第377話 圧倒的強者

 『行ってくる』。ただその一言だけを残し、フラムは観客席を後にしていった。


 フラムと対戦することになった生徒は、日頃からフラムにアプローチを掛け、『あわよくば付き合いたい』、そんな感情を抱いていた男子生徒であった。


「フラムさんと戦うことになってしまうなんて、なんて運命とは残酷なんだっ!」


 芝居掛かった叫び声が観客席にまで届いてくる。完全に自分の作り出した世界に酔っている様子だ。

 確かに、ある意味では彼の運命は残酷そのもの。何せ、フラムと同じ組に入ってしまったのだから。

 そして何より、彼は想いを寄せる人物を間違ってしまった。そこが彼の最も可哀想な部分だろう。


「……気持ち悪いぞ、お前」


「――ガハッ!」


 フラムの残酷で冷酷な言葉が彼の胸を穿つ。

 戦いを前にして、すでに彼は心に大きなダメージを負ってしまったようだ。


「……時間が押していますので、試験を始めますよ。早く準備を済ませなさい」


 審判役の教師は呆れながら二人に戦闘準備を促す。

 とはいえ、準備といってもやることは少ない。魔法の出力を抑える腕輪型の魔道具を身に付けるだけだ。

 ちなみにその魔道具は遠目から見る限り、入学試験で使われた物と全く同じ物だった。致死性の高い魔法の威力を抑え、生徒の安全を確保する役割を担っている。だが、膨大な魔力を持つ者にとっては大した効果を発揮しない可能性があるらしく、その辺りは各自で匙加減をしなければならない。

