第366話 登校初日

 現在の時刻は朝八時。

 白のYシャツの上に紫紺色のローブを纏い、登校の準備が整う。


 合格発表後に行われたガイダンスで訊いた話によると、この紫紺色のローブがAクラス在籍者の証となっているとのことだ。

 最上位クラスであるSクラスは黒を、Bクラスは赤紫、Cクラスは赤、Dクラスは橙色、Eクラスは黄色、そして最下位のFクラスは白色のローブを身に纏うのが決まりらしい。

 簡単な覚え方としては、黒に近いほど上位クラスで、その反対に白に近いほど下位クラスといった感じだ。

 ローブの色が一種のステータスになっているとの話も小耳に挟んでいたが、それは登校してみれば自ずと実感できるだろう。


 採寸をしっかりと行ったこともあり、昨日届いた制服のサイズはピッタリ。フラムは制服を若干着崩しているが、注意されるほどではないだろう。

 玄関前で全員の準備が整ったことを確認し、俺は合図を出す。


「――よしっ。それじゃ、行こうか」


 その言葉を合図にセレストさんを筆頭とした護衛の騎士五人が俺たち『紅』とアリシアを囲うような陣形を取る。

 未だに自室でぐうたらと寝ているであろうプリュイを放置したまま、俺たちはそれぞれ黒い革製の手提げ鞄を持って屋敷を出発した。


 屋敷から学院までは徒歩で僅か五分程度の距離しかないが、大国の王女であるアリシアに護衛がつくのは当然だった。

 正直に言ってしまえば、俺たち『紅』だけでも護衛は十分足りているのだが、ロザリーさん曰く、体裁というものがあるらしい。アリシアが侮られないようにするためにも騎士を傍に置くことは必要なことなのだそうだ。


 学院が近いこともあってか、屋敷を出るとすぐに登校中の多くの学院生の姿を見掛ける。

 ローブの色は人によってまちまちだが、基本的には一緒に登校している生徒たちのローブの色は同じ。クラスメイト同士で登校している者が多いようだ。


 そんなことを思いながら歩いていると、多くの視線が俺たちに集まりつつあることに気付く。

 楽しそうにお喋りに興じていた学院生たちが俺たちを見た途端に、ひそひそ話に切り替えたところを鑑みるに、俺たちに関する話でもしているのだろう。


「目立ってしまっているようですね」


 王女という立場柄、注目の的になるのは慣れているはずのアリシアだが、どうやら異国の地では勝手が違うらしい。照れ臭そうに苦い笑みを浮かべている。


「まぁ、仕方ないんじゃないかな? 護衛を引き連れて登校してるのは俺たちくらいみたいだし」


 ヴォルヴァ魔法学院には当然のことながら、王族や貴族も多く在籍しているが、今のところ護衛を引き連れて登校している生徒の姿は見当たらない。その代わりに、学院の方向に向かう何台もの馬車の姿を見かけていることから、おそらく王族や貴族は馬車を使って登校しているのだろう。

 ちなみに俺たちが馬車を使わずに徒歩で登校しているのは、歩いた方が楽だから、といった単純な理由からである。距離的にも、護衛の観点から考えても徒歩の方が面倒が少ないと判断し、徒歩での登校を事前に決めていたのだ。




 それから歩くこと数分、俺たちは校門の前に到着した。

 学院内は特別な許可がない限り、学生証を持つ生徒以外の立ち入りは禁じられており、セレストさんを筆頭とした護衛の騎士の方々とはここでお別れとなる。


「アリシア様、行ってらっしゃいませ」


 騎士を代表してお見送りの言葉を贈ったセレストさんに『王女殿下』という敬称ではなく、様付けで呼ぶよう事前に指示を出していたのは、これまた今はここにいないロザリーさんである。

 アリシアが王女であることを隠す必要まではないが、わざわざ大っぴらにしないよう配慮した形だ。


 セレストさんの言葉を聞き届けた後、俺たちは校門を通り抜けて学院の中へ足を踏み入れた。


 広大な敷地面積を誇るヴォルヴァ魔法学院だが、そうそう校内で迷うことは無いと言ってもいいだろう。校内の至るところに案内掲示板が立っており、クラス毎に決まった建物に向かうだけ。


 俺たち四人は共にAクラス。

 SからBクラスまでの生徒は学院の中央に建てられた巨大な五階建ての校舎を主に利用することになっているらしく、俺たち四人は迷うことなく中央校舎へと足を進めた。




 Aクラスは四階にある教室で出席を取り、座学を受ける形になっているのだが、俺たち四人は謂わば転入生(毎月入学試験が行われているため、扱いとしては新入生とも言える)ということもあり、まずは教室に行く前に二階にある教職員室を訪ねて担当教諭と合流した後、始業の鐘が鳴ると共に教室の中へと入った。

