしか今は言い様がないッスよ。私が作り出す分身体は記憶や感覚の共有ができないッスからね」
リーナがこの屋敷に来てからすぐのことだった。
実のところ、俺たちは今と同じような話を彼女から既に一度訊いていた。
それでも、と俺は考える。
城内に居る人の数は数百……下手をしたら千をも超えるかもしれない。
そんな人数の中から犯人を特定することはほぼ不可能だ。『
となると、城内のことについてここに居る誰よりも詳しいリーナを頼るしかない。意地でも捻り出してもらうしかないのだ。
「なら、ちょっと視点を変えて考えてみてほしい。アウグスト国王やエステル王妃、そしてマルティナ。この三人に接触できる人物なら、少しは絞れるんじゃないか?」
犯人は精神操作を得意としているとはいえ、接触もなしに他者の精神を操れるとは思えない。最低でもある程度近づかなければならないはずだ。
俺はベッドから立ち上がり、机の引き出しから紙とペンとインクを取り出し、リーナの前に置いた。
「この紙に書けってことッスね。そうッスねぇ……」
数秒間思い悩んだ末に、リーナはペンを走らせ始めた。
「ええっと……各大臣たちと、それと副大臣たちもッスね。後は騎士団長……それから……メイド長に、執事長……いや、部屋に入れるという意味では使用人の大半が犯行可能ッスかね……」
みるみるうちに紙に余白が無くなっていく。
ずらりと並べられた役職名や個人名は、ものの数分で五十近くにも及んでいた。
それでもなお、ペンを止めようとしないリーナに俺は待ったを掛ける。
「……ちょっと待った。もうこれくらいで十分だよ」
末端と思われる使用人の名前まで列挙しだしたら流石にキリがない。
使用人たちの名前を覚えているリーナに感服はしたものの、極小の可能性まで追ってしまうのは彼女の悪い癖とも言えるだろう。それだけ執着するほど犯人が許せないと言うことなのかもしれないが。
「メイド長や執事長までは良しとして、それでもかなりの人数がいるな……」
「マルティナもそうッスけど、立場上、社交の場には参加せざるを得なかったッスからね」
政や社交界などがあるため、城内への人の出入りが多いことはある程度想定していたが、それでもまだ見積りが甘かったようだ。正直、もう少し犯人を絞り込めると思っていたが、完全に当てが外れてしまった。
しかし、これらの情報は決して無意味ではない。
城内についての情報が皆無だった状態から、リーナのお陰で少しは前進できたことは確かなのだ。リストアップされた名前を覚えておくだけでも、いつか役立つ時が来るかもしれない。
ロザリーさんとも情報の共有が行えるよう、この紙を複写することに決め、話を次に移す。
「問題は山積み、状況は最悪。それでも一つ一つ解決していこう。次は『対シュタルク帝国合同協議』について話したいと思うんだけど――」
この協議内容だけはどのような手を使ってでも入手しなければならないと俺は考えていた。
十中八九、シュタルク帝国への侵攻がこの協議で決まってしまっているだろうし、その決定を覆すことは困難を極めるどころか、もはや不可能に等しい。
しかし、だからといって無視を決め込むには些か勿体無さ過ぎる。
ロザリーさんからもらった参加者名簿だけでもそれなりに有益な情報だが、参加者の発言や協議内容等々、知っておきたい情報は山のようにあるのだ。
特に重要なのはシュタルク帝国への侵攻開始時期。
これさえ知ることができれば、こちらとしても色々と計画が立てやすい。
もし期日がないのであれば強引に、そうでなければ慎重に、といった風に舵を取ることもできる。
そういった意味でも是が非でも入手しておきたい情報だった。
俺の考えを皆に告げると、リーナが難しそうな顔をしながら小さく呟いた。
「議事録の入手……。もしかしたらカイサ先生なら……」
リーナの呟きをいち早く拾ったのはディアだった。
「先生の姓は確か……ロブネル。ロブネル侯爵家の次期当主って話だったよね?」
