第379話 クラス替え試験『二日目』

 対戦相手の火系統魔法に近接格闘技を組み合わせた戦い方に苦戦は強いられているものの、勝利の道筋――相手の弱点は見えた。

 謎の黒い手袋、手首に見えた火傷の跡、太腿を狙った火球を回避した点を踏まえると、自ずと答えが浮かび上がってくる。


(彼女は火に対する耐性を持っていない。つまり――彼女は無理をしている!)


 折れかけの剣を力強く握り締め、あえてアリシアは相手が得意とする間合いに飛び込む。

 当然、相手はアリシアの蛮行を好機とみて迎え撃つ。

 剣は折れかけ、近距離での戦闘は自分が得意とするところ。負ける要素はない、と。


 しかし、そのちょっとした油断が勝敗を決する。


 間合いを詰めたアリシアは剣を上段に構え、肩口を目掛けて大きく剣を振りかぶった。


 隙だらけの一撃。

 武芸を嗜んでいる者からしてみれば、避けることなど造作もない一撃。


 女子生徒はアリシアの大振りの斬撃が振り下ろされるより先に素早く一歩踏み込み、がら空きの懐に潜り込む。


「これで――終わりっ!」


 炎をより一層燃え立たせた拳を振りかぶり、渾身の一撃を見舞いする。

 だが、しかし――そのタイミングで一陣の突風が女子生徒に向かって吹き抜けたのだった。


 風の影響を受けた炎は大炎へ。そして大炎は風に攫われ、女子生徒の身体を風と共に吹き抜けたのである。


「――っ!?」


 女子生徒は慌てて魔法を止めようとするが、時既に遅し。

 彼女の制御下から離れてしまった炎を消し去るには時間が掛かりすぎたのだ。

 炎によって視界が遮られたことで致命的な隙を見せてしまった女子生徒の首元には冷たい金属が添えられ、炎を完全に消し去る前には既に彼女は敗北を悟っていた。


「……参りました」


 炎の熱さより、冷たい金属の感触が未だに首元に残る。

 もしこれが刃を潰した剣でなければ、模擬戦でなければ、彼女の頭と身体はとっくに分かたれていただろう。

 そう思ったからこそ、女子生徒は潔く敗北を受け入れたのだった。


「そこまで。勝者、アリシア・ド・ラバールさん」


 戦いを終始見届けていた審判役の教師からの宣言を訊き、アリシアはゆっくりと首元に突き付けていた剣を降ろし、鞘へと納める。


「ありがとうございました」


 試合が終われば、相手はクラスメイトの一人。

 礼節をもってアリシアは握手をするべく、手を差し伸べる。


「完敗です。私の弱点をすぐに見抜き、ましてや風系統魔法をお使いになられるなんて思ってもいませんでした」


 女子生徒は差し伸べられた手を握り返しながら、戦いの感想を述べる。

 事実、彼女はアリシアが風系統魔法を使えることは知らなかったのだ。アリシアが新入生であることもあり、情報が完全に不足していたのだった。

 事前に相手の情報を集めることはクラス替え試験に於いて必要不可欠。アリシアが入学試験時に『火』の実技試験を受けていた情報だけは仕入れていたため、風系統魔法への警戒を怠ってしまったというのも敗因に繋がっていた。

 勿論、アリシアが咄嗟に火に対する耐性を持っていないことを見抜いたことも、彼女にとっては大きな誤算の一つであった。


 もしアリシアが風系統魔法を使えると知っていたら、勝敗は変わったかもしれない。それほどまでに拮抗した試合であった。




 その日行われた対人戦闘試験の結果は、四人が四人とも二戦二勝で終える。

 紅介、ディアの二人は一切苦戦することなく、一割程度の力で勝利を収め、フラムに限っては試合開始直前に相手の降参宣言で不戦勝。アリシアは対戦相手に恵まれたこともあり、一戦目とは打って代わって余裕をもって勝利を手にしたのであった。



