第376話 クラス替え試験

 クラス替え試験はクラスによって日数が異なり、Aクラスは三日間に渡って試験が行われる。

 試験内容は大きく分けて二つ。その二つのうちのどちらかの試験を生徒は必ず受けなければならない。


 一つは対人戦闘試験。

 訊くところによると、全生徒の約五分の四がこの試験を受けるそうだ。入学試験では実技試験に重きが置かれていたこともあり、対人戦闘試験への参加者が多くなるのは必然とも言えるだろう。


 もう一つは学術発表試験。

 こちらは試験というよりは、生徒が日夜行ってきた研究成果を発表する場のようなものになっている。

 研究成果が飛び抜けて優秀だと認められれば、上位クラスへ。反対に失格の烙印を押されてしまえば下位クラスへと落とされてしまう。

 この試験では基本的には余程のことがない限り、下位クラスに落とされることはないようだが、実技が苦手だからといって安易にこちらの試験を受けるような者はいない。

 研究とは日々の積み重ねなのだ。一朝一夕で成果を上げることなど不可能。

 過去には、実技が苦手だからといって大した研究成果を上げずに安易にこちらの試験を受けた生徒もいたようだが、その生徒は教師陣から怒りを買い、失格の烙印を押され、一気に最下位クラスへと落とされたなんて事例もあったらしい。

