第437話 劇薬
話し合いが終わり、紅介たちが部屋を後にしてからも『
暫しの沈黙が続き、最初に沈黙を破ったのは第五席イクセル。
眼鏡をかけ直し、神妙な面持ちでカタリーナに問い掛ける。
「……リーナ、いくらなんでも独断専行が過ぎるぞ。何故あの少女を仲間に引き入れた? 実力は確かなのかもしれないが、アレは毒になりかない」
開口一番、話題に上げたのは当然のようにプリュイを仲間に加えたことについてであった。
そんなイクセルの指摘に、真っ先に頷き同意を示したのは二人。クリスタとマルティナだ。
カタリーナを最も慕っている二人がカタリーナに異を唱えるのは極めて珍しい光景であった。
「ワタシもイクセルくんと同意見かなー。それに、リーナちゃんは『七賢人』に異分子が入ってくることを誰よりも嫌ってたと思ってたんだけど?」
「ワタクシだって嫌ですわ! 『七賢人』は完成していますもの! あんな生意気な小娘を仲間に入れる必要があるとは思えませんわ!」
クリスタは口元に笑みこそ湛えていたものの、その目は全く笑っていない。マルティナはマルティナで甲高い声を上げて不機嫌さを隠そうともせずにムスッと頬を膨らませている。
「まあまあ、落ち着こうぜ? リーナだって考え無しに仲間に引き入れたわけじゃないんだろ? まずは説明を訊いてからにしようぜ、なっ?」
ヒートアップしそうな雰囲気を察し、オルバーが仲裁に入る。
とはいえ、オルバーのたち位置はあくまでも中立。リーナの説明次第では異を唱えることも頭の片隅で考えていた。
全員の視線がカタリーナに集まる。
カイサ先生を含めた皆が皆、リーナの一挙一動に注目していた。
「仲間に入れた理由ッスか? ――強いから。それだけじゃダメッスかね?」
「……おいおい、そんな理由じゃ誰も納得しちゃくれないんじゃねぇか? 俺だって納得できねぇしな」
あっけらかんとそう言い放ったカタリーナに対し、オルバーは眉間に皺を寄せ、険しい眼差しを向ける。
これで七人中四人が反対派に回った形となった。
残るは未だに沈黙を貫き続けているアクセルとカルロッタの二人のみ。この二人が反対派に回るようなことがあればカタリーナの求心力は未だかつてないほどに低下してしまうことは免れない。
風向きが反対派に吹く中で、アクセルとカルロッタは意外なことにカタリーナの肩を持った。
「僕はリーナの考えに従うよ。彼女と一戦交えた身として意見をさせてもらうと、彼女は絶対に敵に回しちゃいけない存在だ。手を取り合うことができるならそれに越したことはないはずだよ」
「……概ね私も同意見だな。……何より彼女は不気味だ。……訊き及んだ限りの実力もさることながらその存在も、な」
アクセルはプリュイの底知れぬ実力をその肌で感じたが故に、仲間に引き入れることを受け入れていた。仮にそれが毒だとしても、それでも尚、敵に回すよりは味方にした方がいいと判断をしていたのだ。
カルロッタはアクセルとは別の観点からカタリーナの肩を持っていた。
そう、彼女は薄々勘づいていたのだ。プリュイの正体が何者であるのかを。
未成熟な身体に見た目の年齢とはかけ離れた不遜な態度、そしてカタリーナを小娘と呼んだこと、そしてそれらに加え、ハーフドワーフでも
それは――竜族。
無論、確証は何一つとしてない。
伝承や物語にこそ度々現れるものの、もはや伝説上の存在とも呼ばれている竜族だが、実在していることは歴史が証明しており、カルロッタが持つ知識と照らし合わせた時に浮かび上がってくるのが竜族だけというあやふやな憶測からきたものであった。
あやふやが故にカルロッタは口にはしない。けれども、彼女の勘がプリュイを敵に回すことを避けるよう叫んだのだ。
こうして『七賢人』の意見は三対四に割れた。
既にプリュイを仲間にすることはカタリーナの独断で決定事項となってしまっているとはいえ、このままでは不和が生じかねない。
そう予期したカタリーナはいよいよ腹を割ってプリュイの必要性について語ろうとしたその時、それまで口を閉ざしていたカイサが先んじて口を開いた。
「――全くもって嘆かわしいな。今のお前たちに仲違いをしていられるほどの余裕が果たしてあるのか?」
