第404話 白い鳥
「……あら? ワタクシが放った『眼』の一つが潰されてしまいましたのね。こんな朝早くから一体なんですの」
人工使役獣との繋がりが途絶えたことに気付き、眠りから目を覚ました彼女は、霞み掛かった意識の中で意外感と驚きを露にする。
彼女は情報収集に長けたスキルを持っていた。
数十数百もの人工使役獣とのリンクを確立することで、マギア王国内の情報を一手に担うことすらも可能とする強力なスキルを。
彼女が持つスキルのお陰で『組織』が機能しているといっても過言ではない。
情報収集という分野に於いて彼女の右に出る者はおらず、彼女の情報を元に『組織』は行動指針を決定する。
それほどに彼女は重要な役割を担っていた。
「潰された『眼』は例の方々を監視させていた個体ですわね。これは明日にでもご報告を差し上げた方がいいかしら」
今日は生憎と休日。
仲間たちとコンタクトを取ることはできても、直接顔を合わせることは難しい。
「ひとまず招集をかけておくしましょう。用件は一つだけではありませんし、ちょうどいい機会ですわね」
彼女はベッドから起き上がると、机の引き出しを開けた。
そして、引き出しから豪華な装飾が施された宝石箱を取り出し、箱の中に入っていた黒く丸い石を六つ手に取り、魔力を籠める。
すると、黒い石は彼女の魔力に呼応するかのように淡い輝きを放ち、その形を白い鳥の姿へと変えていく。
「――お行きなさい」
窓を開け放ち、彼女は六羽の白い鳥を曇天の空に向けて放った。
―――――――――――
五台の荷馬車に対し、護衛は僅か三人……俺たち『雫』のみ。
しかもその内の一人は年端もいかない子供にしか見えない。ともすると、盗賊からしてみれば格好の的に見えること間違いなしだ。
しかし、それと同時に『義賊』を釣るための条件も整ったに等しい。
これ以上俺たちにできることはおそらくないだろう。後は『義賊』が来てくれることを祈るだけ。勿論、ただの盗賊はお断りだ。
王都ヴィンテルを出てから早くも三時間が経っていた。
陽は昇り、曇り空ながらも視界は良好。道幅は広く、人通りもそれなりにある大きな街道を走っているということもあり、今は盗賊の類いに襲われる心配はなさそうだ。
とはいえ、警戒を怠ることはない。
常に『気配完知』を発動させ、人の気配を、魔物の気配を探りながら足を動かす。
「――ガンマ、左方向に魔物だ。対処を頼む」
「……ん? ガンマ? 妾のことか!?」
「あっ、うん……」
俺たちは本名を隠すため、東門に向かう最中にコードネームで呼び合うことに決めていた。だが、どうやらプリュイはそのことをすっかりと忘れていたようだ。
ちなみに、俺がアルファで、ディアがベータ、そしてプリュイがガンマだ。意味は特にない。咄嗟に思いつき、特に異論が出なかったため、そう呼び合うことにしただけだった。
「面倒だが仕方がない。行ってきてやる。だが、貸し一つだからな!」
協力してあげてるのは俺たちの方なのだが、突っ掛かっても疲れるだけ。華麗に受け流しておくことにした。
「わかったわかった。今度何か奢ってあげるから」
「約束だからな!」
プリュイが単身、森の中へ消えていく。
その間、俺たちが足を止めることはない。少しでも拘束時間を短縮するためにも、魔物程度でいちいち馬車を停車させるには効率が悪くなりすぎるからだ。
「大丈夫かな?」
馬車の右側面を護衛していたディアが足を速め、俺の横を並走し、心配そうに訊いてくる。
「実力の程はわからないけど、まあ大丈夫なんじゃないかな? 一応ガンマは『アレ』なわけだし」
どこで聞き耳を立てられているかわからないため、プリュイの正体については曖昧な表現に留めておく。
「うん。そうだよね……」
ディアの表情には僅かに陰りが差していた。
おそらくプリュイのことを心配しているのだろう。
前々から思っていたことだが、ディアは小さな子供を大切に思っている節がある。
