第367話 クラス代表

 教室という小さな枠組みでさえも、格差というものは生まれるものだ。

 朝礼が終わり、次の授業が始まるまでの僅かな時間で俺はそれを実感していた。


 新入生組は教壇から見て右の最奥の席に一纏めにされたにもかかわらず、俺以外の新入生たちを取り囲むように人の輪が形成されていた。

 新たに加わったクラスメイトがタイプの違う美女・美少女が四人、パッとしない男が一人ともなれば、女性陣に人が集まるのは致し方ないとはいえども、少しくらい俺に構ってくれてもいいんじゃないだろうかと、モヤモヤ感を抱きつつディアたちの様子を横目で見る。


 アリシアのもとへ集まったのは貴族の血縁者らしき集団だ。十中八九、ラバール王国の王女と交流を持ちたいという気持ちで近付いてきたのだろう。

 ディアのもとへは多くの女子生徒が集まっていた。まるで可愛いお人形を愛でるかのように、ディアへ惚けた眼差しを注いでいる。

 フラムのもとには男女問わず、力自慢の生徒が集まっている様子。ただし、そこには一触即発といった雰囲気はない。戦闘スタイルや得意魔法などの話題で盛り上がっていた。

 ハーフエルフのソフィのもとには独特な雰囲気を纏う集団が。ソフィの独特な自己紹介を聞き、同類が集まってきたような感じである。


 人の輪こそできなかったものの、俺のもとに誰一人も来なかったというわけではない。ポツポツと数人の男子生徒が話し掛けてきたこともあった。

 しかし、その男子生徒たちの目的は俺ではなく、同じラバール王国から来たディアやフラム、あわよくばアリシアの仲介役を担って欲しいという邪な目的を持って俺に接触してきただけ。俺にその意志が無いと見や否や、去っていった薄情な奴らしか来なかったのである。


 この僅かな時間で、俺はボッチになることを半ば確信し、諦めの境地に至ろうとしていた。




 一限目、二限目は魔法と関係のない座学の授業だった。

 科目でいうと数学と歴史にあたる。一限目は簡単な数式を解き、二限目はマギア王国を中心とした歴史の授業が行われた。

 ちなみにヴォルヴァ魔法学院の方針なのか、新入生に授業内容を合わせるような配慮は一切なかった。然も入学試験を突破できた者であれば、授業についていけるのは当然といった感じで授業は進められていったのである。


 そして次の授業は魔法学。野外演習場に場所を移し、三限目と四限目を使って魔道具を用いた実用的な魔法の授業を行うとのことだ。

 そこで行われたのは、魔力の制御練習。

 Aクラスは七十人もの生徒を抱えているため、それぞれの得意魔法は十人十色異なっているのだが、この授業は個々の得意魔法は問われないものだった。

 その内容は巨大な電球のような形をした魔道具に一定の魔力を流し続けるといったもの。

 授業開始前に魔法学の担当教諭から課題が出され、それをクリアした者から昼休みに入ることができるということもあって、皆が皆、やる気に満ちていた。

 ちなみに課題のクリア条件は、魔力を流すと光を放つ魔道具に、継続的かつ一定の魔力を流すこと。指定された時間は十分ちょうど。魔力の供給量が乱れたり、魔力の供給が一瞬でも途切れた場合は再度やり直しとなるため、ちょっとした集中力だけが問われる単純な課題だと俺は思っていた。

 だが、一部を除いたクラスメイトの大半は、その課題に悪戦苦闘していた。


 開始から僅か一分。

 どこからか警告音が鳴り響く。


「魔力の供給量が乱れましたね。一からやり直しです」


 教諭からやり直しを命じられた女子生徒が悔しそうに地団駄を踏む。


「もーっ! ホンット、この課題無理っ! また居残りかもぉ……」


 この授業で使われている魔道具には、タイマー機能と警告音が発せられる機能が搭載されているため、いくら七十人もの生徒が課題に取り組んでいようと、課題に失敗した者は即座に担当教諭に気付かれてしまう仕組みになっている。


 それから二分、三分と時間が過ぎていくにつれ、そこかしこから警告音が鳴っては、教諭からやり直しの指示の声が聞こえてくる。

 そんな中、俺は頭を空っぽにしつつも、黙々と魔力を流し続けていた。授業開始から一分と経たずにコツを掴んでいたため、もはや指定された時間である十分をただ待つだけの状態。暇過ぎて周囲を見渡す余裕すらあった。


