第460話 激論の果てに

「――馬鹿なっ! 俺たちの中に裏切り者がいるだと!? リーナ、ふざけるのも大概にしろ!」


 いつも冷静沈着なイクセルが怒声を上げる。

 顔は紅潮し、呼吸は乱れに乱れていた。


「……落ち着いてほしいッス。私はふざけてるつもりも、冗談を言ってるつもりもないッスよ。ただ、あくまでも可能性の話をしているだけッスから」


「落ち着けだと? 今の話を訊いて落ち着いていられるものかっ!」


 ――ガシャン!


 イクセルがテーブルを強く叩いた衝撃で、テーブルの上に散乱していた雑品が倒れ、転がっていく。

 けたたましい音が『賢者の部屋』に響き渡るが、この場にいた者たちはそのような状況になってもなお、誰一人として微動だにしなかった。

 それぞれがそれぞれの心の殻の中に閉じ籠り、自分だけの世界に入っていたからだ。


 ある者は困惑を、またある者は憤怒を。

 それぞれ違った想いを胸の内に秘め、イクセルとカタリーナのやり取りにぼんやりと耳を傾けていた。




 事の発端は、カタリーナが『七賢人セブン・ウィザーズ』に緊急招集をかけたことから始まる。


 紅介たちとの昼食会を経て迎えたその後の授業中、カタリーナは授業そっちのけで頭を悩ませ続けていた。


 ――『一つ忠告をしておいてやろう。あの紛い物の鳥だけが『義賊』を追い詰めた原因ではないはずだ』。


 何度頭の中でその台詞を繰り返しただろうか。

 数時間が経ってもなお、あの時のフラムの台詞を、表情を、声色を、全て色褪せることなく鮮明に思い出すことが否応なくできる。

 それほどまでにカタリーナにとってフラムの言葉はあまりにも衝撃的だったのだ。


 マルティナのスキル『籠ノ鳥』で構築した監視網を看破されたことにも驚かされたが、今カタリーナが考えることは別にあった。


(フラムさんの話を正しいものだと仮定すると、確かに色々と繋がってくるッスね。それまで散々罠に嵌められてきたのに、マルティナの代役をカルロッタが務め始めた途端に、ぱたりと罠に掛からなくなった……。たぶんこれは運や偶然なんかじゃない。マルティナが作り出す白い鳥の正体を何者かが見破った、そう考えれば色々としっくりくる。大方、カルロッタが作った『籠ノ鳥』の模造品は白い鳥との外見の違いから今は気付かれてないだけっぽいッスね)


 カルロッタが代役を務めるようになってからというもの、ここ最近の活動は順調そのものだった。しかし、今カタリーナが立てた推測を正しいものとするならば、カルロッタが創作した模造品の存在が露呈する日はそう遠くないだろう。


 ならば、どうすべきか。

 カルロッタに頼んで鳥の姿形を日毎に変えてもらう。そうすることで模造品の存在が露呈するまでの時間を大幅に稼ぐことができるかもしれない。


 そこまで思い至った瞬間、不意にカタリーナはピリッと脳が焼きつくような感覚に襲われる。

 彼女の勘が、本能が、そうではないと訴えかけてきたのだ。


(……違う、時間を稼ぐことばかりを考えても意味なんかない。問題はそこじゃないんスから)


 頭を振り、一度思考をリセットする。

 そしてカタリーナは今一度、フラムの言葉を思い出した。


(……あれ? そもそもマルティナの目はマギア王国中に浅く広く行き届いてるはずッス。その数は百羽以上。たとえその内の一羽が偽物の鳥だと見抜かれたとしても、所詮は数多くある目の内の一つに過ぎない。なのに、それだけで私たちが狙う標的だけじゃなく、襲撃地点まで予測することなんてできるはず……ない)


 そう、あり得ないのだ。

 この瞬間をもって、カタリーナの思考は急激に加速していく。

 そして最終的にカタリーナはフラムと全く同じ結論に至ったのだった。


 ――裏切り者がいる可能性に。


 自ら結論を導き出したにもかかわらず、俄には信じがたい。

 そんなはずはないと思考を放棄し、否定したい気持ちに駆られる。

 だが、いくら考え直そうと最終的に導き出される結論は変わることはなかった。




 これ以上、いくら一人で考えていても埒が明かない。

 そう考えたカタリーナは放課後になると、すぐさま行動を起こした。

 復学が遅れているマルティナと、今頃は屋敷でぐうたらしているであろうことが想像に難くないプリュイ以外の『七賢人』ないし仲間たちを呼び出し、『賢者の部屋』に集めたのである。