――――――――――



 クラス替え試験は二日目を迎えていた。


 肘をつきながら、つまらなそうに試合を眺めるフラムが不満を口にする。


「……つまらんぞ。このクラスには骨のある奴はいないのか?」


 フラムが不満を抱くのも無理はない。

 戦ったのは昨日の一試合だけ。今日も今日とて、対戦相手がフラムを恐れてか、戦いを前にしてさっさと白旗を掲げてしまっていたからだ。

 これでフラムは四戦中、不戦勝を三つ重ねて四勝。グループ一位の座をほぼ戦わずして手にしていた。


「まあ……一試合目でやり過ぎたし、仕方ないんじゃないかな」


 観た者を恐怖させる戦いをしてしまったのはフラム本人なのだ。こうなってしまったのも致し方がないだろう。


「うん、同感。わたしも対戦相手がフラムだったらそうしてると思うし……」


 強さの程を知っている俺とディアからしたら、フラムと戦おうなんて無謀な真似を微塵もしようとは思わない。まさに百害あって一利なしだ。


「だが、主もディアも各組で一位になったのだし、明日私と戦うことになるかもしれないのだろう? それを楽しみにして、今は我慢するとしよう」


「「……戦わないよ?」」


 一字一句違わず、俺とディアが完全にシンクロする。

 俺とディアもつい先程の試合で無事に勝利を収め、一位突破を確実としていた。

 だが、フラムと戦うかどうかは話は別。

 確かにフラムと試合が組まれる可能性はあるだろうが、フラムに勝てずとも他で勝利を積み重ねれば上位五名に入ることは可能なのだ。

 誰が好き好んでフラムの遊び相手にならなければならないというのか。フラムのサンドバッグになってあげる必要性が全くもって皆無なのである。


 俺とディアの返事を訊き、フラムはあっけらかんとした表情を浮かべ、ワナワナと震え出す。


「な、なん……だと……」


 どうやら怒りで震えているわけではなく、期待を裏切られたショックで震えているようだ。


 そんなフラムは置いといて、今話すべき人物に声を掛ける。

 身動ぎ一つせずに、ガチガチに緊張をしているアリシアに。


「大丈夫? アリシア」


「……だ、大丈夫です」


 過度な緊張で、アリシアの返事がどこかぎこちない。

 それもそのはずで、現在のアリシアの戦績は三戦三勝の一位タイ。最終戦の相手であるスヴェンと一位を競っている状況だからだ。

 事実上、次の試合で一位が決まるとなれば、緊張をしてしまうのも仕方がないと言えるだろう。


 クラス代表であるスヴェンの実力は、その立場に相応しい程には高い。観客席から一度だけスヴェンの戦いぶりを観ただけだが、正直言ってアリシアが勝てるかどうか微妙なところだ。


 その戦闘スタイルを一言で表すならば、狡猾。

 相手の弱点を的確に突き、戦いを優位に進めていくような戦い方であった。

 戦いぶりからして、おそらくスヴェンはクラスメイトの能力やスキルの情報を事細かに把握しているのだろう。


 このクラス替え試験で重要なものは実力と、そして情報だ。

 拮抗した実力を持つ者同士の戦いともなれば、所持している相手の情報量の差で勝敗が決まることも大いにあるだろう。

 その点、新入生組である俺たちは『情報』という部分に於いてはどうしても他のクラスメイトたちに劣ってしまう。

 勤勉なアリシアでも情報という面では長年Aクラスにいる者には敵わない。

 その代わり、新入生組であるが故に手の内をクラスメイトたちに知られていないという点を考えると、戦いようによっては優位に立ち回ることもできる。

 何か切り札があるのではないかと相手に思わせることができれば、容易に踏み込んでは来れなくなるはずだ。勿論、情報看破系統のスキルを相手が持っていなければの話だが。




 そして、その時が訪れる。

 スヴェンの名が先に呼ばれ、次にアリシアの名が呼ばれたのだ。


「――アリシア・ド・ラバールさん」


 席を立ったアリシアの視線の先には、グラウンドの上でスヴェンがキツネのような鋭い目付きでアリシアの姿を見つめていたのであった。

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