「そうッス。でも、実際のところはロブネル侯爵家の実権のほとんどは既にカイサ先生が握ってるんスよ。だから、もしかしたらカイサ先生なら議事録を手に入れていてもおかしくないッスね。少なくともこの屋敷にいる誰よりも詳細な情報を持っていると思うッスよ」
参加者名簿にロブネル侯爵家の名は記載されていなかったが、確かにリーナの言うとおり、半ば軟禁状態にある俺たちよりも協議内容の情報を手に入れている可能性は高い。
侯爵という高い地位であることも考慮に入れると十分に期待できるだろう。
問題は……、
「となると、私たちに付きまとってくる騎士たちが邪魔になるな。リーナよ、奴らを消し炭にしても構わないか?」
「あははは……。面白い冗談ッスね」
リーナは苦笑いを浮かべて流そうとしているが、おそらくフラムには冗談を言っているつもりはない。
「ダメだからね? フラム」
釘をしっかりと刺したあたり、流石はディアだ。フラムのことをよく理解している。
とはいえ、だ。実際問題、学院内でもしつこく付きまとってくる騎士たちは邪魔者以外の何者でもないことは確かだ。
彼らが操られている可能性が捨てきれない以上、騎士たちの前で不用意な真似はできない。
正当な用件も無しにカイサ先生に近寄ろうともすれば、上への報告が行われるだろう。そうなると俺たちだけではなく、カイサ先生にも疑いの目が向けられてしまうかもしれない。
「まあ、そのあたりは俺が何とかするよ。トイレまではついてこないし、転移を使えばどうとでもできるだろうしさ」
ロザリーさんには悪いが、ここは転移能力の出番だろう。
言い訳をするならば屋敷とは違い、学院では監視の目が極端に少ないため、気付かれる心配はほとんどない。事前に騎士が持つスキルを『神眼』で視ておけば、万が一すら起こらないはずだ。
俺があっさりとそう言い切ると、何故かリーナが口元に笑みを浮かべていた。
「ん? どうかした?」
「いやいや、何でもないッスよ。ちょっと不思議な気分になっただけッスから」
「不思議な気分?」
「いやー、コースケがあまりにもあっさりと転移スキルを持っていることを明かしたんで、びっくりというか、ちょっと嬉しく?なったというか」
リーナには何度か俺が転移スキルを使うところを見せたことがあったため、俺は特に何も思わなかったのだが、リーナからしてみればどうやら違ったらしい。
『嬉しくなった』と言っているところから察するに、改めて仲間意識のようなものを感じ取ったのだろうか。
「仲間になったんだ、今さら隠す必要も意味もないよ」
恥ずかしい台詞をさらりと言ってのけてみせたが、やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。
一度大きな咳払いをしてから、話題を切り替えた。
「……コホンッ! とりあえず、これで学院に通う意味が見出だせた。早速だけど、明日から動きだそう」
その後、俺たちはあれこれと未来予想図を思い描き、思いつく限りの対処法を練っていったのであった。
そして翌日、俺たちはいつも以上に平静さを装い、学院に到着。
護衛と言う名の監視を引き連れ、Sクラスの教室の扉を開こうと手を伸ばしたその時、異変を感じ取った。
「こうすけ」「主よ」
同時に二人から声を掛けられる。
「大丈夫、わかってる」
だが、俺はただ冷静に頷き返すだけで躊躇することなく扉を開ける。途端、教室の中から漂って来た微かに甘い香りが鼻をかすめた。
その香りの正体は――毒。
耐性を持っていなければ一瞬で意識を……いや、幻覚を見させられたであろう強力な毒だった。
俺はアリシアに毒が及ばないよう即座に『
すると、教室の中から敵意のない明るい声が飛んできたのだった。
「やっほー♪ 待ってたよ♪」
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