第500話 氷解
部屋はそれなりに広いが、流石に五人も集まると少し窮屈だ。
とはいえ、これから話す内容はあまり大っぴらにできるものでもない。そのため、四人掛けのテーブルと椅子は女性陣へ、俺はふかふかのベッドに腰をおろし、話し合うことに。
「まずは改めて自己紹介を。俺はコースケ、冒険者パーティー『紅』のリーダーをやらせてもらってる」
俺たちとカタリーナ王女にはまだ若干の壁がある。
その壁を取っ払うため、俺はあえてこのタイミングで素性を明かすことにしたのだ。
ディアとフラムは勿論のこと、このことはアリシアにも許可は貰っている。ややリスクのある告白かもしれないが、俺たちが冒険者パーティーである事実は既にカイサ先生に知られてしまっている以上、もはや隠す通す意味は無くなったとみていいだろう。
「わたしとフラムもその『紅』のメンバーだよ」
「えっと……冒険者、ッスか? ラバール王国所属の魔法師ではなく?」
カタリーナ王女が訝しげな視線を向けてくるのも無理はない話だ。一介の冒険者風情がラバール王国の看板を背負って留学をしてきた、などという荒唐無稽な話を受け入れることはなかなか難しいに違いない。
常識的に考えれば国家が、王家がそれを良しとしないだろう。
だが、ラバール王国の王様は普通ではないのだ。他の国の王様のことはよく知らないが、エドガー国王が普通ではないことは俺にでもわかる。
何せ、竜族であると知っているにもかかわらず、フラムにアリシアの護衛を任せるくらいだ。俺たちのことを信用してくれてのことだろうが、流石に豪胆にも程があるだろう。
「その点については私が説明しますね。先生方はラバール王国を拠点にしている冒険者ではありますが、ラバール王国に籍を置いているわけではありません。あくまでもその力の一端を一時的にお借りしているだけなのです」
アリシアが俺たちに代わって説明をしてくれたが、その話はやや脚色されているようだ。
実際は、強引にフラムが『船に乗ってみたい』と言ったところから始まっている。フラムは己が望みを叶えるためにイグニスの功績を奪い、それを材料にエドガー国王との取引を成功させたのだ。
一応のお礼として、アリシアの護衛をフラムが引き受けはしたものの、美談?になるような経緯ではなかったことだけはハッキリと覚えているのだが……もしかしたらアリシアには俺たちとは違った景色が見えているのかもしれない。
俺たちの素性を知ったカタリーナ王女は、さぞ驚くだろうと思っていたが、そうでもなかったようだ。むしろ腑に落ちたとばかりに何度も頷いていた。
「なるほど、なるほど。最初はラバール王国の魔法師の質の高さにかなり驚かされたッスけど、そういうことなら少しは納得ッスね。そうなると……プリュイさんも『紅』のメンバーなんスか?」
ここに来てややこしい人物の名前が挙がってしまう。
アリシアもこの質問には苦笑いを浮かべることしかできない様子。ここは俺が……と思っていると、気づけばフラムが口を開けていた。
「違う、断じて違うぞ。あれは私の知人……いや、顔見知りか? まあ、そんなところだ。同じにされては困るぞ」
「は、はぁ……」
あまりにも必死過ぎるフラムの否定に、困惑するカタリーナ王女。
だいぶ話がおかしな方向に逸れ始めていたので、俺は軌道修正を図る。
「この話は程々にして、そろそろ本題に移らせていただきますね」
あえてここで言葉を切り、俺はカタリーナ王女の白銀の瞳を見つめる。
彼女の真意を見極めるために。
「――カタリーナ王女にお訊きします。貴女はシュタルク帝国との戦争を食い止めたい。今でもそう考えていますか?」
嘘は許さないし、もし彼女の考えが変わっていたら話はここで打ち切るつもりでいた。
しかし、そんな心配は杞憂であったとすぐに知ることになる。
途端、白銀の瞳が炎を灯す。
