第406話 『七賢人』
時は、紅介たち『雫』が鉱山都市タールに到着する二日前まで遡る。
ヴォルヴァ魔法学院中央校舎五階にある一室――通称『賢者の部屋』と呼ばれる部屋に、『
今はとっ散らかった部屋に設置された中央のテーブルに五人が席に座り、残りの二人を待っている状況だ。
「……遅い、遅いですわ! ワタクシが招集をかけたというのに、あの人たちは何をやっているのかしら!?」
苛立ちを隠しきれず声を荒げたのは、長い金髪を二つに分け、縦ロールにした女生徒。見るからに貴族然とした女生徒はその見た目通り、貴族……それも大貴族の家柄であった。
彼女の名は、マルティナ・フレーデン。
フレーリン王家の遠縁にあたるフレーデン公爵家の令嬢――それが『七賢人』第四席のマルティナである。
高飛車な態度が目立つ彼女だが、それをいちいち諌める者はこの場にはいない。
長い付き合いの中で彼女の態度に皆が皆、慣れてしまっていたからだ。
マルティナの苛立ちをよそに時間だけが過ぎていく。
集合時間は既に三十分を過ぎようとしていた。
「……来たようですね」
カタリーナが『賢者の部屋』の最奥に取り付けられていた扉に視線を向ける。
それは一見、何の変哲もないただの木製の扉。
しかし、その実態はどの部屋にも繋がっておらず、扉を開けた先は壁。不自然に取り付けられた開かずの扉だった。
にもかかわらずその扉は一瞬光を放ち、ゆっくりと音を立てて開いていく。
そして、そこから現れたのは二人の男性だった。
「うーっす。悪い悪い、遅れちまったな」
「待たせてしまってすまない。思いの外、時間が掛かっててしまってね」
遅刻したことを悪びれる様子もなく、呑気に右手を挙げたのはくすんだ灰色の短い髪を持つ長身の男。
背中には子供の背丈ほどに長い大剣を背負い、ローブでは隠しきれない分厚い肉体を持っていた。
その男の名はオルバー。『七賢人』の第七席である。
オルバーに続いて現れたもう一人の男の名はアクセル・クルーム。カタリーナに次ぐ『七賢人』の第二席である。
地方に小さな領地を持つクルーム男爵家の三男であるアクセルは、白銀の髪に貴公子然とした整った容姿、穏やかな性格、そして圧倒的な魔法の腕を備え持っているということもあり、女子生徒からの人気が高い生徒だ。
しかしアクセルはその高過ぎる実力を持つが故に、跡継ぎ争いに必死な兄たちから嫌われており、爵位に興味を持っていなかった彼は早々に跡継ぎ争いから自ら脱落し、王都で一人自由気ままに過ごしている変わり者でもあった。
そんな彼らが開かずの扉から姿を現したのには理由があった。
それはアクセルが持つ、あるスキルに起因する。
「オルバー、アクセル、お疲れ様でした。
遅刻してきた二人を怒るでもなく、カタリーナは労いの言葉を掛ける。
その言葉に真っ先に応じたのはアクセルだった。
「ああ、何とかね。カルロッタが発明してくれた魔力譲渡装具のお陰で、魔力を籠めた魔石からだけじゃなくオルバーの魔力も頼ることができたからね。二人のお陰だよ」
「……礼は不要だ。……興味本位で作っただけだからな」
カルロッタは興味がないと言わんばかりの素っ気ない態度で言葉を返す。
発明家として名高いカルロッタが開発した魔道具によって、アクセル一人では到底賄えない量の魔力を利用できたことで不可能を可能としていた。
――それこそが転移門である。
アクセルが数多持つスキルの一つ、
『空間魔法』の使い手の中には長距離転移を試みた者が数多と過去にはいたが、いずれも実現させることはできなかった。皆が皆、魔力量の関係上、実現は不可能と断じたのである。アクセルもその中の一人であった。
しかし、
アクセルから協力を得て『空間魔法』を研究・解析し、手始めに長距離転移を可能とさせたのである。
