第482話 救出と脱出

 フラムがプリュイを救出すべく動き出したタイミングで、俺とディアは取り残された『七賢人セブン・ウィザーズ』の救出へと向かう。

 その際、いつぞやかに購入した『認識阻害』の仮面を装着することを忘れない。

 なにせ、相手は国家に所属していると思われる軍隊なのだ。安易にこちらの素性を明かすのは危険だと考えたのである。


 仮面のせいでやや視界が狭まってしまうが、仕方なし。そこは諦める他ないだろう。

 とはいえ、多少視界が悪くなったところで然して問題にはならないはずだ。強敵と思われる地竜族の相手はフラムに任せているし、俺たちの仕事はその指揮下にある兵士たちから『七賢人』を逃がしてあげるだけでいい。

 数こそそれなりに多いが、俺が苦戦するほどの相手はそうそういないだろう。ましてや『七賢人』たちの戦闘能力も高いとくれば、俺とディアが脱出の手伝いを軽くしてあげるだけで、後は自分たちで何とかしてくれるに違いない。


「ディア、準備は?」


 並走するディアに最終確認を取る。


「大丈夫、任せて」


 役割分担は事前に決めてあった。

 俺が転移を使って『七賢人』の救出を、ディアが兵士たちの足止めを行う手筈となっている。

 そして『七賢人』の脱出が完了次第、フラムの元へと戻り、共闘するつもりなのだが……戻った俺たちに出番が残っているかは微妙なところだろう。

 何はともあれ、今は兵士たちに囲まれている『七賢人』のことだけを考えべきだ。


 残す距離はおよそ五十メートル。

 高所に位置取った俺とディアはそこで一度足を止め、機を窺う。


 じわりじわりとその距離を慎重に詰めていく兵士たちと、オルバーを先頭に武器を構え牽制を行う『七賢人』。

 ひりついた空気が両陣営の間に流れているが、ぶつかる気配は感じられない。


 その様子からして、おそらく兵士たちは次なる命令を待っているのだろう。勝利を収めて帰ってくるであろう上官の命令を。


 それに対し、『七賢人』も似たような感じだろうか。

 彼女たちほどの実力があれば、あの大男がいない今なら簡単に逃げ出すことができるはず。にもかかわらず、逃げ出す素振りを見せないということは、プリュイ一人を置いて逃げることはできないと考えているのかもしれない。


 ならば、俺とディアがこの膠着状態を打ち破る――。


「奇襲しよう。ディアは時間稼ぎに専念してほしい」


「大怪我をさせないように、だよね?」


 マギア王国所属の正規兵を殺してしまえば大問題に発展しかねない。ここは穏便かつ迅速に問題の解決を図るべきだと俺は考えていた。


 コクりと一つ頷き返した俺は、作戦開始の合図を出す。


「――行こう」


 こうして俺とディアは『七賢人』を救うべく、地上へと飛び降りた。


―――――――――――


 カタリーナは動けずにいた。


 撤退の合図を出すのは簡単だ。しかし、それはプリュイを見捨てることに他ならない。

 一時的なものとはいえ、プリュイは新たに『七賢人』に加わった仲間なのだ。おいそれと見捨てることなど仲間を大切にするカタリーナに出来るはずがなかった。


 しかし、だからといって安易に加勢に行くこともできない。

 カタリーナでさえも全く底が見えてこない圧倒的強者同士の戦いに下手に手を出してしまえば、むしろ足手まといになってしまうだろうことは想像に難くないからだ。


 いくら鍛え上げられているとはいえ、カタリーナからしてみれば有象無象の兵士たちを蹴散らすことはそう難しいことではない。

 しかし、それはカタリーナだけに限った話だ。一度剣を交えてしまえば『七賢人』全員が無傷でいられる保障など、どこにもありはしない。


(アクセルなら自分の身くらい自分で守れるかもしれないッスけど……他は厳しそうッスね)


 実力者揃いの『七賢人』とはいえ、百をも超える兵に囲まれた状況からの脱出は正直言って厳しいものがあった。

 カタリーナが身を粉にしても五分がいいところ。仲間を庇いながらの戦いはそれほどまでに大きな負担となる。


 特に戦闘能力に乏しいカルロッタがこの場にいることが致命的だった。

 小都市クヴァルテールを抜け、転移門に辿り着くよりも先にカルロッタが捕まる方がどう考えても先。殿をカタリーナが務めたとしても、歩調をカルロッタに合わせての移動ともなれば、たちまち追い付かれ包囲されてしまうのが関の山だ。


