第359話 カルチャーショック

 『特殊』の試験会場では受験者全員が魔力量の測定を終え、次の試験に移ろうとしていた。

 現在は次の試験に使うのであろう道具をカイサ試験官を補佐する者たちが準備しているところだ。


「次の試験は『遠当て』だ。幻影を投射する魔道具で的を作り出し、その的を魔法で射抜いてもらう。この試験では魔法の精度と制御能力が問われる。尚、攻撃性魔法スキルを持たない者は申告してくれ。別途試験を受けてもらうことになるからな」


 次の試験の準備の合間にカイサ試験官が試験概要を説明していたが、俺は別のことに意識の大半を向けていた。

 俺が意識を向けていた先は、賑わいを見せている観客席である。

 小規模ながらに設けられていた観客席は、試験開始前とは打って変わって満員御礼――見物客で埋め尽くされていた。


 噂は噂を呼ぶとはよく言うが、まさにその通りだったらしい。

 俺とディアが叩き出した魔力量の数値が他を圧倒したことが見物客を呼び込んでしまったことは、浴びせられる多くの視線から考えると明らか。特に信じられない魔力量に加え、優れた容姿を持つディアへ向けられる視線は俺の比ではない。

 だが、ディアには視線を気にする素振りはなかった。その美貌によって常日頃から視線を集め続けているディアからしたら、これしきの視線は気にならないのかもしれない。


 試験の準備が整ったところで、カイサ試験官が本格的に試験概要を説明していく。


「ルールは簡単だ。所定の位置から魔法を用いて的を破壊するだけだ。的の位置は次第に離れていき、一発でも外した時点で試験は終了となる。当たり前の話だが、演習場全体に影響を及ぼす広範囲魔法の使用は禁止だ。この試験の目的から逸脱してしまうからな。ちなみにこの試験では魔法の規模・威力は採点には含まれない。それと、スキルを複数使用するもしないも、武器の使用に関しても自由にしてくれていい。各々がやり易い方法で試験に挑んでくれ」


 第二の試験――『遠当て』。

 魔法の命中精度と制御能力が問われる試験となっている。


 魔法とはイメージだ。

 脳内で魔法のイメージを描き、魔力を注ぐことで魔法はこの世界に具現化する。しかし、命中精度と制御能力に関してはイメージだけではどうしても正確性を欠いてしまう。

 わかりやすく例えるならば、野球に於ける投手だろうか。

 ボールを狙った位置に投げる。イメージだけではなく、感覚が重要となる点だけを見ればどこか似ているかもしれない。


 正直なところ、苦手とまではいかないが、あまり得意とは言えない試験内容だ。

 とはいえ、この野外演習場は所詮百メートル四方の広さしかなく、ルールは的を破壊するだけ。身体や衣服の汚れだけを見事に落とすことができるディアほどの制御能力は俺にはないが、的を破壊するだけであればそう難しいことではない。


「それでは試験を開始する。公平性を期すために、先ほどの試験とは逆回りで試験を受けてもらう。名前を呼ばれた者は前へ」


 名前を呼ばれた受験者が所定の位置についたところで、試験は開始された。


 地面に埋め込んだ魔道具で幻影を生み出しているのだろう。

 試験開始と同時に受験者の十メートル先の空中に風船のような形の赤い的が現れ、光線のような魔法を放ちそれを破壊。すると、その次は二十メートル先へと再び的が現れた。


 三十、四十と難なく的を壊していく受験者だったが、五十メートルに差し掛かったところで事情が変わった。


「……くっ!」


 それまではただ空中に投影されていた的が、突如として上下左右に動き始めたのである。

 緩慢な動きを見せる的だったが、規則性のない動きで的を絞らせない。

 その後、照準に時間を掛けて何とか五十メートルをクリアしたが、六十メートル先に現れた的がさらにその移動速度を上げたことで受験者は狙いを外し、試験は終了となった。


「はぁ……」


 ガックリと肩を落とす受験者にカイサ試験官は声を掛ける。


「記録は五十メートルに留まったが、そう気を落とすことはない。まずまずの記録だ」


「ですが……」


「なに、五十メートルと六十メートルでは大きな壁がある。その壁を突破できる者は極少数だ。最大距離である八十メートルを突破できる者ともなれば、年に数人出るかどうかだしな。だが今回は……」


