第354話 発言の意図
「わざわざ俺たちを晩餐会に連れていかなくても……。何が起きても知りませんよ?」
夕刻、アウグスト・ギア・フレーリン国王主催の晩餐会に相応しい華美な服装で身を着飾った俺たち三人は、白銀の城に用意されたエドガー国王の客室に足を運んでいた。
「その時は当然俺が責任を持つ。コースケたちはフレーリン国王に失礼が無いよう挨拶をしてくれればそれでいい。後は食事を楽しむなり、マギア王国の貴族と関係を構築するなり、好きにすればいいさ」
「食事はともかくとして、マギア王国の貴族と繋がりを持つつもりはありませんよ。メリットを感じませんから」
「考え方は人それぞれだが、世間一般的には貴族と――それも他国の貴族であれば、より交流関係を持ちたいと思う者が多いと思うぞ。何と言っても金の匂いがするからな」
「俺にはわかりませんが、そういうものですかね……?」
百害あって一利なしとまでは言わないが、メリットよりもデメリットの方が大きく感じてしまう。お金に困っておらず、今の生活に満足しているが故にそう感じてしまうのかもしれないが。
一方、フラムは豪勢な料理が出てくることを確信してか、晩餐会への出席に対して不満を抱いていない様子。むしろどころか楽しみにしているようにすら見える。
「私は食事に専念させてもらうぞ。挨拶とやらは主とディアに任せた」
「わたし? あんまり自信ないよ。何を話したらいいかわからないし……」
話し上手ではないディアからしてみれば、フレーリン国王への挨拶はなかなか高いハードルだ。フォローしてあげたい気持ちは山々だが、かくいう俺もその手の挨拶は苦手としているので、不安がないと言えば嘘になる。
「気負う必要はない。名乗り、問い掛けられればそれに応じるだけだ。簡単だろう?」
大国の王様への挨拶を『簡単』という言葉で片付けられるほど俺の度胸は据わっていないが、ここで文句を言っても仕方がないと諦め、俺たちは会場へと場を移すことになった。
パーティーというものは、ラバール王国でもマギア王国でもその内容に大差は無い。一様にして煌びやかで、贅の限りが尽くされている。
俺は貴公子然とした金糸の刺繍が入った黒の衣装を、ディアは露出が少ない黒と白のツートンカラーのドレスを、フラムは背中が大きく開いた真紅のドレスをエドガー国王に用意してもらい、晩餐会に参加していた。
ディアとフラムが注目を集めるのは、人の域を超越した容姿からして必然だったと言えよう。
会場入りしてから既に三十分以上の時間が経つが、二人に注がれる視線は途切れることを知らない。マギア王国の貴族と思われる人々から男女問わず注目を集め続けていた。
「うむ、どの料理も美味いな。特にこの香辛料がよく利いた骨付き肉は絶品だぞ」
数多の視線を気にすることなく、フラムは料理を口に運び続けている。会場入りしてから既にかなりの量を食べているが、所作が美しいこともあってか、マナーに厳しそうなイメージがある貴族から嫌悪感が込められた視線を向けられることは一切ない。
「少し味付けがラバール王国の料理より濃い気がするけど、どれも美味しいね。こうすけはどう?」
「この後のことを考えると、緊張して味があんまりわからないや……」
ここまで過度に緊張しているのはどうやら俺だけだったらしい。
ディアも料理を楽しめる程度にはリラックスしているようだ。
遠巻きに俺たちを観察してくる者は多いが、幸いなことに直接話し掛けられることはなく、宴の時間が過ぎていく。
晩餐会が開始されてからおよそ一時間が経とうかどうかという頃合いで、晩餐会に参加するには相応しくない格好をした鎧姿のセレストさんが俺たちにそっと近寄り、話し掛けてきた。
「皆さん、お時間です。フレーリン国王陛下にご挨拶を」
「わかりました。すぐに行きます」
身嗜みをその場でサッと整え直した俺たち三人は、右からエステル王妃、フレーリン国王、エドガー国王、アリシアの順に座っている会場の最奥へ足を運んだ。
「紹介が遅れて申し訳ない、フレーリン国王。アリシアと共にヴォルヴァ魔法学院に留学予定の者たちを紹介させていただきたいのだが、よろしいか?」