 ちなみにAクラスの担当教諭は、如何にも魔女といった感じの大きな黒い帽子が特徴的な初老の女性教諭である。


「毎月の恒例となっているので、生徒の皆さんはわかっているとは思いますが、朝礼の前にまずは新入生の紹介を行います」


 教壇から扇状に広がる教室(講堂とも呼べる広さを誇っている)は、奥の席につれて段差ができ、席の高さが高くなるような構造をしていた。

 そのため、数多くの好奇の視線が上から降り注いでくる感覚が俺に重圧感と緊張感を与えてくる。

 しかしながら、そんな感情を抱いているのは俺だけだったようだ。俺以外のは堂々とした態度で好奇の視線を迎え撃っていた。


「今回、Aクラス入りを果たした新入生は見ての通りこちらの五人です。手前から順に、簡単な自己紹介を――」


 担当教諭がそう口にした途端、教室が急に騒がしくなっていく。もはや、ひそひそ話の域を超えている有り様だ。


「噂には聞いていたけど、本当に新入生が五人もAクラスに入ってくるなんて……」


「一気に五人も来るなんて初めてじゃないか? 試験が簡単になったんじゃないだろうな」


「いやいや、違うって! 俺は『特殊』の試験を観に行ってたんだが、あの二人はヤバかったぜ! なんてったって『対人戦闘』の試験で、あのカイサ先生を倒してたからなっ!」


「マジか、信じられねぇ……。で、あの二人ってどの二人だよ」


「銀髪のめっちゃ可愛い女の子と、パッとしない黒髪の男のことだよ!」


 どうやら俺たち新入生組の実力や容姿の話で盛り上がっているようだ。

 パッとしない男と言われてしまったが、女性陣の容姿と比べられてしまうと悲しいことに反論ができないので、仕方なく聞き流すことにする。


「お静かに」


 担当教諭のそのたった一言で、教室内は一瞬で静まり返る。

 こういう切り替えの早さを見ると、伊達に上位クラスというわけではなさそうだ。


「では、改めて自己紹介をお願いします」


 担当教諭に促され、最初に自己紹介を始めたのはアリシアだった。


「この度、ヴォルヴァ魔法学院に留学させていただくことになりました、アリシア・ド・ラバールと申します。約三ヶ月間という短い期間の留学となりますが、何卒よろしくお願い致します」


 詰まることなく自己紹介の言葉をスラスラと述べたアリシアは、可憐かつ優雅にその場でお辞儀をし、自己紹介を終えた。

 すると、案の定と言うべきか、アリシアのフルネームを聞いた生徒たちの間に、ちょっとしたどよめきが起こる。

 世界広しと言えども『ラバール』の姓を持つ者は限られており、その正体に辿り着けなかった者はこのクラスには誰一人としていなかったようだ。

 瞬く間にアリシアが王族であることが知れ渡っていく。


 次は俺の番だ。

 アリシアの次ということで、教室中のあちらこちらから期待に満ちた視線を受けるが、気にしたら負けだと自分を鼓舞し、口を開く。


「コースケです。アリシア様と同様に短い間の学院生活となりますが、よろしくお願いします」


 普段はアリシアに敬称をつけることはないが、こういった場では敬称は不可欠。俺たち『紅』の立場は表面上、ラバール王国から選抜された魔法師ということになっていることからも、アリシアの下に就く者として認識されるような自己紹介を行っておくことにしたのである。


 俺の次に続いたのはディアだった。


「ディアです。よろしくお願いします」


 お喋りがあまり得意ではないディアらしい短い自己紹介だったが、その反響は意外にも大きいものとなった。

 人智を超越した優れた容姿と、実技試験で見せた実力の一端が、いつの間にかディアへの注目度を大きく上げていたらしい。


 そしてうちの問題児こと、フラムの番がやってくる。


「私の名はフラムだ。もしこの中に私に勝てる自信がある者がいるのであれば、いつでも挑戦を待っているぞ」


 何を勘違いしたのか、フラムは自己紹介だけに留まらず、何故か挑戦状の受付を始める始末。

 突然の出来事に俺は軽い目眩と頭痛を覚えるが、他人事だと割り切って放置することにした。


 俺たち四人が自己紹介を終え、後は最後の一人を残すだけとなった。

 エメラルドのような美しい色合いをしたウェーブの掛かったボブヘアーに、あどけなさが残る整った容姿。そして髪の間から僅かに覗かせる少しだけ尖った特徴的な耳を持つ、ディアよりも小柄な少女が一歩前に進み出る。


 俺はこの少女を知っていた。

 実技試験『特殊』の会場で、俺とディアに次いで優秀な成績を残していたこともあり、薄すらと記憶に残っていたのだ。

 俺より頭一つ分背の低い少女は、降り注ぐ数多の視線に臆することなく、のんびりと自己紹介を始める。


「私の名前はソフィ。この耳を見てもらえばわかると思うけど、ハーフエルフ。得意魔法は使役魔法。あと、風系統魔法もそれなりに使える。はい、これで自己紹介はおしまい」


「「……」」


 独特なソフィの自己紹介によって、教室中が沈黙に支配されていった。


 淡々とした口調と、何とも掴みづらい性格。

 それがハーフエルフの少女――ソフィの第一印象であった。

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