第345話 頭痛の種
エドガー国王の適切な対応のおかげで、海賊騒ぎは収束に向かっていく。
フラムに睨み付けられて萎縮した
その際に男性従者も海に落ちた騎士たちと共に引き揚げられた。
プリュイたちを拘束した後、エドガー国王は極少数の騎士を除いてその場からの解散を命じ、俺たち『紅』とプリュイ一行、アリシア、セレストさん、そしてエドガー国王が最も信頼を寄せている近衛騎士団団長であるダニエル・オードランさんと、何処からともなく現れたロザリーさんが給仕役として加わり、船内のとある一室に入ってから三人の拘束を解き、今に至る。
「飾り気のない部屋だが、防音だけはしっかりと施してある。会話の内容はこの部屋にいる者だけに留めるつもりだ。で、早速だが、説明をしてくれ」
エドガーの視線は当然と謂わんばかりに俺へと向けられる。
普段より若干険しい表情をしている気がするのは俺の気のせいではないだろう。
「詳しいことまでは俺にもわかりませんけど、どうやらそこの少女はフラムの知り合いのようです」
この場でフラムの正体が竜族であることを知らないのはセレストさんだけだったが、俺はあえてプリュイが竜族であるとは名言せずに『知り合い』と濁した。
「……ちょっと待ってくれ。今、フラムの知り合いと言ったか?」
はっきりと聴こえていたはずだが、エドガー国王はプリュイがフラムの知り合いだという事実を受け入れ難かったのか、再度訊き返してくる。
その様子からして、エドガー国王はプリュイたちが竜族であるとほぼ確信したに違いない。
「はい。フラムが言うには少女の名はプリュイだそうで――」
「――童よ! 妾は少女ではないわっ! 黙っていればさっきから少女少女と妾を子供扱いしおって!」
少女扱いされたことが余程頭にきたのか、ここに来るまで大人しくしていたプリュイが俺の言葉を遮って怒鳴り散らす。
とはいえ、見た目も声色も少女……いや、幼女そのもの。いくら水竜王の娘といえども、恐怖を覚えることはない。
しかし、エドガー国王とダニエルさん、アリシアの三人は目を見開き、表情を変えた。ロザリーさんは無表情を貫き、セレストさんは状況を理解していないこともあり、首を傾げている。
フラムの知り合いと言うワードに加え、明らかに外見が幼いにもかかわらず、少女扱いされることを嫌うプリュイの態度から、三人はプリュイが竜族であることをついに確信したようだ。
おそらくロザリーさんも確信しているだろうが、感情を見事にコントロールし、黒子に徹している。
怒鳴り散らすプリュイを黙らせたのは案の定フラムだった。
「――黙れ。主の言葉を遮るな」
「ぐぬぬぬっ……」
「ん? 返事が聞こえないぞ?」
「……ふぁい」
プリュイは渋々といった様子でムッと頬を膨らませる。
上下関係は明らかにフラムが上。火と水という別の竜族ではあるが、上下関係はしっかりと形成されているらしい。
フラムのおかげでプリュイが黙ったことで話が進んでいく。
エドガー国王は俺ではなく、フラムに話を振る。
「フラムに確認したい。フラムの知り合いということは……なんだ、つまりだな……そういうことで間違いないか?」
言葉を慎重に選ぼうとするあまり、エドガー国王の問いは曖昧で要領を得ないものとなってしまっていた。
「何故言葉を濁しているかはわからないが、おそらくその認識で間違っていないぞ。付け加えると、こいつは水竜王の一人娘だ。つまり次代の水竜王ということでもあるな」
随分前にフラムとイグニスから訊いた話だが、火を司る竜族は強さによって竜王を決めているが、それ以外の竜族は血縁関係で次代の竜王を決めているとのことだったはずだ。
竜族の寿命がどれほど長いのかは知らないが、プリュイは水竜王の娘であるだけではなく、一人娘として次代の竜王になることが決まっている、超がつくほどの大物だったらしい。
フラムの発言に最も過剰に反応を見せたのは、ここまで全く状況が飲み込めていなかったセレストさんだった。
騎士という立場を完全に忘れ、一人の人間として驚嘆の声を漏らす。
「……水竜王、竜王……竜……竜族っ!? なら、知り合いであるフラムさんも……!? ――はっ!?」
己の立場を思い出し、慌てて口を塞ぐも時既に遅し。
全員の視線が椅子に座っているアリシアの後ろにいるセレストさんに集まる。
「――分を弁えず、申し訳ございませんっ!」
セレストさんは失態を犯したことを恥じ、その場で片膝をついて頭を下げた。
しかし、エドガー国王はセレストさんを叱るでもなく、むしろ宥めるような優しい言葉を掛ける。
