第476話 知りし者

 機密魔戦兵団第一部隊の隊長を務めるランナルは、部下たちにそれだけを告げてロビーを後に。そして宿屋の最上階の部屋に一人で入る。


 スウィートルームとでも呼ぶべき広々とした部屋で一人きりになったランナルはおもむろに窓辺に近付くと、外が吹雪いているにもかかわらずガラス窓を開け放ち、ただじっとしながら『ソレ』を待つ。


 それから待つこと数分。

 時計の針が三時を示す十分前のことだった。


「――来たか」


 そう呟いたランナルの視線の先……開け放っておいた窓の縁に一羽の白い鳥が降り立つ。


 一見すると、どこにでもいそうなただの鳥。しかし『ソレ』には本来、命あるモノ全てが持ち合わせているはずの危険察知能力も恐怖心も持っていなかった。

 強面であるランナルと視線を交差させてもなお、逃げ出すどころか、動じることすらない。備わって然るべき生存本能が欠落しているのだ。


 大男と小鳥が見つめ合うという珍妙な光景が数秒間に渡って続く。

 ランナルが愛鳥家という側面を持っているならば、然程不自然な光景ではないかもしれないが、そうではない。それは極限られた者だけが知る合図に他ならない。


 目と目を合わせ、互いが互いを認識することで初めて意味をなす合図。

 その意味するところは――『義賊』の接近であった。


「――行け」


 感情を覗かせない冷たいランナル一言で、白い鳥は窓の縁から飛び立っていく。

 白い鳥が飛び立っていった方向は小都市クヴァルテールの西門を越えた先。つまるところ『義賊』が現れた場所は小都市クヴァルテールの西だということを意味していた。




 窓を閉めたランナルはすぐさま部下たちが待機しているロビーへと戻る。

 時間にして僅か十分程度の待機命令を守れぬ愚か者はランナルの部下には存在しない。主人を待つかのように綺麗に整列している部下たちに満足感を抱きつつも、ランナルは無表情を貫き新たな命令を下す。


「現時刻をもって作戦行動を開始する。事前に通達していた手筈通りに配置につけ。相手が七人だけだと思って油断はするな。手痛いしっぺ返しをもらうことになるぞ」


 上から機密魔戦兵団に与えられた命令は『義賊』と善戦を繰り広げ、撤退させることだけにあった。しかしながら今作戦に限ってはアウグスト国王からの勅命ということもあって、ある程度の成果を挙げなければならない。

 この相反する命令に板挟みになったランナルは、部下には何も伝えずにある企みを考えていた。


 それは――『義賊』の殺害。


 ランナルは部下には固く禁じていたはずの『義賊』の殺害を企てていたのである。

 とはいえ、ただ闇雲に『義賊』全員を殺害するつもりはない。

 標的は『ある一人』を除いた『義賊』の……いや、『七賢人セブン・ウィザーズ』の一人のみと決めていたのだ。


 そう、ランナルは知っていたのだ。

 知らされていたのだ。


 僅かで構成された『義賊』の正体が『七賢人』であることを。

 そしてその事実は、当然ながらランナルに命令を下せる唯一人の人物も知っていた。


 故にランナルは『七賢人』のリーダーでありながら、マギア王国第一王女であるカタリーナを除いた『義賊』の一人の抹殺を企てていたのである。


 ランナルは全てを知ったつもりでいた。

 だが、実際はそうではなかった。未知なる存在が一人加わっていたことをランナルは知らなかったのだ。


 今日この時まで『七賢人』は――『義賊』は六人から七人で活動していたがために、ランナルは見落としてしまっていた。


 水を司る竜族の王女――プリュイの存在を。


 マルティナの不在時に、カルロッタが活動に加わり七人になっていたにもかかわらず、プリュイの存在を見落としてしまっていたことには、とある偶然が重なっていた。


 マルティナの代役を務めることになったカルロッタが戦闘を不得手としていたが故に、戦闘には直接参加せずに常に後方にて待機をしていた。そのため『義賊』の人数が増えていたことにランナルを含め誰も気付けずにいたのだ。