実用性は皆無に等しいものだったが、魔力を籠めた大量の魔石を用意し、魔力不足を補うことであっさりと実現までこぎ着けたのだ。
そこからカルロッタは更に一歩踏み込んだ。
恒久的な長距離転移……転移門を設置できないか、と。
長距離転移は魔力不足を補ってあげるだけで解決した。しかし、転移門に関しては勝手が違った。
空間と空間の接続、そして固定。
空間の接続は『空間魔法』の基本であるため、研究初期の段階では頭を悩ませることはなかった。けれども、固定についての研究はすぐに難儀することとなった。
『空間魔法』の使い手はアイテムボックスの作成が可能だ。
長い月日を掛けて鞄内の空間を拡張・固定することでアイテムボックスはようやく完成に至る。
転移門はアイテムボックスの延長線上に過ぎないものだとカルロッタは当初考えていたのだが、アイテムボックスと転移門は似て非なるものだと数々の実験を経て気付かされたのだ。
持ち運びが容易で、かつ鞄という仕切りが存在するアイテムボックスと、持ち運びができず特定の仕切りが存在しない転移門では、空間を固定する際の難易度が格段に違うのだ、と。
アイテムボックス一つ作るために必要な期間は個人差はあれど約一ヶ月。毎日のように魔力を注ぎ続け、一ヶ月もの時間が掛かってしまうのだ。
とはいえ、容易に持ち運びができる分だけまだ良い。指定した地点に設置しなければならない転移門とは訳が違った。
空間の接続と固定を短期間でできなければ、実現する意味も実用性も無いに等しい。
そこでカルロッタは空間の接続・固定の迅速化を目指し、更なる研究に着手する。
試行錯誤の結果、空間の固定に必要となる大量の魔力は魔物の魔石で補うとし、試験的な転移門の作成に成功。
残す問題は別々の地点にある転移門と転移門を繋げるイメージだけとなった。
魔法とはイメージであると言われているが、スキルにはそのスキルの
いくら魔法に天賦の才を持っているアクセルでさえも、『空間魔法』という英雄級スキルでは、紅介が持つ
だが、その問題もカルロッタの頭脳と彼女が持つスキルによって解決する。
――伝説級『
そのスキルの能力は、自他を問わないスキルの物質付与。
カルロッタが『
彼女の頭脳と『多技能恵与』によって、これまで数多くの画期的な魔道具を生み出していたのだ。
カルロッタは『多技能恵与』で第四席のマルティナが持つ『とあるスキル』を特殊な加工を施した魔石へと付与し、転移門の設置地点に埋め込むことで、アクセルのイメージを補強することに成功。
魔力不足を補うために魔石こそ必要なものの、このような過程を経て、転移門の完成に至ったのである。
今やマギア王国内には三十を超える転移門が設置されており、その全ての転移門は『賢者の部屋』の最奥にある扉に繋がっていた。
オルバーとアクセルが集合時間に遅れてやってきたのも、転移門を設置するために遠出していたことが原因だったのだ。
アクセルからの急なお礼に、オルバーは照れ隠しの意味も含め、冗談めかした言葉を返す。
「まあな。その代わり、俺の魔力はほとんど空っぽになっちまったぜ。見ろよ、俺の自慢の筋肉が萎んじまってやがる……」
腕を捲り、ローブでは隠しきれていなかった鋼の肉体をこの場にいる全員に見せつける。
「いやいや、魔力の使いすぎで筋肉が萎むーなんて話は聞いたことないからね?」
クリスタが場の雰囲気を和ませるため、オルバーの冗談に乗っていると、真剣な表情を浮かべたカタリーナが口を開いた。
「――これで全員集まりましたね」
一席 カタリーナ・ギア・フレーリン
二席 アクセル・クルーム
三席 クリスタ
四席 マルティナ・フレーデン
五席 イクセル
六席 カルロッタ
第七席 オルバー
こうして『賢者の部屋』に『七賢人』全員が揃ったのだった。
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