第403話 認識の齟齬
一時はどうなるかと思っていたが、何とか交渉は纏まった。
災い転じて福となす。
交渉が纏まったのはプリュイの暴走が良い方向に転んだおかげかもしれない。
どうにも胡散臭いというか、信用できない印象があるモルバリ伯爵に百枚もの金貨を預けるというのは些か博打が過ぎる気がしないでもなかったが、ああでもしなければ依頼を引き受けさせては貰えなかっただろう。
返して貰えなかったらそれまで、と簡単に割り切れる金額ではないが、もし返して貰えなかったらその時にまた考えればいい。
今は状況が進展したことを喜んでおこう。
そして迎えた依頼開始の時刻。
俺たち『雫』は、約束の時間通りにモルバリ伯爵邸を訪れていた。
「傭兵団『雫』とは君たちで間違いないかね?」
モルバリ伯爵邸で俺たちを出迎えてくれたのは一人の執事らしき男性だった。出っ歯が特徴的な痩せ型のその男性は俺たちを見や否や、胡散臭いものを見るような目付きで警戒心を露にしてくる。どうやらあまり歓迎されていないようだ。
「ええ、間違いなく。ところで、お一人ですか?」
周囲を見渡してみてもこの執事らしき男性以外、人影は見当たらない。一悶着あったあの門番たちの姿もなかった。
「一人では何か問題でもあるのかね? これでも私はモルバリ様を長年支えてきた執事。重要な仕事を任されるに相応しい人間なのだよ」
「はぁ……」
「君たちは私と荷馬車を守ることだけに専念してくれたまえ。命に代えても、だ。わかったかね?」
「はぁ……」
少し話をしただけでわかる。
この執事は面倒な性格の持ち主であると。
プライドが高く、俺たちを見下しているだろうことは態度にまざまざと現れている。俺たちのことを捨て駒のように思っていそうだ。
「では、行こう。馬車の手綱は私が握る。君たちは荷馬車を囲みながら付いてきてくれたまえ」
積み荷が乗っていない荷馬車の御者台に乗った執事は、一方的にそれだけを俺たちに告げ、さっさと荷馬車を走らせていく。
訊くまでもなく、俺たちを歩かせる気満々らしい。
「おい、コースケ! あの人間、妾たちを置いて行きおったが、まさか妾たちに歩けと言っているのか!?」
「まあ、見ての通りだと思うよ。全く……何を考えてるんだか……」
見たところ、行きの荷馬車は空っぽ。ならば、俺たちを乗せてくれた方が効率的だ。
そもそもの前提として、護衛である俺たちを意味もなく歩かせ、疲弊させようとする意味がわからない。
もしや護衛を失敗させ、違約金をせしめようとでも考えているのだろうか。
とにもかくにも、今は先に行ってしまった荷馬車を追いかけるしかなさそうだ。
幸いにも荷馬車と並走する程度で疲れるほど俺たちは柔ではない。唯一の懸念はプリュイが文句をたれてきそうな点くらいなものだ。
「……仕方ない。行こうか」
俺のため息混じりの呼び掛けにディアが快く応じる。
「うん、わかった。わたしは荷馬車の右側を担当するね」
「なら俺は前方を。プリュイは左を頼むよ」
「ぐぬぬぬぬ……。人間如きにこき使われるとは業腹ものだが、今だけは我慢してやる……」
早くもプリュイの機嫌が傾き始めている。
不安しかないが、今は流れに身を任せるしかないだろう。
俺たちは荷馬車の後を追った。
荷馬車の向かった先は王都ヴィンテル東門。
そこで執事が通行許可書のようなものを門兵に渡し、俺たちを含めた荷馬車の通行の許可が降り、東へ長く続く街道へと出た。
季節は真冬。陽が昇るにはまだ早く、空は薄暗い。
昨日の快晴がまるで嘘だったかのように分厚い雲が空を覆っている。
時間が時間ということもあり、東へ続く街道の人通りは極めて少ないようだ。商人のものと思われる荷馬車が近くに四台停車している程度で、他には目立った集団はいない。