「頭を下げる必要はない。サンテールが驚くのも無理はないからな……。ただし、他言無用だ」
そう言いながらエドガー国王はテーブルに両肘をつき、頭を抱えた。ダニエルさんも水竜王の娘という存在に頭痛を覚えたのか、こめかみ辺りを揉みほぐしている。
「海賊の正体が竜族……。それも一人は水竜王の娘とは、な……。一体俺はどうすればいい」
エドガー国王はプリュイたちの処遇に困り果てているようだ。或いは竜族と出会ってしまったこと自体に困惑しているのかもしれない。
俺は話を進展させるべく、話題を提供する。
「もしこの三人がただの海賊であれば、本来ならどのような処罰を?」
「人を殺めていないとはいえ、通常であれば死罪は免れない。我が国の船団を襲ったかどうかを抜きにしてもな。だが、海賊の正体が竜族であれば話は別だ。そもそも竜族を拘束しておく術はないし、何より竜族の怒りを買ってしまえば容易に国が滅ぶ。ましてや水竜王の娘ともなれば、確実に水を司る竜族の怒りを買ってしまうことになるだろう。参考までに訊くが、フラムはどう考える?」
「火と水の竜族では多少異なるかもしれないが、少なくとも我が竜族では同族が人の手によって殺されようが、その者が悪事を働いていたのであれば、竜族が束になって報復してくることはないぞ。この世は弱肉強食。弱き者が淘汰されたと思うだけだ。だが、次代の水竜王であるプリュイに手を出すことはやめておいた方がいい。ラバール王国だけではなく、人間を根絶やしにしようと水の者たちは必ず動く。それにまぁこんなちっこい成りをしていてもプリュイはそこそこ強い。一度戦って試してみたらどうだ? プリュイの実力を測ってみればいい」
プリュイが大人しくしているのはフラムがこの場にいるからだ。
おそらくフラムという枷がいなければプリュイたちは容易に財宝を盗み出し、アジトか何かに帰っていたに違いない。
その証拠にプリュイに反省の色はない。人間など眼中になく、警戒心はフラムだけに向けられている。
「試すわけがないだろう……。冗談も程々にしてくれ……」
「ん? 冗談を言ったつもりはないぞ?」
至極真面目な顔で首を傾げるフラムを見て、エドガー国王はどっと疲れた様子だ。
エドガー国王はテーブルに俯せになってしまいそうな身体に鞭を打ち、プリュイたちの処遇について語る。
「騎士たちの目もあるし、無罪放免とするわけにはいかない。が、だからといって竜族である三人をどうこうすることもできない。はぁ……、どうしたものか……」
一番丸く収まるのは、プリュイたちを罰したとみせかけて秘密裏に解放することだろう。
だが、罰さずに秘密裏に解放するには一度王都に戻る必要が出てきてしまう。無論、その際にはエドガー国王が主導しなければならないため、プリュイたちに付き添わなければならない。
しかし今はマギア王国に向かう途中。
今から王都に引き返してしまえば、再び戻ってくる頃には海には海氷が漂い始め、海道が使えなくなる可能性が極めて高い。
問題はそれだけに留まらない。
プリュイたちを解放したとしても、プリュイたちがラバール王国の海域を荒らし続ける可能性だって捨てきれないのだ。
処断したと偽っても、再び海賊による被害者が現れれば疑いの眼差しがエドガー国王に向けられることは必至。
こうした問題がある限り、エドガー国王からしてみればプリュイたちを簡単に解放するわけにはいかないというのが本音だろう。
しかし相手は竜族。いくら大国の王といえども竜族を相手に強く出ることは難しい。
結論を言うと、問題を解消する手立てをエドガー国王は持ち合わせていないということになる。
そして、エドガー国王に救いの手を差し伸べることができるのは、この場に於いて一人しかいない。
それはプリュイを唯一従わせることが出来る人物――フラムだけだ。
しかし当の本人にその自覚があるかは不明。
そもそも解決しようとすら思っていないかもしれない。
誰もが口を閉ざした中、フラムがプリュイに向けて質問を投げ掛ける。
「ふと思ったんだが、何故西の海に来てまで財宝を集めているのだ? 水の竜族が昔から財宝に目がないことは知っているが、お前たちは北の海を根城としているではないか。北の海だけでは満足できなくなったわけではないだろう?」
その問いを切っ掛けに、プリュイたちがラバール王国の海域で活動していた理由が加速度的に氷解していく。
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