 それに加え、情報提供者であるが、その事実を誰にも伝えていなかったことも大きな要因の一つとなっていた。……いや、正確に言うならば、マルティナにはそれらの情報を伝えるが存在していなかったのだ。


 もしランナルがプリュイの存在に気付けていたなら、未来はランナルの筋書き通りに進んでいただろう。

 だが、プリュイというたった一人の強者の存在がランナルの計画を大きく狂わせ、そしてその結果、ランナルが知るうる限りでの存在を呼び寄せてしまう――。


―――――――――――


 小都市クヴァルテールから西に約五キロの地点にある森の中に設置してあった転移門から『七賢人』とプリュイは姿を現した。


 イクセルが紅介たちと約束した時間まで約十分。

 小都市クヴァルテールまでは五キロという距離はあるが、戦闘を不得手としているカルロッタが居てもなお、それだけの時間があれば約束の時刻には十分に間に合う計算だった。


 全身を黒で包み込んだ八人は転移門から少し離れた地点で最終確認を行う。


「標的は小都市クヴァルテール、西門付近にある宿屋に滞在中だ。周囲には門番を除き、人影は皆無。俺たちはこの後即座に行動に移り、西門を通らず外壁を飛び越え侵入を試みる。いいな?」


 イクセルの最終確認に各々が神妙な面持ちで頷き返す。


「もし途中で異常事態が発生した場合には撤退の合図を出す。その場合は極力戦闘を控え、直ちに小都市クヴァルテールから脱出する。その際の逃走経路は――」


 イクセルが二パターンの逃走経路を説明し終え、そして最後にカタリーナがお決まりの言葉を皆に告げる。


「――盗賊ごっこを始めるッスよ。この国の未来のために」


 いつもと変わらないお決まりの台詞。

 なのだが、カタリーナが発した声には痛みと悲しみの色がほんの微かに含まれていたのだった。




 予定の時刻ちょうどに八人は外壁を飛び越え、小都市クヴァルテールへの侵入に成功する。


 マルティナの情報通り、周囲に人影はなし。

 吹雪の影響もあって極めて視界状況は悪いが、マルティナの情報が正確だったことにカタリーナはホッと胸を撫で下ろしながらも、気を緩めるにはまだ早すぎると自分に言い聞かせる。

 それに不安要素が皆無というわけではなかった。


(コースケさんたちの姿が見えないのは少し気掛かりッスね。来てくれてない……なんてことはないでしょうし、陰ながら私たちを見てくれているってことッスかね?)


 仲間たちに気付かれないよう辺りを見渡してみるが、やはり紅介たちの姿はどこにも見当たらない。

 この時、イクセルもカタリーナと同様の不安を抱いていた。周囲を警戒すると同時に紅介たちの姿を見つけようとしていたのだ。


 だが、いくら探せど発見には至らない。

 これ以上の捜索は他の仲間たちに不審がられてしまう恐れありと判断し、捜索を打ち切ろうとした――その時だった。


 一番後方に立っていたにもかかわらず、カタリーナの外套が後ろから引っ張られたのだ。


「――っ!?」


 心臓が飛び出そうになりながらも、カタリーナは瞬時に振り向く。しかし、後ろには誰もいない。


(今、のは……?)


 外套を引っ張られた感触は確かにあった。だが、誰もいない。

 恐怖心と不気味さを覚えたカタリーナだったが、そこであることに気付く。


(これは……紙?)


 雪が積もった地面にあるはずがない一枚の小さな薄紙が重石と共にそっと雪の上に置かれてあったのだ。

 しかもその紙は雪の上に置かれていたにもかかわらず、まだあまり濡れてはいなかった。紙の状態から察するに、たった今置かれた物であることは確か。


 仲間たちに気付かれないよう、そっと屈んで紙を拾う。

 すると、そこには……。


 ――『罠。即刻離脱せよ』。


 短くそう書かれていたのだった。

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