 そんな過去もあってか、大半の生徒は対人戦闘試験を選ぶようだ。


 そして俺たち『紅』の三人とアリシアは、当然のことながら対人戦闘試験を選択していた。


 Aクラスの試験会場は第二野外演習場。

 試験開始が間近に迫っているということもあってか、どこかひりついた空気が流れている。俺たちを除いて、だが。


「アリシア、体調は?」


 緊張感を欠片も感じさせないリラックスした声色でディアがアリシアに話し掛ける。


「心身共に万全です。昨晩はよく眠れましたので。それに……」


 若干の緊張こそ見られるものの、顔色は良い。連日の特訓の疲れが抜けきっているようで一安心である。


 そんなアリシアのローブの袖から見え隠れする右の手首には、炎のような美しい輝きを見せる腕輪が嵌められていた。

 何一つ細工が施されていない飾り気のない腕輪だが、自然と目が惹かれてしまうような存在感を放っている。

 アリシアは右腕に嵌められた腕輪を左手で優しく擦りながら言葉を続けた。


「コースケ先生からいただいた腕輪がありますから」


 アリシアは知らない。

 その腕輪が超稀少鉱石――日緋色金ヒヒイロカネで作られていることを。

 今まで見たことがないであろう輝きを見せるこの腕輪の素材が一体何なのか、アリシアはさぞ不思議に思っていることだろう。

 俺がこの腕輪についてアリシアに説明したのは、腕輪に付与されたスキルとその使い方のみ。それ以上の情報は与えていなかったのだ。


 輝きに魅せられ、うっとりとした眼差しをその腕輪に向けるアリシアに俺は忠告を送る。


「くれぐれも無闇矢鱈に使わないようにね。それはあくまでも切り札。魔力の消費量もかなり多いから、ここぞって時まで使わない方がいい」


「はいっ」


 アリシアから威勢の良い返事を訊き、俺は満足げに頷き返した。




「ではこれより、試験概要を説明します」


 試験開始の時刻となり、Aクラス担当教諭から対人戦闘試験の試験概要が説明された。


 今回、対人戦闘試験を受ける者はAクラス総勢七十人中、六十人。

 この六十人を各五人のグループに分け、十二組のグループを作り、グループ内で上位一名、下位一名を決めるとのことだ。

 ちなみに勝敗数が並んだ場合は、直接対決で勝利を収めた者が、それでも尚、順位が決まらない場合は、合計試合時間が短い者が優先される。

 つまり一位突破を目指すのならば、なるべく短時間での勝利を目指すことが必要となる。無論、全勝すればいいだけの話なのだが、アリシアにとっては重要な要素となるだろう。


 そして、各グループで一位になった者たちで上位五名を決める試験を行い、それと同時に最下位になった者たちも同様に下位五名を決める試験を行う。

 それら全てを三日間という短い期間で決め、別日に他クラスの五名と戦い、クラス替え試験は終了となるそうだ。


 つまるところ、Sクラス入りを果たすための最初の関門はグループ内で一位を取ることに他ならない。

 フラムという絶対的な強者がいる以上、組み合わせ次第では俺でさえもグループ内で一位を取ることは不可能となってしまうため、その点は神頼みするしかないだろう。


「説明は以上となります。次に組分けを発表するので、聞き逃さないよう注意して下さい。一組――」


 一組から順に生徒の名前が呼ばれていく。

 その結果、幸運なことに俺たち四人は全員別々のグループに振り分けられることになった。


 俺は二組に、ディアは七組に、フラムは八組に、アリシアは十二組へと。


 幸運の女神が微笑んでくれたようで何よりだ。

 もしかしたらラバール王国から来た俺たち四人組が同じグループにならないよう意図的に分けられた可能性もあるが、俺たちに不利益が生じたわけでもなし。気にする必要はない。


 これで俺たち『紅』の三人は、ほぼ確実に次のステージに進めるだろう。だがしかし、アリシアだけは事情が異なっていた。


 組分けを聞き届けたアリシアは表情を強ばらせ、呟く。


「クラス代表のスヴェンさんも十二組ですか……。先生方と同じ組にならなかったことは幸いでしたが、難しい試験になりそうです」


 そう、アリシアと同じ組にはクラス代表であるスヴェンも名を連ねていたのだ。

 スヴェンの詳細な実力の程は『神眼リヴィール・アイ』を使ってみなければわからない。だが、クラス代表であるということはAクラス最強の生徒という証なのだ。油断できる相手ではないことは確かだろう。

 ちなみに、俺たちと同じ新入生組のハーフエルフの少女ソフィは四組に振り分けられていた。


「スヴェン? 誰だ、そいつは?」


 どうやらフラムはすっかりスヴェンのことを忘れていたようだ。

 アリシアがコッソリとスヴェンに向けて指を差し、どの生徒がスヴェンなのか教えてあげる。


「あいつか。……ふむ、私からしたら大した相手ではないが、気を引き締めておいた方が良さそうだな」


 看破系統スキルを迷いなく使った様子のフラムだったが、ちょっとした助言だけを残し、スヴェンの詳細な能力をアリシアに教えることはなかった。

 無論、意地悪をしているわけではない。アリシアがスヴェンの情報を望んでいないと察しての言葉だった。


「ご忠告ありがとうございます、フラム先生。あとは自分の目で、あの方の実力を見極めたいと思います」


 対人戦闘試験は自由に見学することを許可されているため、対戦相手となる生徒の戦う姿を観て、情報を集めることが重要となってくる。情報を集め、試験に反映させることができるルールになっているのだ。


 だが、逆もまた然り。

 対戦相手に観られてしまうことを忘れてはならない。

 基本的には格下を相手にする場合は、できるだけ手の内を隠しながら戦うことが鉄則となる。来るべき対戦相手に備え、どれだけ手の内と魔力を温存することができるかどうかが鍵となってくるだろう。




 演習場を四分割し、試験は進められていく。

 一組から四組で二人ずつ、五組から八組で二人ずつ、九組から十二組ずつのローテーションで一周。これを三日間に渡って計十周行うというのだから、かなりのハードスケジュールだと言えるだろう。

 しかしながら、戦う時間よりも見学している時間の方が遥かに長いため、どうしても退屈してしまう。

 今も俺たち『紅』の三人は、出番が無いことを良いことに、ぼんやりと魔法が飛び交う光景を眺めながら雑談に興じていた。

 アリシアだけは真面目に対戦相手になる生徒たちの情報収集を行っている。話し掛けることも憚られるほど、その表情は真剣そのものだ。


 そんなこんなで時間を潰し、試験が二周目に突入したところで、ついに俺たちの中から一人、名前が呼ばれた。


 その名前はフラム。


 圧倒的強者がその実力をまざまざとクラスメイトたちに見せつける時が訪れたのであった。

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