第432話 目的と理由

 戦う意思はないが、譲歩するつもりもないと、カタリーナ王女はハッキリとそう断言をした。


 確固たる意思を持っていると言えば聞こえはいいかもしれないが、それは単に我が儘とも取れる発言である。

 そもそものところ、今回の勝者は紛れもなく俺たち『雫』なのだ。譲歩すべきは明らかに向こう。いや、本来であれば、こちらが一方的に有利な要求をしたとしても何らおかしなことではない。


 勝者と敗者――この二者の差は圧倒的で覆せないのが道理。

 敗者ができることは限られている。

 頭を垂れるなり、交渉をするなりして勝者から譲歩を引き出すか、或いは再度戦いを挑むかの二つに一つだろう。

 にもかかわらず、カタリーナ王女はそのどちらも選ぶ気はないようだ。

 ともなれば『舐められている』。そうプリュイが考えてしまうのも無理はない話だった。


「――おい、小娘。貴様は妾を舐めているのか?」


 加速度的に剣呑な空気が漂い始める。

 マリンブルーの瞳はカタリーナ王女をキツく睨み付け、その小さな身体からは文字通りに冷気が漏れ出ていた。

 しかしカタリーナ王女は、臆することなくプリュイの視線を受け止め、口を開く。


「落ち着いて欲しいッス。あの日の夜にもお願いしたと思うんスけど、私たちにもう少し時間をいただけないッスかね」


 言葉遣いこそあれだが、表情は真剣そのもの。

 二つの意味で完全に冷えきったこの部屋の空気を気にしている素振りは微塵も窺えない。

 そんな態度を貫くカタリーナ王女に対し、プリュイは暫しの間、沈黙を貫いた後、おもむろに口を開いた。


「……まずは貴様らの目的と、妾を待たせるに相応しい対価を提示してもらう。これだけは妾も譲れぬからな」


「ええ、もちろんわかってるッス。だからこうして三人を呼んだんスから」


「……ふんっ」


 一時的なものだとは思うが、ひとまずはプリュイの怒りは鎮まってくれたらしい。室温も元の快適な温度まで徐々に戻りつつあった。


「感謝するッス」


 軽くカタリーナ王女が頭を下げた後、彼女は『七賢人』の仲間たち一人ひとりと視線を交わしていく。

 ある者は静かに頷き返し、またある者は悔しそうに瞳を伏せる。

 ゆっくりと時間を掛けて全員と視線を交え終えたカタリーナ王女は、一つ大きく頷いてから真っ直ぐな眼差しを俺たちへと向けた。


「実は私たち『七賢人』が盗賊行為を働いている理由は人によって様々なんス。例を挙げると、カルロッタは私たちから資金提供を受けて魔法研究を捗らせるために。クリスタとマルティナは私を慕ってくれるがために、私の我が儘に付き合ってくれてるんスよ。だから一人ひとりの行動原理は『七賢人』の中でもバラバラ。……ただ、この話を皆に持ち掛けたのは私ッス。最初はただの級友だった。少しずつ仲を深めていき、互いに切磋琢磨していくことで『七賢人』と呼ばれるまでになった。そんな折りに、私が皆に話を持ち掛けたというわけっス。――『私に協力して欲しい』と」


 ここまでの話を訊いた中で、カタリーナ王女が名実ともに『義賊』のリーダーであることが判明した。

 つまるところはカタリーナ王女を除く『七賢人』たち、そしてロザリー先生は彼女が掲げた目的を果たすための協力者に過ぎないということだ。

 例に挙がらなかった者たちも何かしらの思惑があって手を貸しているのだろう。でなければ犯罪に手を染めるなど、そう簡単にできることではない。


 カタリーナ王女の話は続く。


「それで私の目的なんスけど、それは――『国庫に集積される予定の財貨や資材の運搬妨害』。何故私がこんなことをしているのか理由は話せないッスけど、目的はこれに尽きるッス。ちなみに私たちが所謂、悪徳貴族と呼ばれる貴族に標的を絞っていたのは、ただ単に私たちを捕らえようと国に動かれると困るから。要するに保身に過ぎなかったんスよ。罪悪感を薄める意味合いも多少はあったッスけどね。まあ、そんな悪あがきもそろそろ限界を迎えたみたいッスけど……」


