第407話 情報網
崇拝と畏怖を学院中から集める『
七人それぞれが突出した才能を持ち合わせており、もし彼らが冒険者になりパーティーを組もうものなら、Sランク冒険者になるであろうことは疑う余地もない。並大抵のSランク冒険者では足元にも及ばないほどの強力なパーティーとなる。
思想や目標、目的にはそれぞれ違いこそあれど、『七賢人』はカタリーナが中心となり、一つの目的を遂行するために暗躍する組織であった。
遅れて到着したアクセルとオルバーが席に着いたところで、話し合いが始まる。
「まずはこうして皆さんに集まっていただいた理由を説明しようと思います。マルティナ、お願いしますね」
議論の進行を務めるカタリーナが、今回『七賢人』全員に招集を掛けた張本人である第四席マルティナに説明を促す。
「「……」」
しかし、カタリーナの催促の言葉に対し、首を捻らせてやや反応に困っているものが数名現れる。それはマルティナ、アクセル、オルバーの三人だった。
「……どうかされたのでしょうか?」
「いや……なんだ、事情は訊いてはいたんだが、リーナの言葉遣いがむず痒いっつうかだな……」
戸惑いを隠しきれないオルバーが怪訝な眼差しを向けなから、彼の知っているカタリーナとは違う不自然な言葉遣いを指摘する。オルバーに追従する形でアクセルとマルティナも首を縦に振っていた。
「――コホンッ。気になさらないで下さい。これが本来あるべき姿なのですから」
咳払いをしたカタリーナの耳は僅かに赤くなっていた。
「そ、そうですわ。王族としては今の言葉遣いの方が正常ですもの。そんなことよりも、そろそろ本題に移らせていただいてもよろしくて?」
全員の表情が聞く姿勢になったことを確認し、マルティナは話を続ける。
「ワタクシからの報告は二つ。昨日、ワタクシの『眼』が一つ潰されてしまいましたの」
マルティナの言う『眼』とは、当然顔についている本物の眼のことではない。
彼女が持つ
『五感伝達』の能力は謂わば、監視カメラに近い特性を持っている。
非生物を対象とした五感(選択可)の転写・伝達。その対象は非生物と限定される能力だが、そのスキルは実用性に富んでいた。
道端に落ちている石すらも己の『眼』にすることを可能とし、更にはスキル使用者の能力に応じて五感を転写する対象を増やすこともできる能力であった。
現在のマルティナの転写・伝達限界は百以上にも及ぶ。
このスキルは脳のリソースを大きく割かなければならないため、本来は使用者の脳にかなりの負担が掛かる能力なのだが、『五感伝達』を熟達したマルティナは情報の取捨選択を無意識下で自動化することにより、苦もなく百をも超える転写と伝達を可能としていたのだ。
そして『五感伝達』をより一層有効活用させることを可能とするスキル――それこそが『籠ノ鳥』である。
その能力は至ってシンプル。非生物を鳥の姿へと変化させるという珍しいスキルだ。
能力で創造した鳥の姿形は本物の鳥と遜色はほぼない。違いがあるとするならば獣特有の臭いが無いことと、そこに命があるか否かだけ。
飛ばすことも戦わせることも簡単な命令を下すことも可能。しかし、そこには特定の条件も存在した。
それは鳥にその姿を変えた物に籠められた魔力の有無。
姿形だけを変化させるだけであれば、それに魔力を籠める必要はない。だが、飛ばしたり命令を与えるとなると魔力が必要不可欠となるのだ。
故にマルティナは鳥を創造する際には必ず魔石を用いていた。
簡単に用意することができ、元から魔力を蓄えている魔石は『籠ノ鳥』を使う際に有用だからである。
幼き頃から籠の鳥のように自由のない世界で育てられた公爵家の令嬢だったが故に、マルティナは『籠ノ鳥』を後発的に獲得するに至ったのだ。
『五感伝達』と『籠ノ鳥』。