カイサは冷めた目差しを反対派の四人に向け、呆れ果てながらも言葉を続ける。
「これまでのお前たちは挫折を、敗北を知らなかった。連戦連勝、全てが思うがままに上手く進み過ぎた故の弊害とでも言うべきかもしれないな。そのせいでお前たちは大きな勘違いをしている」
「……勘違い? 一体何のことでしょうか?」
その冷たい眼差しに臆したのか、イクセルは目を背けて暗い声音で聞き返す。
「本当にわからないのか? ならば、私の口から直接言ってやろう。――お前たちは『真の強者』ではない。今のお前たちは狭い世界の中で己が実力を過信しているだけのただの愚か者共だ」
「……っ」
辛辣で痛烈なその言葉にイクセルは何も言葉を返せなかった。
それが的外れの指摘であれば、例え相手が教師がだろうがイクセルは言い返すことができただろう。
しかしイクセルはその言葉を否定できなかった。敗北を喫したあの日の夜に酷く痛感していたからだ。
いくら策を巡らせようと勝てる相手ではなかった、と。
黙ってしまったイクセルにカイサは更なる追い討ちを掛ける。
「自信を持つことは決して悪いことではない。事実、お前たちの実力は並大抵のSランク冒険者を相手にしても引けを取らないどころか上回るものを持っているだろう。しかし――上には上がいることを忘れるな。そんな単純なことを忘れている内は愚か者のままだ。コースケ、ディア、フラム、そしてプリュイ。あいつらは『真の強者』……いや、それでは生温いか。『本物の化物』とでも呼ぶべき存在だろう。……人かどうか疑いたくなるほどに、な」
最後に小さく呟いたその一言はカタリーナに向けた言葉だった。
カタリーナは苦い笑みをもって頷き返すと、そのままカイサの言葉を引き継いだ。
「あの日の夜に私は思い知らされたんスよ。調子に乗っていたんだ、この人たちには絶対に敵わないんだ、って。勿論、負けたままじゃいられないし、数年後はわからないって思ってるッスよ? でも今の私たちには時間がない。プリュイさんを敵に回してる余裕なんて残されていないんスよ」
時間がないというのはこの場にいる全員の共通認識だった。
もう間もなくして、国を挙げた『対義賊』の布陣が整うことはカタリーナを介して全員が周知している。今後はこれまでのように簡単にはいかないと理解していたのだ。
そんな中でプリュイを敵に回すことは愚かという他にない。
時間的猶予も残されていない中でプリュイと事を構えるのは、時間も資源も労力も無駄に消費するだけ。プリュイが竜族であるか否かにかかわらず、敵対している場合ではないのである。
しかし、感情というのは厄介なもので、頭ではわかっていても納得がいくかどうかは別問題。
イクセルにオルバー、そしてクリスタはカタリーナの考えに理解を示し、態度を軟化させたが、マルティナだけは感情に操られたままであった。
「それでも納得できませんわ! 悔しいですけれど、確かに彼女は信じられないほど強かった。ですが、それとこれとは話は別ですわ! 彼女が加わることで連携が乱れるかもしれませんし、むしろ今より弱くなるかもしれませんわよ!? それに――」
マルティナは自分でも訳がわからないほど意固地になっていた。
矜持が高いが故か、はたまたカタリーナを取られるかもしれないと恐れたのか本人にもまるでわかっていない。もしかしたら単純にプリュイとの相性が悪いだけなのかもしれないが、彼女は駄々っ子のように喚き続けた。
「言いたいことはわかるッスよ。プリュイさんは一種の劇薬みたいなもの。扱い方次第で毒にも薬にもなると思うッスから。でも、四の五の言っていられる状況じゃないこともわかって欲しい。……お願いするッスよ、マルティナ」
マルティナが敬愛してやまないカタリーナから困惑が入り交じった優しい笑みを向けられてしまっては反論もここまで。
頬を朱に染め、俯きながら小さな声で返事をすることしかできなくなっていた。
「……わかりました、わ」
「ありがとうございます、マルティナ」
こうして『七賢人』は毒にも薬にもなりうる劇薬を受け入れた。
それが吉と出るのか凶と出るのか、今はわからない――。
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