 無論、何かあれば審判が止めに入るし、治癒魔法の使い手が救護班として演習場には配置されているので、余程のことがない限りは死亡事故が起こることはないだろう。


 アリシアは自分が戦う生徒たちの観察を続け、俺とディアはフラムの試合を見届ける。


 そして、フラムの試験が始まった。


「――始め!」


 試合開始の合図と共に男子生徒が動き出す。

 タクトを握り締め、フラムに怯むことなく詠唱を口にする。


岩乱の竜巻サンドストームッ!!」


 その言葉をトリガーに、岩石が入り交じった暴風がタクトから放たれ、フラムを呑み込まんとうねりを上げる。

 土と風系統魔法を組み合わせた合成魔法だ。

 風で斬撃を、岩で打撃ダメージを与え、竜巻で呑み込んだ者を戦闘不能にする。

 巻き込まれれば無事では済まない見事な魔法だった。


 だが、相手が悪すぎた。


 迫り来る暴風に対し、フラムは身動ぎ一つせずに立ち尽くすのみ。

 迎え撃つ様子は微塵もない。ただぼんやりと迫り来る暴風をフラムは見つめる。

 そして暴風に呑み込まれるその刹那、フラムの口が小さく動いていた。

 ――『つまらん』と。


 無抵抗のまま暴風に晒され、フラムの姿は一瞬の内に地面から舞い上がった砂煙に覆い隠される。


「「……」」


 フラムの戦いを見物していた者たちはその光景を観て呆気に取られ、口を閉ざす。


 あまりにも呆気ない幕切れ。

 強者と思われたフラムの敗北。


 誰もがそう思っただろう。

 しかし、フラムの実力を知っている俺とディアは違った。


「自信過剰というか何というか……。いや、実際に強いんだけどさ」


「たぶんフラムにとって試験はお遊びみたいな感じなんじゃないかな。遊び相手が務まるのか試してるみたいだから」


 行動すべてが戦闘狂そのものだ。

 フラムにとって対人戦闘試験など児戯にも等しいのだろう。

 フラムの興味は対戦相手が遊び相手になり得るか否か。今回の場合、残念ながら対戦相手となった男子生徒はフラムの遊び相手には相応しくなかったようだ。


 徐々に砂煙が晴れていく。

 勝ちを確信してしまっていた男子生徒の視線は、審判を務める教師に向けられていた。


「先生、終了の合図を――」


 フラムが無傷のままでいることを知らずに、男子生徒は教師に声を掛けた。

 だが、そこに声が割って入る。


「魔法の威力を制限してしまっては戦いにならないのではないか? あの程度の魔法で私に傷を負わせることは不可能なのだからな」


「――そんなっ!?」


 心底つまらなそうな表情を浮かべ、あろうことか教師に向かって試験の不備をフラムは訴え始めた。

 勝利をもぎ取ったつもりでいた男子生徒は驚嘆の声を上げつつも、すぐさま戦闘態勢に移行。再度魔法を放とうとタクトを構える。

 しかし、今一度タダで魔法を食らってあげるほど、フラムは優しくはなかった。


 両者の距離は僅か三メートル足らず。

 試合が終わったと油断した男子生徒がフラムに近付き過ぎていたがために、再度魔法を発動させる猶予は時間的にも距離的にも残されていなかったのである。


 一瞬で距離を詰めたフラムは、男子生徒が手に持つタクトを拳で容易く叩き折り、胸ぐらを掴んでそのまま身体ごと男子生徒を持ち上げた。


 首元が締まり、ジタバタと暴れまわる男子生徒。だが、フラムの握力、腕力からは逃れることはできない。

 力で対抗することは不可能。そう悟ったのか、宙ぶらりんになりながらも、至近距離からフラムに向かって魔法を放つ――が、しかし、それを許すフラムではない。


 フラムは胸ぐらを掴み上げたままの勢いで、男子生徒が魔法を放つ直前に地面へと叩きつけたのだ。


「――かはッ!!」


 背中から思い切り地面に叩きつけられた衝撃で、肺から空気が全て吐き出される。

 男子生徒は呼吸すらままならない様子。にもかかわらず、慈悲なきフラムは更に追い討ちを掛けるべく、地面に仰向きで倒れた男子生徒を殴打するため、馬乗りになって拳を強く握り締めた。


 このままでは危ない。

 そう咄嗟に判断を下したのか、審判を務めていた教師が大声を上げる。


「――そ、そこまでです!! 勝者、フラムさん」


 観る者を恐怖させるほどに圧倒的な勝利を収めたフラム。だが、その表情は晴れない。


「む? まだ私は何もしていないのだが?」


 そう、フラムは満足していないのだ。

 まだ戦いは始まってすらいないと思い込んでいるのだ。

 まるでここからが自分の番だと言わんばかりの表情で、教師に訴え掛ける。

 当然ながら、これ以上の戦闘行為を許可するほど教師は馬鹿ではない。良くて重傷、このまま続けさせれば、間違いなく男子生徒が死んでしまうと危惧したのだろう。


「じゅ、十分ですので、もう下がりなさい」


「……ふむ、まあいいか。まだまだ試験は続くしな」


 そう言って、フラムが観客席に戻るために踵を返すと、すぐさま救護班が倒れた男子生徒に駆け寄っていったが、大した怪我は無かったようで、男子生徒は一人で立ち上がっていた。


 そんな光景を観客席で観ていた他の生徒たちは顔を青ざめさせていた。中でも、フラムと同じ組に入った生徒たちの顔は完全に血の気を失い、今にも口から泡を吹き出すのではないかといった様子だ。


 フラムと同じ組に入ってしまったクラスメイトたちには御愁傷様という他ない。もし俺があの場に立つことになっていたら、さっさと白旗を掲げていたことだろう。

 それほどまでにフラムが与えたインパクトは大きなものであった。


 その試合以降、フラムが戦うことは無かった。

 同じ組になった生徒がフラムとの戦いを避けるために棄権をしていったのだ。

 だが、この時のフラムはまだクラスメイトたちに棄権されようとは思ってもいなかったのだった。


 そして、いよいよアリシアの戦いが始まる――。

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