 そして十分が経ち、俺が使っていた魔道具から、失敗した時に鳴る警告音とは別の音が鳴り始める。それは課題クリアの合図だった。


「合格です。魔道具を片付け次第、昼休みに入って結構ですよ」


 担当教諭から合格の言葉を貰い、俺は魔道具を片付け始める。

 結果的に、最初の一発で課題をクリアしたクラスメイトは十人前後。その中には当然、ディア、フラム、アリシアが含まれている。ただし、アリシアに限っては、それなりに神経を磨り潰したのか、ほんのりと額に汗が浮かび上がっていた。

 俺たちと同じ新入生組であるソフィも難なく課題をクリアしたようで、そそくさと片付けを終えて野外演習場を後にしていく。


「お疲れ、皆。魔力を使った初めての授業はどうだった?」


 授業の感想を訊くべく、課題を終えて俺のもとに集まってきた三人に声を掛けた。


「んー……。もう終わり? って感じかな?」


 魔力の制御はディアの得意とするところだけあって、その顔には余裕が窺える。むしろ物足りなさを感じていそうだ。


「私は退屈で退屈で仕方がなかったぞ……。危うく、途中で眠ってしまいそうになってしまった」


 欠伸を噛み殺す仕草を見せるフラム。座学の授業中ずっと寝てたのに何を言ってるんだ、なんて思ったが、口にはしないでそっとしておく。


「た、退屈でしたか……。私にとってはとても難しい課題だったのですが、先生方にとっては簡単な課題だったようですね。私ももっと精進しなければ……」


 見るからに上質な白地のハンカチで額の汗を拭うアリシアの瞳の奥には熱い炎が宿っていた。アリシアの強さに対する貪欲さは、これからの学院生活でより一層強くなっていきそうだ。


 魔道具を片付け終え、長い長い昼休みを取ろうとしていると、同じく課題をクリアしたのであろう男子生徒から突然、声を掛けられた。


「初めての課題にもかかわらず一発でクリアしてしまうとは、流石は飛び級組ということですかね」


 中肉中背、短めの茶髪、平凡な顔立ち。少ない特徴を挙げるとするならば、キツネのような鋭い糸目くらいだろうか。

 こうして話し掛けられなければ顔すら覚えることはなかったのではないかと思えるほど、特徴のない地味な男子生徒からの声に言葉を返したのはアリシアだった。


「ありがとうございます。……あの、大変申し訳ありませんが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


 若干の戸惑いこそあったものの、無難な対応をアリシアは返す。


「これは失礼しました、アリシア様。僕の名前はスヴェンと申します。今月のクラス代表を務めている者でもあります」


 自己紹介のお陰か、はたまた王女故か、スヴェンと名乗った男子生徒はアリシアの名前を知っていた上で話し掛けてきたようだ。


「……? 今月のAクラス代表、ですか?」


 話し掛けてきた理由を問うでもなく、アリシアは『Aクラス代表』という言葉に疑問を示す。

 俺も気になっていた言葉だったので、スヴェンへの警戒をある程度高めつつも、スヴェンの続く言葉に耳を傾ける。


「説明不足でしたね、申し訳ございません。この学院では毎月、入学試験とほぼ平行してクラス替え試験が行われているのはご存知でしょうか? そのクラス替え試験でSクラスには届かなかった者の中からAクラスで最上位の成績を残した者が一月限りのクラス代表となる決まりになっていまして、その代表が僕、ということなのです。あまり誉められた地位ではありませんが。あははは……」


 頬を掻きながらスヴェンは苦笑いを溢し、さらに言葉を重ねる。


「おっと、これ以上クラス代表の話は不要ですかね。そろそろ本題に移らさせていただきましょう。クラス代表の務めとして、この昼休みを利用し、新入生となった皆様に学院についてのご案内ができればと思い、こうしてお声掛けさせていただいたというわけです。もしよろしければ、お時間をいただけますか?」


「え、ええ。是非ともよろしくお願い致します」


 大国の王女を相手にしていながらも、僅かな緊張も動揺も見せずに自然な振る舞いを続けるスヴェンの勢いに押されたアリシアは、困惑を隠しきれないまま首を縦に振ったのであった。

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