勿論、ロリコンだとかショタコンといった類いの話ではなく、ただ純粋に優しくしてあげたいという気持ちが沸き上がってくるのだろう。シャレット侯爵の娘であるエリスに接する時もそういった節が窺えたことから間違いなさそうだ。
とはいっても、プリュイにその感情が当てはまるのだろうか、といった疑問は無くはない。
見かけは子供にしか見えないが、年齢だけで言えば間違いなく俺よりも上。長命な竜族の中では子供に分類されるのかもしれないが、少なくとも俺はプリュイのことを精神年齢はどうあれ、子供とは思えないのが正直なところであった。
それから数分と経つことなく、怪我どころか衣服の乱れすらも見当たらない元気な姿を見せるプリュイがぶつくさと文句を言いながら戻ってきた。
ディアの心配が杞憂に終わった形だ。
「おいっ! 妾がわざわざ出向いてやったというのにオーガしかいなかったぞ! あんな雑魚共など放置しておけば良かったではないか!」
「いやいや、魔物の排除も俺たちの仕事の一貫だからね?」
襲われてから対処を始めているようでは三流もいいところだ。事前に危険を排除し、護衛対象の安全を確保することが護衛の基本。徹底的なリスク管理を行い、ようやく一人前といったところだろう。
その点に関しては冒険者も傭兵も違いはないのである。
プリュイに護衛のいろはを説いたところであまり意味はないかもしれないが、これも仕事の一つだと言っておけば少しは納得してくれるだろう……たぶん。
そんなこんながありながらも、俺たちは鉱山都市タールを目指し進んでいく。
見渡す限り一面の銀世界。
吐息は白くなり、嫌でも冬を感じさせられる。
徹底的に整備されていた街道から外れ、早三日。小さな町や村を経由し、俺たちは雪化粧をした山々に囲まれた山路を進んでいた。
「……君たちは疲れというものを知らないのかね。まさか三日でタールに到着するとは……」
鉱山都市タールを目前とした山路には多くの雪が降り積もっており、俺たちの足取りは必然的に遅々としたものになっていた。
そんな最中、御者台で荷馬車の手綱を握っていた嫌味ったらしい執事から声を掛けられた。
「精神的な疲労は多少ありますが、肉体的には問題ありません」
相手は一応モルバリ伯爵の代理人とも呼べる人物だ。好き嫌いはどうあれ無視するわけにはいかず、端的に言葉を返す。
「ここまで走り続けておいて疲れていないと? とてもではないが、信じられない」
荷馬車に乗せてくれれば良かったものの、付いてこいと言ったのはこの執事なのだ。一体どの口が、という感情が湧いてくるが、ここで文句を言うほど俺は子供ではない。
「この程度で疲れるようでは傭兵として食べていけませんので」
「……私が知る傭兵と君たちはだいぶかけ離れていると思うがね」
そう口にした執事の目線が狼型の魔物の群れと戦闘中のプリュイへと向けられる。
「――凍てつくがよい!」
その言葉と共に、絶対零度の息吹が狼の群れを包み込み、一瞬で狼の氷像を作り上げていた。
「ふんっ……。他愛もない」
つまらなそうに鼻を鳴らしながらプリュイが戻ってくる。
「お疲れ様。後はわたしに任せて休んでて」
「うむ。そうさせてもらおう」
ディアが優しく微笑みながらプリュイを労う。
目元はフードで隠れて見えないが、慈愛に満ちた眼差しを送っているだろうことは想像に難くない。
そんな仲睦まじい光景を見ていた執事が言葉を続けてくる。
「……傭兵団『雫』。訊いたことがない名だったが、君たちほどの強さを持っていながら、何故その名が知れ渡っていないのかね? 君たちは一体――何者だ?」
警戒心と好奇心がない交ぜになった眼差しを向けられる。
執事からの答え難い質問に対する俺の回答は決まっていた。
「ただの傭兵ですよ」
それから約三時間後、片道五日は掛かると想定されていた道のりを僅か三日で踏破した俺たちは、鉱山都市タールへと辿り着いたのであった。
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