「ほれ、地図だ。鉱山都市タールへの経路が書かれてある。頭に叩き込んでおいてくれたまえ」
御者台に座っている執事から地図の書かれた羊皮紙を投げ渡され、言われた通りに経路を頭の中に叩き込む。
かなり大雑把な地図だったが、タールまでの道順は覚えやすい。ざっと地図を見る限り、ひたすら南東へ向かっていけばいいだけのようだ。
「南東ですね、わかりました。私が先頭を務めますので、付いてきて下さい」
地図を返した俺は身体を反転させ、タールへ向けた一歩を踏み出す。が、その瞬間、執事から待ったが掛かる。
「待ちたまえ。
「他の……?」
訳が分からず俺が呆けた顔をしていると、執事が商人と思っていた集団を指差した。
「あの集団のことだ。この荷馬車を含め、君たちには五台の荷馬車を護衛してもらう」
謀られた気分だが、これは完全に俺の認識が甘かったと言わざるを得ない。
依頼書には『荷馬車の護衛』と書かれていただけで、その台数までは書かれていなかった。そのため、俺は勝手に一台だけだと思い込んでいたのだ。
だが冷静に考えれば、アイテムボックスを持っているならまだしも、持っていないのであればたった一台の荷馬車だけで済むはずがないことは容易に想像がついたはず。
つまり、荷馬車の護衛にしては高過ぎる報酬の理由は『義賊』だけではなかったということだ。複数台の荷馬車を守るともなれば、必然とその難易度は跳ね上がる。
とはいえ、依頼を投げ出す訳にはいかないのもまた確か。依頼を完遂するためどうこうではなく、俺たちの目的のためにも、ここは甘んじて受け入れる他ない。
「……承知しました。では参りましょう」
「ああ、それと先に言っておくが、帰りはこの倍――十台の荷馬車の護衛をしてもらう。そのつもりでいるように」
どうやらこの執事、人をイラつかせる才能の持ち主のようだ。
俺は苛立ちを隠し、無理矢理口元に笑みを張り付ける。そしてわざとらしいほどに仰々しく頭を下げた。
「お任せ下さい。必ずや皆様をお守り致します」
「当然だ。安くはない金を払うのだからね」
モルバリ伯爵がな! と、心の中でツッコミを入れつつ、俺たちは鉱山都市タールに向かって第一歩を踏み出したのであった。
―――――――――――
「今頃、主たちは王都を出たところだろうな」
庭に出たフラムは曇天を見上げ、独り呟く。
今にも雪が降ってきそうな天気だが、大規模な結界が張られているヴィンテルでは、雪が降ることも寒さを感じることもない。
時刻は午前五時を少し過ぎたあたり。
どこからか聴こえてくる小鳥のさえずりがフラムの耳に飛び込んでくる。
「随分と早起きな鳥だな。……ん?」
耳を澄まし小鳥の居る方角に視線を向ける。すると僅かにだが、確かな違和感をフラムは覚える。
言葉では形容し難い奇妙な違和感を屋敷の屋根で羽を休めていた白い鳥から感じ取ったのだ。
(この違和感はなんだ……?)
白い鳥を見つめるフラムの金色の双眸が鋭さを増す。
(ふむ……なるほどな。――アレは鳥ではないのか)
人間離れしたフラムの聴覚と視覚が違和感を彼女に抱かせ、その結果白い鳥を贋物だと見破ったのである。
一見すると何の変哲もない白い鳥に見える『ソレ』は、生物ではなく、造られたモノだったのだ。
(玩具にしては手が込んでいるようだな。面白い……だが、目障りだ)
――ボゥッ。
小さな火柱と共に白い鳥はその姿を消す。
「ふぁ〜あ……。さて、もう一眠りするとしよう」
曇天に向けて両腕を伸ばし、フラムは屋敷の中へと戻っていく。
そして屋根の上に僅かに残っていた灰は、風に吹かれて曇天に舞って消えた。
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