「……ほう、これはこれは。遠目から見目麗しい者がいると見ていたが、まさかその者たちが留学予定者だったとは驚きだ」
お世辞ではなく本心から出た言葉だったのだろう。言葉の通り、フレーリン国王の表情からは驚きの感情が見て取れる。
俺に対しての言及はなかったが、それに関しては仕方がない。俺の存在感がないのではなく、ディアとフラムの存在感が大き過ぎただけだと気にしないことにした。
俺は豪奢な椅子に腰を掛けるフレーリン国王に対し、その場で片膝をつけ、名乗り上げる。
「コースケと申します。この度はヴォルヴァ魔法学院に留学する機会を得られたこと、誠に嬉しく思います」
短く無難な言葉を並べるだけに留めておく。下手に長台詞を口にすれば、ボロが出かねないと危惧したからだ。
「ディアです。よろしくお願い致します」
ディアは可憐にドレスの裾を軽く持ち上げつつ頭を下げ、挨拶の言葉を述べた。無難という点では俺と似たような挨拶だ。
空気を読めることができれば次が誰の番かわかりそうなものだが、残念ながらフラムにはそういった空気を感じ取る能力が著しく欠けていた。もしくは、あえてそうした言動を取っている可能性も捨てきれないが。
「「……」」
フラムの言葉を待つために、近くにいた者全てが口を閉ざす。当然ながら、その場にいた者全ての視線はフラムに集まっていた。
「……ん? ああ、私の番か。私の名はフラム。美味い料理を用意してくれたことに感謝する。美味だったぞ」
フラムのせいで場の空気が凍り付きかける。
それもそのはずで、フラムの態度は下々のそれではなかったからだ。それに加え、出てきた言葉が料理に関することだけ。フレーリン国王が唖然としてしまうのも無理からぬ話であった。
すかさずフォローに回ったのはエドガー国王だ。どうやら『責任を取る』という言葉に嘘はなかったらしい。
「……ゴホンッ、失礼をした。この者たちは類い稀なる才能を持っているが、平民の出。不慣れ故に、こういった言葉遣いになってしまったようだ。申し訳ない」
エドガー国王が謝罪の言葉を並べると、唖然としていたフレーリン国王は我を取り戻し、ぎごちない笑みを見せた。
「アハハ、構いませんとも。平民の出という情報は事前にいただいていましたからな。しかしながら気になることもある。何故この者たちを留学させようとお考えになられたのか」
「上流階級の者ではなく、この者たちを選んだ理由をお知りになりたい、そう解釈しても?」
「ええ」
そう答えが帰ってきた瞬間、エドガー国王はほんの僅かに口角を吊り上げ、こう告げた。
「――圧倒的な実力者。その一点で私自らこの者たちを留学生として選抜したのです。ヴォルヴァ魔法学院は徹底的な実力主義を標榜している。であるならば、我が国からも最高の実力を持った者を送らねば失礼にあたると思い、この者たちを連れてきたのです。この者たちならば、彼の有名なヴォルヴァ魔法学院に於いても首席の座を掴めるやもしれない。私はこの者たちをそう評価しているのですよ」
発言の意図がわからない。
俺はエドガー国王の発言を訊き、率直にそう思った。
口角を吊り上げたエドガー国王の口から出てきた言葉は、聞き手によっては挑発とも捉えられかねないギリギリの内容であった。
ヴォルヴァ魔法学院の現首席がカタリーナ王女と知らない者からしたら、ただ単にラバール王国の国王が俺たち三人を高く評価しているという意味合いでしか捉えられないだろう。だが、現首席が誰であるか知っている者であれば、エドガー国王の発言を挑発と捉えてもおかしくはない。
現に俺には挑発の意味合いが含まれているように聞こえていた。
「……ほう。この者たちがラバール王国最高の実力者ということですか。その実力の程、実に興味深い」
挑発と受け取ったのかはわからないが、フレーリン国王から値踏みするかのような眼差しを、俺、ディア、そして最後にフラムへ向け、視線を固定した。
「フラムと申したか。其方の実力の一端をこの場で披露してはもらえぬか?」
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