第355話 不穏
「フラムと申したか。其方の実力の一端をこの場で披露してはもらえぬか?」
(――掛かった。後はエステルと接触する機会を窺うだけだ)
アウグスト・ギア・フレーリン国王がフラムに興味を示したことにエドガー国王は内心でほくそ笑む。
挑発とも受け取れる発言をしたのはフレーリン国王の性格をある程度知っていたからに他ならない。
知的好奇心が強く、自信家であり、負けず嫌い。
フレーリン国王はヴォルヴァ魔法学院が標榜する徹底的な実力主義を是としており、当の本人も実力主義者の側面を持っていた。
故に、自身の娘であるカタリーナ王女が首席であることに誇りを持っているであろうフレーリン国王に、首席の座を脅かす存在が目の前にいることを仄めかしたのである。
(気分を害する可能性はゼロではなかったが、分の悪い賭けではなかった。読み通り好奇心が上回ってくれたようだな)
ここまでは大方、エドガー国王の計算通りに事が進んでいる。
端からフラムが礼儀を正しく振る舞うことなどあり得ないと理解していたからこそ、エドガー国王はそれを逆に利用したのだ。
「披露するのは別に構わないが、私は何をすればいいのだ?」
真紅のドレスで着飾っているフラムは胸の前で腕を組み、ドレス姿を台無しにした態度で首を傾げる。
「ヴォルヴァ魔法学院に留学するつもりということは魔法の使い手で相違あるまい。其方の得意魔法は何だ?」
「火だ。火系統魔法で私の右に出る者はいない」
「……ふむ。火系統魔法が得意なのであれば、ちょうどいい物がある。暫し待たれよ」
フレーリン国王はフラムから視線を外し、傍に控えさせていた騎士の一人を手招きで呼び寄せ、耳打ちをした。
「かしこまりました、陛下」
命令を受けた騎士は急ぎ足で会場を後にする。
それから数分後、命令を受けた騎士が古びた鞘に納められた大剣と、重厚な金属塊――鋳型を抱えて会場に戻り、別の騎士によってフレーリン国王の目の前に用意されていた丸テーブルの上にそれらを置いた。
「これで準備は整った。其方にはこのミスリル製の大剣を鋳溶かしてもらおう。無論、周囲に被害が及ばぬよう気をつけてくれ」
フレーリン国王は古びた鞘から手入れが全く行き届いていない鈍く銀色に輝く大剣を引き抜き、フラムに手渡す。
会場にいた者全ての視線がフラムに集まる。
しかし、フラムは好奇心に満ちた数多の視線に臆することなく、つまらなそうな目で受け取った大剣を見つめていた。
「制限時間は三十秒……いや、其方はラバール王国最高の実力者とのことだ、その半分の十五秒としよう。炉を使わずにミスリルを溶かすことは至難とまでは言わぬが、なかなかに難しい。大火を起こさずに熱量を大剣にのみ注ぎ込むことが其方にできるかどうか、この眼で見届けさせてもらおう」
フレーリン国王が突き付けた条件を訊いたマギア王国の貴族が騒がしくなっていく。
それもそのはず、『魔法研究国家』という異名を持つお国柄、マギア王国の貴族は教養として魔法系統スキルに精通している者が多く、フレーリン国王が設けた条件が如何に困難なものであるかを十分に理解していたからだ。
そしてフレーリン国王の隣にも一人、魔法系統スキルにある程度精通している者がいた。エドガー国王である。
(ミスリルの加工は難しいことで有名だ。金属の扱いに長けたドワーフの熟練の鍛冶師でさえ、かなりの時間を要すると訊く。鋳溶かすだけも難しいというのに、たったの十五秒で行えなど流石に無理難題が過ぎる。もしや、衆目の前で恥をかかせるつもりか?)