憤怒、憎悪、そして殺意。
ありとあらゆる負の感情の炎が、俺には白銀の瞳の奥に見えた気がした。
「ええ、勿論ッスよ。誰に何を言われようとも、私は止まらないし、止められない」
ゾクリとさせられる程の圧がその一言に籠められていた。
整った容姿に似合わない、どす黒く濁った負の感情。
それは誰かに操られ、植え付けられたものとは到底思えない。
国を守るために、父と母を取り戻すために、そして親友を失ったが故に発露した、彼女だけの想いだ。
だからこそ俺は彼女を信じることができる。
シュタルク帝国にその鋭い牙を剥くカタリーナ王女のことを。
俺はディア、フラム、そしてアリシアに視線で合図を送る。
条件はクリアだ、と。
敵は精神操作を得意としていることがほぼ確定している。
そのため、新たに仲間を加えるとなると、どうしても相応のリスクが伴うことになる。
だが、カタリーナ王女には資格がある、価値がある、そして彼女とは本当の意味で仲間になれる。
今この場で対面し、対話したことで俺はようやく確信に至ることができた。
ならば、後は彼女の凍りついた心を温め、溶かすだけだ。
だからといって、わざわざ優しくしてあげる必要はない。回りくどいやり方も合わない。
今のカタリーナ王女に必要なもの――それは力だ。
望む未来を手にするための力を、現状を打破するだけの能力を、彼女は何よりも誰よりも求めているに違いない。
それに、彼女が望む未来は俺たちとも一致している。
エステル王妃を救うべく動いているラバール王国とも、アーテの目論見を潰すために動いている俺たち『紅』とも、望んでいるものが全くと言っていいほど同じなのだ。
そう、利害関係が一致していることはかなり前からわかっていた。
俺たちに足りていなかったのは……歩み寄る心だけだ。
「止めるつもりはありません。俺たちが目指すものは貴女と同じですから。だから――」
冷たく濁ってしまった白銀の瞳を俺はジッと見つめる。
そこに甘い雰囲気はない。
彼女が抱く負の感情を受け止め、分かち合う覚悟を俺は示す。
「一緒に戦いましょう、カタリーナ王女。この国の未来のために」
「一緒、に……?」
それまで険しい顔をしていたカタリーナ王女の顔つきが、その一言で変わっていく、溶けていく。
張り詰めていた糸が今にも切れようとしている。
「うん、一緒に」
ディアが優しく微笑む。
「なに、そう難しく考える必要はない。私は最強だからな」
フラムが勇気を与える。
「私では実力不足かもしれません。ですがリーナを独りにはさせません。微力ながら支えさせて下さい」
アリシアが寄り添い、支える。
そしてついに、カタリーナ王女の表情が崩れる。
俺を含めた四人からの視線に耐えきれなくなり、目を逸らすと、みるみるうちに顔が赤く染まり始めた。
「……リーナ、リーナで良いッスよ」
余程恥ずかしくなったのか、
「そ・の・代・わ・り! 私も呼び捨てにさせてもらうッスから! 仲間なんだから呼び捨てにしても文句は言わせないッスよ!」
リーナはやけくそ気味にキレていたが、それが照れ隠しなのだとわかっているからか、どこか微笑ましい。
張り詰めていた緊張の糸は切れ、今では雑談に華を咲かせても不思議ではないほど和気あいあいとした雰囲気になっていた。
しかし本題はまだまだここからだ。
リーナが仲間になってくれたことは大きいが、それは始まりの一歩に過ぎない。
雑談に興じたい気持ちを抑え、俺は早速リーナに頼み事をした。
「いきなりで悪いけど、リーナにはやってもらいたいことがあるんだ」
「あはは……いきなりッスね。それで、やってもらいたいことというのは?」
「想像の範囲で構わない。出来る限り犯人を絞り込んでみてほしいんだ」
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