 カイサ試験官の視線が俺とディアに向けられる。大方、俺たちならば突破は確実とでも思っていそうだ。


「では次――」


 次の受験者が呼ばれ、所定の位置についたところで試験開始の合図が出された。

 受験者は俺よりも若いであろう少女。その少女は片手に持っていた弦のない小さな弓を構え、照準を定める。


 そして次の瞬間、俺は思いもよらぬ光景を目の当たりにすることになる。


「――重力矢グラビティ・アローッ!」


 その言葉と共に、紫紺の矢が的に向かって放たれたのである。


「……は?」


「……えっ?」


 紫紺の矢は寸分の狂いなく的を射抜いていたが、今の俺にとってはそんなことはどうでもよくなっていた。

 結果云々よりも少女が口にした台詞が気になってどうしようもなかったからだ。


 無意識の内に開いていた口を咄嗟に片手で覆い隠し、俺は横目で他の受験者たちの様子を確認する。少女が口にした詠唱? を気にする素振りを見せる者が他にいないか確認するためにだ。

 だが、一人を除いて反応を示す者はいない。無論、その一人とはディアのことである。

 他の受験者たちは、さも不自然な光景は何一つなかったと言わんばかりに黙々と見学を続けていた。

 そんな受験者たちの様子に、俺はカルチャーショックを隠しきれないまま、時間だけが過ぎていくことになる。


 結果、『遠当て』の試験を全てクリアした者は、俺とディアの二人だけであった。

 四元素全ての魔法を行使してみせ、特段苦戦することなく『遠当て』の試験をクリアできたことに関しては良かったと言えるだろう。

 しかしながら精神的な衝撃は試験を終えて尚、未だに拭えていなかった。何せ、『遠当て』に挑んだ者の大半が詠唱のような台詞を口にしていたからだ。

 この異世界に飛ばされてからもうじき一年が経とうというのに、今更ながら詠唱のようなものがこの異世界に存在しようとは思いもしていなかったのである。


 カルチャーショック、ここに極まれり……。




 カイサ試験官曰く、実技試験は次の試験で最後になるとのことだ。

 準備の合間にカイサ試験官が次の試験概要を受験者たちに説明していく。


「最後の試験は『対人戦闘』だ。当然、生死を賭けた戦いなんてものではないから、その点は安心してくれていい。安全面もしっかりと確保している。ただし……痛い思いをする可能性があることだけは覚えておくように。『対人戦闘』の試験時間は最大二分。降参、または戦闘続行不可能と私が判断した時点で試験は終了となる。そして、お前たちの対戦相手を務めるのは――この私だ」


「「……っ」」


 サディスティックな笑みを口元に浮かべたカイサ試験官に恐怖心を抱いたのか、息を呑む音がどこからともなく聞こえてくる。


「――なんてな。半分は嘘だ。いくらヴォルヴァ魔法学院で教師を務める私でも、お前たち全員と戦うのは体力的にも魔力的にも難しいものがある。何より、最初に戦う者と最後に戦う者とでは、あまりにも公平性を欠いてしまうしな。よって、この『対人戦闘』の試験では試験官を五名追加する。今からお前たちを各試験官に割り振るから、耳をかっぽじってよく聞くように」


 カイサ試験官を含め、計六人の試験官に『特殊』の受験者約三十名をカイサ試験官が手元にある紙を参照しながら割り振っていく。

 その結果、俺とディアはカイサ試験官に割り振られることになった。

 割り振られた受験者たちはそれぞれの担当試験官の前に集まっていく。俺とディアもカイサ試験官の前に移動した。


「薄々勘づいているとは思うが、まず始めに言っておく。私が担当することになったお前たち五人は現時点での成績上位者だ。もちろん、実技試験だけの話だがな」


 俺とディアに加え、魔力量の測定で三百五十という数値を叩き出した女の子が同じ担当試験官に割り振られた時点である程度察していたが、こうもはっきりと成績上位者だと教えていいものなのかと首を傾げたくなる衝動に駆られるが、俺はそのままカイサ試験官の話に耳を傾けた。


「普段の試験であればこんなことは言わないんだがな……。お前たち二人が私に割り振られている以上、隠しても無駄だと判断し、こうして話すことにした。で、本題はここからだ。他の者には悪いが、コースケ、ディアの両名の試験は後方に回すこととする。あくまでもこれは公平性を保つための措置だと考えてほしい。流石に私でもこの二人と対峙した後に体力を保てる自信がないのでな。異論はないか?」


 俺とディア以外の受験者たちから異論の声が上がることはなかった。

 当然のことながら、俺とディアが異論を唱えることはない。後に回されるということは俺たちにとってはメリットしかないからだ。


「よろしい。では最後の試験――『対人戦闘』を開始する」


 こうして俺とディアは最後の実技試験に挑むことになった。

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