 陰りが差したカタリーナ王女の表情から察するに、いよいよ国家が『義賊』確保に乗り出したということなのだろう。

 いくら悪徳貴族だけを標的にしてきたといっても、彼女たちが行ってきたことは民衆にこそ支持されているのかもしれないが、その行為は紛れもなく犯罪そのもの。

 脛に傷を持っているが故に被害にあった貴族の大半が口を閉ざしていたのだとしても、ここまで大事になってしまえば国が黙ったままでいるはずがない。国家の威信を保つためにも『義賊』の確保に乗り出さなければならなくなったのだろう。もしくは、威信なんてものとは関係なしに『義賊』を疎ましく思っての動きなのかもしれないが。


 そしてもう一つ気になるのは、彼女が『義賊』を組織し、活動するに至った理由だ。

 理由は話せないとカタリーナ王女は語っていたが、王女である彼女が自国に反旗を翻し、犯罪に手を染めるなど並々ならぬ理由があるに違いない。

 だがしかし、あれこれと邪推することはできるが、彼女が理由は話せないと言い切った以上は考えるだけ無駄だろう。

 今は座して話に耳を傾けることが先決だと俺は頭を切り替える。


「今話せることはこれで全部ッス。納得していただけたッスかね?」


「んー、話が長過ぎて最後の方の話しか頭に残ってないぞ……。妾が覚えている限りのことで一つ訊きたいことがあるのだが、確か貴様は『限界を迎えた』みたいなことを言っていたな? ならば、もう貴様らは活動を止めざるを得ないのではないか?」


 説明をさせておいてほとんど覚えていないと堂々と言い切るあたり、プリュイらしいと言えばらしいのだが、それを訊いたカタリーナ王女は可哀想なことに頬を引きつらせ、明らかに呆れ果てている様子だ。

 だが、そんな表情も口を開けばすぐに真剣なものへと変わっていく。


「それでも私たちは……私だけは止めるつもりはないッスよ。この命と引き換えになるとしても、絶対に」


「……ふむ。不愉快だが、面白い。貴様は断固たる意思を持っているようだな」


 偉そうに椅子にふんぞり返りながらも、プリュイはカタリーナの白銀の瞳を見つめる。


「最初に言ったはずッス。どうしても譲れないものがある、と。でなければ、あれだけ一方的に負けた相手にここまで意地を張ることはないッスよ。しかもフラムさんまでいるとなると、さっさと降参した方が身のためッスからね」


「ふんっ、あのクソババ……――ゴホンッ! あやつに頼らなくとも貴様らなど妾だけで十分なのだっ!」


 フラムのことを咄嗟にクソババアと言い掛けていたが、何とかギリギリで踏み止まったあたり、面には出さないもののプリュイは余程フラムのことを恐れているに違いない。

 付け加え、チラチラと横目で俺とディアの顔色……もとい、告げ口をしないか若干気まずそうな瞳で様子を窺ってきている点から考えても俺の予想は当たっていそうだ。


 緊迫した空気が徐々に弛緩し始め、ようやく和やかな雰囲気になりかけていたその時だった。

 見事な金髪縦ロールを誇るマルティナが険しい表情をしながら、横から口を挟んできたのである。


「ハーフドワーフの貴女! 先ほどからの不遜な態度、あまりにもカタリーナ様に対して失礼ではなくて?」


 そう言い、マルティナは人差し指をプリュイへ突きつける。

 その光景はまるで自己紹介の際にプリュイがカタリーナ王女に指を突きつけた時の焼き回しのようだった。


「むぐ……?」


 いつの間にか机の上に置いてあったお茶菓子を口の中いっぱいに詰め込んでいたプリュイが突き出された指先を見つめながら、不思議そうに首を傾げたのであった。

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