この二つを組み合わせることにより、マルティナはマギア王国中に『眼』を展開し、『七賢人』に有益となる情報を収集するために努めていた。
有益な情報をもたらすマルティナの『眼』が潰されたという話に真っ先に反応を示したのは、第五席イクセルであった。眉をピクリと動かし、掛けていた眼鏡を中指で上げる。
「潰された、だと? 何処を見張らせていた『眼』だ? 偶然の可能性は?」
「潰された『眼』はカタリーナ様が気になされていた例の方々の屋敷に配置していたものですわ。断言まではできませんけれど、偶然の可能性はほとんどありませんわね。紅髪の女性が動物を殺すことに愉悦を覚えるような方でなければ、の話ですけれど」
怒濤の質問責めに億劫になりながらもマルティナは然程危機感を抱いている様子もなく、淡々とそう答える。
だがイクセルはマルティナとは違い、危機感と焦燥感を抱いていた。
「偶然ではなく確信めいたものだったとしたら厄介だ。見張られていると気付かれたのであれば、犯人探しに躍起になるかもしれん」
「そうかしら? 例え躍起になったところでワタクシに辿り着けるわけがありませんわ」
「それは些か楽観が過ぎる。奴らは化け物だ。看破系統スキルを持っている可能性は極めて高い。警戒するに越したことはないだろう」
実地訓練で紅介たちの圧倒的な実力を目の当たりにしていたイクセルが警鐘を鳴らす。
共に実地訓練に参加していたカタリーナ、クリスタ、そして参加はしていなかったが、研究以外に興味を示すことが滅多にないカルロッタでさえ、イクセルの言葉に理解を示す形で小さく頷いていた。
「イクセルの言うとおりです。彼らの実力は常軌を逸したもの。特にフラムさんの実力は私でさえ底が全く見えてきませんでした」
カタリーナの言葉は『七賢人』の中でも重く捉えられる。
王族という身分からではなく、彼女の実力を皆が皆、認めているからだ。
「……そうですわね。カタリーナ様がそうまで仰るのでしたら、ワタクシも警戒を怠らないよう気を引き締めますわ」
マルティナは公爵家の令嬢ということもあり、王族であるカタリーナにだけは礼節を忘れることはない。素直にカタリーナの言葉を受け入れ、次の話題に移る。
「では二つ目の報告……本題に移らせていただきますわね。モルバリ伯爵が王都と鉱山都市タールを往復する荷馬車の護衛を雇いましたわ」
「護衛だぁ? 金にケチ臭いって言われてるモルバリ伯爵の依頼を引き受ける物好きが現れるとはな。随分と物好きな冒険者がいたもんだ」
オルバーが意外感を露に口を開く。
モルバリ伯爵と言えば、貴族でなくとも悪い意味でその名を知らぬ者がほとんどいないほどケチで有名な貴族。強制的に領民を採掘仕事に従事させ、酷使していることでも有名だった。
モルバリ伯爵が悪徳貴族であることはオルバーだけではなく、ここにいる者全員が共通の認識として持っているほどである。
「冒険者ではありませんわよ、傭兵ですわ。確か……『雫』と名乗っていたかしら?」
マルティナはうろ覚えの記憶を探りながら『雫』の名を皆に伝える。
「……冒険者ではなく傭兵でしたか。それにしても傭兵団『雫』、訊いたことがありませんね。マルティナ、何か特徴や構成などの情報はありませんか?」
情報とは武器だ。
カタリーナはそんな考えから、マギア王国内で活動している有名な冒険者や傭兵の名前を全てといっていいほど頭の中に叩き込んでいた。にもかかわらず、カタリーナの脳内にあるリストには『雫』の名は無かった。
国外の傭兵が流れ込んできたのか、或いは名を売りたがっている新参の傭兵か。
可能性は低いが、名の知れた傭兵がその名を偽り護衛依頼を引き受けている可能性も捨てきれないため、カタリーナは詳細な情報を求めたのであった。
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