この時、エドガー国王はすっかり忘れていた。
無理難題を突き付けられた者が
「……ふむ。この鋳型に溶かし入れればいいのか?」
「周囲に被害を及ぼすことなく十五秒以内でだ。難しいか?」
「んー……。あまり自信はないが、やってみるとしよう」
舞いのようにその場で可憐に大剣を振り回したフラムは、鋳型の上で大剣を水平にピタリと止め、こう告げた。
「言い忘れていたが、失敗しても責任は取らないからな」
それだけを告げ、フラムはフレーリン国王の合図を待たずに魔法を行使した。
――ボゥッ。
一瞬の出来事であった。
フラムの手元に炎が顕現した刹那、炎が音を立て、ミスリル製の大剣はその姿を消したのである。
今となってはフラムの手には何も握られておらず、鋳型にも何も残ってはいない。
「な、何が……」
誰もが驚愕の光景をその目にして固まり口を閉ざす中、フレーリン国王だけが呻きに似た声を漏らし、目を見開く。
驚愕に満ちた眼差しがフラムに集まるが、フラムはそれらを物ともせず、ぼやいた。
「あー……加減を間違えてしまったか。だが私は悪くないからな。こんなに脆いのなら先に言ってほしいものだ。そもそもだな、私は金属など扱ったことがない。ミスリルが脆い金属だと知っていればもう少し上手く加減できたというのに……」
失敗を他人に押し付けるつもり満々のフラムだったが、この場に於いて失敗を追及しようと考える者は誰もいなかった。
(心配した俺が馬鹿だったか……。フラムが炎竜王だということをすっかり失念していた。にしても、ミスリルの大剣を溶かすどころか蒸発させてしまうとは恐ろしい力だ。フラムと敵対することは何としてでも避けなければならないと再確認できた良い機会ではあったな……)
フラムの正体を知る者ならば、当然の帰結だったと納得できる光景だった。エドガー国王然り、アリシア然り、すぐさま冷静な思考を取り戻す。
だが、フラムの正体を知らぬ者からすれば、到底受け入れられない光景でもあった。
「僅かにだが、確かに炎は上がっていた。しかし、今の力は果たして本当に火系統魔法なのか……? 何か別のスキルの可能性も……」
フレーリン国王は冷静さを欠きながらも、ぶつくさと独り言を並べて頭の中を整理する最中、独り言を拾ったフラムが反論した。
「何を疑っているのかは知らないが、今使った力は紛れもなく火系統魔法だぞ。信じられないのであればもう一度やるか? 次こそは成功させてみせよう」
フラムの言葉遣いは不敬にあたるものであったが、フレーリン国王は知的好奇心をくすぐられていたこともあり、フラムの言葉遣いなど、もはやどうでもよくなっていた。
椅子から勢いよく立ち上がったフレーリン国王は、傍に控える騎士に命令を下す。
「いくつでもよい。すぐさま用意せよ。直ぐにだ」
「――ハッ!」
慌てて武器庫から古くなり使われなくなっていたミスリル製の武器を五本ほど抱えて持ち出してきた騎士は、その全てをフラムに渡し、お披露目会は続行された。
フレーリン国王は国王という己の立場を忘れてフラムのすぐ傍まで近寄り、まじまじと真剣な眼差しでフラムの力の一端を観察する。
一本、二本とミスリル製の武器が跡形もなく次々と蒸発していくが、もはやお構い無し。知的好奇心を満たせるのであれば、いくらミスリル製の武器といえども惜しくはないといった表情でフレーリン国王はフラムの力を観察していた。
それはフレーリン国王に限らず、マギア王国の貴族も同じ。今やフラムを取り囲むように人の群れができあがっていた。
多くの人間が近く集まってきてしまっているが、会場にいる者たちの視線は全てフラムに釘付け。
この状況に乗じてエドガー国王はエステル王妃への接触を試みようと決断を下す。
(フレーリン国王が席から離れ、他の者の目がフラムに集まっている今が好機。タイミングは今しかない)
意を決し、エドガー国王は音を立てずに、誰からも注目を浴びないよう自然に椅子から立ち上がり、移動を始める。
唯一の懸念はエステル王妃が座る席までの極めて短い道中に等間隔に配置されているマギア王国の騎士の目だけ。
だが幸いなことに、エドガー国王の道を遮る者は現れなかった。
「……これを」
「……?」
エステル王妃の背中越しから小さく折り畳んだ紙を手渡し、エドガー国王は何事も無かったかのような振る舞いで自分の席に戻り、小さく息を吐いた。
(……ふぅ。後はエステルの行動を待つだけだな。残された時間は僅か。悠長にしている時間はないんだぞ)
エステル王妃は小さく折り畳まれた手紙を受け取ってからすぐに手の平の中で隠れながら開き、目を通す。
『話がしたい。五日以内に話し合いの場を設けてくれ』
手紙には短くそう書かれていた。
数秒に満たない時間で手紙に目を通し終えたエステル王妃は暗い笑みを一瞬浮かべ、そして……、
――クシャ。
手の平の中で手紙を力強く握り潰したのであった。
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