 そしてカタリーナは集まった皆に、フラムから得た情報と自身が導き出した結論を伝え、今に至る。


 重苦しいを通り越し、呼吸音を立てることすら憚れる一触即発の空気が部屋を漂う。

 激昂し続けるイクセルは苛立ちを隠そうともせず、テーブルを強く叩いた拳を震わせながら捲し立てる。


「そもそもだ、あの女の――フラムの言葉は信じるに足るものなのか? リーナはその言葉を疑いもせずに受け入れたのか?」


「結論は私が導き出したもの。フラムさんを信用しているかなんて関係ないッスよ」


「違う! 前提が間違っているんじゃないかと訊いているんだ! さも彼女はマルティナの『籠ノ鳥』を見破ったかのように言っていたようだが、俺には到底見破ることなどできるとは思えない!」


 イクセルとカタリーナの二人の言葉だけが『賢者の部屋』に飛び交う。他の者には口を挟むことが許される雰囲気ではなかったことも大きい。


 冷静さを欠いたイクセルと、悩みに悩んでようやく答えを導き出したカタリーナ。どちらも自身の主張を曲げる気配は一切なく、口論は平行線を辿る……かのように思われたが、そんな空気を極めて淡々としたいつも通りの口調をしたカルロッタが打ち砕く。


「……なあ、リーナ」


「……なんスか?」


 イクセルに触発されてか、カタリーナの返事は優しさを欠いたぶっきらぼうなものになっていた。だが、そんなカタリーナの態度をカルロッタは一切気にする素振りすら見せず言葉を続ける。


「……フラムは『命の臭い』を感じ取る力か、『上位の探知系統スキル』を持っている者であれば偽物だと気付ける、確かにそう言ったのか?」


「少し言い回しに違いはあるッスけど、大体はそんな感じッスよ。あと『魔物だけが持つはずの魔石を、ただの鳥が持っているはずがない』とも言ってたッスね」


「……なるほどな。……であれば、概ね納得できる話だ」


 カタリーナの……いや、フラムの言葉に、何を思ったのかカルロッタは突如理解を示した。

 当然、カタリーナの意見に賛同する者が現れたことに納得がいかないイクセルはカルロッタに噛みつこうとする。


「今の話のどこに納得できる要素がある? 命の臭いを感じ取るだと? ふっ……むしろ胡散臭さが増しただけだろうに」


 イクセルはそう言って鼻で笑うと、眼鏡の位置を直しながら余裕の表情を浮かべる。己が説得力の方が上だと暗に態度で示したのだ。


 しかし、その程度の言葉でカルロッタがぶれることはなかった。


「……私が納得したのはそこではない。……リーナが最後に付け足した言葉に納得したんだ。……『籠ノ鳥』と『五感伝達』。……この二つのスキルを併用することでマルティナは幾つもの目を生み出してきた。……『五感伝達』を付与した魔石を『籠ノ鳥』の力で鳥の形に変化させ、飛ばすことでな」


「……何が言いたい?」


 ぶれない姿勢と、結論を述べずに焦れったい言い回しをするカルロッタに、イクセルは苛立ち混じりに結論を急かせた。


「……私としても盲点だった。……それはマルティナとて同じだろう。……おそらくマルティナは目を造る際にこう考えたはずだ。……『鳥型の魔物の姿にしてしまうと、何かの手違いで狩られてしまうかもしれない』とな。……私がマルティナだったとしても同じことを思ったに違いない。……だが、それが大きな過ちだった。……魔石には魔物の情報が残っていることは知ってるな?」


 結論を急かせたにもかかわらず、全く乗ってこなかったカルロッタに不満を覚えながらも、イクセルは渋々といった様子で質問に答える。


「当然だ。学院でも習うが、たとえ習わずとも冒険者ギルドなどでも魔石の鑑定は簡単にできるし、誰でも知っているような一般常識だろう」


「……そう、その通りだ。……では、もう一度問おう。……マルティナが魔石から造った白い鳥はどう識別されるだろうか? ……見掛けは何の変哲もないただの鳥だ。……しかし、個体識別を可能とする探知系統スキルやその他鑑定系統スキルなどを持っている者にはどのように映ると思う?」


 ここまで事細かに問われれば、いくら冷静さを欠いていようが答えは簡単に導き出せる。高い知性を持つイクセルでなくとも容易い問題だった。


 唖然としたイクセルは口をぽっかりと開け、無意識下で言葉を紡いでいた。


「……使った魔石にもよるが、鳥の姿をした得体の知れない物体、そう見えるだろうな……」


「……ああ、そうだ。……わかりやすく例を挙げると『空を飛ぶゴブリン』なんて映ることもあり得なくはない。……まあ実際は『五感伝達』の付与にはそれなりの強さを持った魔物の魔石でなければならないんだがな」


 皮肉めいた笑みを見せながらのカルロッタの説明に、反論を続けていたイクセルだけではなく、この場にいた全員が納得の色を顔に浮かべていた。


 これをもってマルティナのスキル『籠ノ鳥』の弱点・欠点は共有することができたと言えるだろう。フラムの説をカルロッタが噛み砕いて説いた形だ。

 しかし、まだ大きな問題が一つ残されていた。


 気を削がれたイクセルが力のない声でこう呟く。


 ――『裏切り者は誰だ』、と。

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