 ともなれば、カタリーナに出来ることは待つことのみ。

 一か八かの賭けに出るよりも、彼らを……紅介たちを待つことにカタリーナは命運を賭けた。


 そして――その賭けは成功する。


 それは一瞬の出来事だった。

 円形に囲っていた兵士たちと『七賢人』の間に、突如として半透明の氷の壁が築かれ、両陣営を分断する。


「――なっ! 何事だ!?」


 圧倒的な魔力量と洗練された魔法技術によって瞬く間に築き上げられた氷壁は兵士たちを狼狽えさせるには十分だった。


 その間隙を縫って、吹雪舞う夜空から二人は『七賢人』の前に降り立つ。

 そして仮面を着けた男がたった一言こう告げてきた。


「都市の外まで送ります」


(……この声は……コースケさん、ッスよね?)


 聞き覚えのある声と今の状況から鑑みるに、そうとしか考えられないのが普通だ。だがこの時、仮面に付与された『認識阻害』のお陰で、カタリーナ以外は紅介のことを紅介と認識することができていなかった。


 カタリーナがやや曖昧ながらも紅介だと気付けたのは、彼女が持つ『鏡面世界ミラージュ』の幻術系統スキルへの耐性のお陰であった。

 その後すぐにもう一人の仮面の女がディアであることにカタリーナは気付く。


(この大規模魔法はディアさんが……。あはは……流石としか言いようがないッスね)


 一度看破してしまえば『認識阻害』の効果は無いに等しい。

 カタリーナは紅介の言葉を信じ、仲間たちに合図を送る。


『離脱するッスよ。すぐに準備を』


 いまいち状況が飲み込めていない仲間たちを余所に、カタリーナは紅介とコンタクトを取る。


「アリガトウ、ゴザイマス」


「礼は不要です。そんなことよりも早く脱出しましょう」


 ぐだぐだしている暇はないと紅介が急かす。

 それもそのはず、氷壁によって分断されていた兵士たちに動きがあったからだ。既に動揺は収まり、氷壁を破らんと武器や魔法を打ち付けていた。

 いくらディアの魔法とはいえ、即席で造った氷壁ではそう長くはもたない。


「デモ、ドウヤッテ……?」


 周りは氷壁と兵士に囲まれ、一見すると逃げ場はないように見える。兵士を追い払うにしろ、ディアに一度氷壁を消してもらわなければならない。

 カタリーナが疑問を抱くのも当然であった。


―――――――――


「ああ、それなら――おっと」


 弧を描くように眉間を目掛けて飛んで来た矢を軽々とキャッチし、その場に放り捨てる。

 この猛吹雪の中で寸分狂わず俺の眉間に矢を放ってきたことを考えると、相手には弓の名手がいるとみて間違いなさそうだ。


 矢だけではない。その他にも多種多様な魔法が、武器が容赦なく俺とディアだけを狙い、次々と飛んでくる。


 それは……あまりにも不自然極まりない光景。

 まるで『七賢人』に怪我を負わせないよう配慮したかのような攻撃の数々に、俺は疑問を抱かずにはいられなくなる。


「……おかしい。どうして俺たちだけを……?」


「ドウシタンスカ?」


「ああ、いや……何でもありません」


 思わずを思考を明々後日の方向に巡らせるところだったが、ノイズ混じりのカタリーナ王女の一声でふと我に返る。

 今はそれどころじゃないと頭を振り、思考をリセット。そして脱出のためにいよいよ動き出す。


「よし、始めようか」


 そう言いながら俺はディアにアイコンタクトを送る。

 ディアは俺の視線に気付くと小さく頷き、魔法を発動した。


 そうして現れたのは白く濁った氷の半球状のドーム。

 氷壁を再度補強しながら頭上まで覆ったドームにより、一時の安全を確保する。


「五分くらいなら耐えられると思う」


「ありがとう。それじゃあサクッと脱出しようか」


 ぐるりと『七賢人』の面々を見渡し、誰一人欠けていないことを確認する。


「各々、どこでもいいから俺に触れてくれ。西門の先に転移させるから」


 たったの数百メートルの距離とはいえ、俺とディアを含めて一度に九人も転移させるのは、実のところなかなか骨が折れる作業なのだが、ゲートを使わないと自分勝手な理由で決めていた以上、四の五の言ってはいられない。


 恐る恐るといった様子だったが、全員が俺に触れたことを確認し、俺たちは氷のドームから……小都市クヴァルテールから脱出したのであった。

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