第368話 暗黙の掟
Aクラス代表――スヴェン。
話を聞いた限りでは、Sクラス入りこそ果たせなかったものの、Aクラス最強の生徒であることには間違いないだろう。無論、クラス替え試験を受けていない俺たちを除いての話だが。
そんなスヴェンからの誘いを受け、俺たち四人はスヴェンの案内のもと、中央校舎の一階に併設された学生食堂へとやってきていた。
スヴェン曰く、中央校舎にあるこの食堂は上位クラス――Bクラス以上の生徒しか利用できないとのことだ。上位クラスの生徒特権の一つでもあるらしい。
そこでは下位クラスの生徒が利用する食堂よりも豪華な料理が提供され、なおかつ無料。メニューも豊富で、上位クラスの生徒の大半は、普段からこの食堂を利用しているそうだ。
普段は大混雑しているらしいのだが、俺たちが食堂に着いた時点ではガラガラであった。それもそのはずで、三限目の途中で昼休みに入っている生徒は少なく、本来の昼休みまでは後一時間以上も先。こんな早い時間から食堂を利用する生徒はそうそういるはずがなかったのである。
まだ昼前ということもあり、飲み物と軽食(フラムを除き)を受け取って空席に着くと、真っ先にアリシアがスヴェンに疑問を投げ掛けた。
「私たちと同じ新入生であるソフィさんはお呼びしなくてもよろしいのでしょうか?」
アリシアの疑問は尤もなものだ。
クラス代表の務めとして新入生に学院のあれこれを説明するのであれば、ハーフエルフの少女――ソフィも平等に、この場に呼ぶべきだろう。スヴェンにとっても二度手間にならなくて済むはずだ。
そんなアリシアの疑問に対し、スヴェンは表情一つ変えることなく言葉を返す。
「彼女……ソフィさんには少し前に話を済ませていますので、ご心配には及びませんよ」
「そうだったのですね。失礼しました」
スヴェンの返答をアリシアはすんなりと受け入れていたが、俺は若干の引っ掛かりを覚えていた。
何故なら、登校初日の今日は朝礼から始まり、一限目、二限目、三限目と過ごしてきたが、その間、スヴェンとソフィが話し合う時間が無かったように思えたからだ。
唯一二人が話し合う時間があったとするならば、授業と授業の合間の短い休み時間の間のみ。その休み時間の全てを説明の時間に充てたとしても、精々十分から二十分ほどの時間しかないのだ。
スヴェンは嘘を吐いている。直感的に俺はそう思っていた。
「いえいえ、謝罪されるほどのことではございませんよ。それよりも、さて、何からお話ししましょうか……」
スヴェンに対して不信感を抱きつつあるが、敵意や害意は感じられない。加えて、円卓の席順をアリシアとスヴェンが対面になるよう離して席に着かせていたため、万が一のことは起こり得ないという判断の下、続く話に耳を傾ける。
「そうですね、まずはこの学院の『暗黙の掟』についてお話ししておきましょうか。学院生活を送るにあたり、この掟を知っておかないと揉め事が起きてしまう可能性がありますから」
「暗黙の掟とは、一体……?」
スヴェンへの対応は全てアリシアが任せておくのが賢明だと思い、俺は口を閉ざして耳を傾けるだけに留める。おそらくディアも俺と同じ考えのもと、口を挟まずに大人しくしているのだろう。
しかしフラムについては……語るまでもない。端から話を聞くつもりがないようで、会話そっちのけで料理に手を伸ばし続けていた。
「教師などの学院関係者は直接関与はしていませんが、学生間だけの不文律があるのですよ」
スヴェンが教えてくれた暗黙の掟は、端的に纏めるとこのようなものだった。
――上位クラスの者に逆らってはならない。
これは所謂、先輩・後輩のような関係に近いものらしく、主従関係のような絶対的なものではないらしい。とはいえ、最低でも、食堂が混雑していれば席を、廊下では道を譲ったりしなければならないとのことだ。
そこには出自や年齢は関係なく、纏うローブの色が全て。例え貴族だろうと、この不文律を曲げることはできないそうだ。
まさに、実力至上主義を掲げている学院らしい『暗黙の掟』だと言えるだろう。
だが、あまり深く考える必要なさそうだ。要は黒色のローブ――Sクラスの者に対しては、先輩のように振る舞えばいいだけの話でしかない。
ちなみに最上位クラスであるSクラスの在籍者は下位クラスの者たちにとって、雲の上の存在とまで思われていたりするらしい。
ライバル心を燃やすことすら畏れ多く、尊敬や、時には崇拝されることもあったりなんて話もスヴェンから訊かされる。
「僕らAクラスの生徒にとっては、Sクラスは目指すべき目標ですけど、下のクラスの者たちは尊敬すべき存在なんて思っている節があるようです。特に『
『七賢人』という聞き覚えのないワードに俺は首を傾げたが、アリシアは違った。俺が一人取り残されていた間にクラスメイトの誰かしらから情報を仕入れていたらしい。
「詳しいことまでは知りませんが、首席であるカタリーナ王女殿下を筆頭とした成績上位者七名の方々が『七賢人』と呼ばれていると聞いております」
「その認識で間違いありません。もう少し詳しくお話ししますと、『七賢人』の方々はこのヴォルヴァ魔法学院の絶対的な権力者でもあります。風紀の取り締まり、各クラブ活動への予算の割り当て、学院の規則の取り決めなど、多岐に渡って権力を保有しているのですよ。ここから先はあくまでも噂でしかありませんが、訊くところによると、学院から好きなだけ予算を引き出せるなんて話も――」
カタリーナ王女を頂点とした『七賢人』。
王女という地位に加え、学院の首席でもあるカタリーナ王女が神様のように学院生に崇拝されるというのはわからない話でもない。しかし、その他の六人に関しては崇拝までされる理由がいまいちわからないというのが、正直なところだ。
徹底的な実力至上主義を学院が標榜しているが故に、学院生の思想も近しいものになっているのだろうか。
俺からしてみれば、いくら仰々しい異名を持っていようが、つまるところ、少しばかり力を持った生徒会役員のようなものとしか思えない。ライバル心を燃やそうとも、崇拝しようという気持ちも全く湧いてこない。むしろ、叶うことなら関わり合いたくない、と思っているほどである。
しかし、俺のそんな願いは数分と持たずに、打ち砕かれることとなる。
――たった今、話題にしていた『七賢人』の登場によって。
「見ーつけたっ♪ 君たちがラバール王国から来たっていう噂の新入生だよね?」
食堂の入り口から一直線にこちらに向かってきた、黒色のローブを身に纏ったポニーテールが特徴的な桜色の髪を持つ女性が、空気を読まずに俺たちに突然、声を掛けて来たのであった。
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