第344話 水を司る者
俺とフラムは騎士たちが取り囲む海賊に近付きながら、ひそひそと話を続けていた。
話題は当然、フラムの知り合いだという海賊についてだ。
「フラムの知り合いって、あの偉そうにしてる小さな女の子だよね? 後の二人とは面識はないの?」
「面識はないが、おおよその見当はつくぞ。おそらく奴らは従者か何かだろうな。私とイグニスの関係に近いと思うぞ」
フラムが面識を持ち、なおかつ従者を連れているということは、あの少女はただの竜族ではなさそうだ。
竜族の中でも上位に立つ存在であることは間違いないだろう。
「まさかとは思うけど、フラムと同じ竜王なんてことは……」
「――ないぞ。竜族の王たる存在がこんなところでフラフラと海賊紛いのことをしていると思うか? 王は忙しいのだ。その点は人の王と同じかもしれないな」
間髪入れずにフラムはそう言い切ったが、如何せん説得力が欠如している。
何せ、フラムが語る竜族の王の姿と対極にいる存在がフラムなのだ。どの口が……と言いたいほどである。
「あ、うん。そうかもね……」
出かかっていたツッコミの言葉を呑み込み、相槌を打つだけに留める。
「奴の名はプリュイ。現
「水竜王の……娘?」
フラムの口からさらりと水竜王の娘であることを教えられ、俺が唖然としていると、プリュイたちを取り囲む騎士たちに動きがあった。
「ラバール王国の船団を襲った愚か者たちを捕らえるのだ!」
その言葉を皮切りに戦闘が始まってしまう。
数多くの剣が、槍が、プリュイたちを目掛け襲い掛かる。
だが、俺とフラムが騎士たちの間をすり抜ける隙間すらないほどの密集した突撃に対し、プリュイは大声で笑い出した。
「わっはっはっ! 愚か者がどちらなのかを妾が直接その身に教えてやろう!」
その声の後に聴こえてきたのは金属が砕け散る音だった。
そして一人、また一人と宙を舞い、冷えきっているであろう海へと騎士たちが水音を立てて落ちていく。
「――い、一度距離を取れ! 武器を失った者は海へ落ちた者の救出を! 急げッ!」
騎士たちはプリュイの圧倒的な力を前に、明らかに狼狽えていた。密集していた陣形も今となっては見る影もなく散り散りに乱れきっている。
「どうした? 妾に勝てぬと思い知り戦意を喪失したのか? であれば早く宝を渡すがいい。さすれば命だけは取らないでやろうではないか! わっはっはっ!」
腰に手を当て、身体を大きく後ろに反らして笑うプリュイ。
プリュイの従者に関しては無表情のままプリュイの後ろで立っているだけであった。
傲慢な態度を取り続けるプリュイに痺れを切らしたのか、一人の騎士が命令を無視して大剣を大きく振りかぶりながら突撃を敢行。
しかし、偉そうに身体を後ろに反らし、大空を見上げていたにもかからずプリュイは騎士の攻撃をあっさりと片手で受け止め、そのまま大剣を粉々に握り潰して見せた。
小さな身体からは想像もできない動きに、突撃を敢行した騎士はピタリと動きを止める。
「その程度の剣技で妾を倒せるとでも思ったか? 出直してくるがいい」
プリュイは茫然自失した騎士のがら空きの腕を掴み、軽々と海へと放り投げた。
海へと落ちた騎士は既に二桁を超えている。
残った騎士たちの戦意は皆無に等しく、今や武器を構えているだけで騎士たちからはプリュイたちに立ち向かう勇気すらなくなってしまっているようだ。
俺はこのタイミングを逆に好機と捉え、フラムと共に騎士たちの間をぬってプリュイたちの前へと踊り出た。
ローブを纏い、フードを深く被っている俺たちを怪訝に思ったのか、プリュイは目を細めて訝しげな視線を向けてくる。
「む? 他の者たちと格好が違うな。それに……」
そう言ったプリュイの視線は俺ではなくフラムに固定され、何を思ったのか突然鼻をひくつかせ始めた。
「この焦げ臭い匂い……。ほう、なるほどなるほど。お主……火の者であるな?」
どうやらプリュイは竜族の卓越した嗅覚によって、フラムから焦げ臭い匂いを嗅ぎとったらしい。
俺の嗅覚ではフラムからそんな匂いを全く感じ取れないが、竜族故に嗅ぎとることができるのだろう。
プリュイの問い掛けに対し、フラムは何も応じずに俯いたまま黙秘を続ける。
「何故火の者がここにいる? 海は我らの領域。そのことを知らぬわけではあるまい」
「……」
「妾を前にしてだんまりか。
「……」
散々なことを言われているにもかかわらず、珍しくフラムは言い返すことなくただただ黙り込む。
しかし、俺は隣で見てしまっていた。
――フラムの右の拳が血が滲まんとばかりに強く握られ、全身が震えているところを。
既に導火線に火が点いてしまっていることは明らか。
問題はいつ爆発するか、だ。
俺はプリュイにではなく、フラムに恐怖と焦燥感を覚えていた。
今さらフラムを宥めようと言葉を掛けても無駄。打つ手なし。
俺にできることは船が壊れないよう祈ることだけだった。
そして俺が恐れていたその時が訪れようとしていた。
「――わっはっはっ! 妾に恐れをなしたのか? お主、身体が震えておるぞ?」
「……」
「そうかそうか! 怖いか! だが安心するがよいぞ。妾は火の王とは違って寛大だ。お主が地に頭をつけるのであれば許そうではないか。わっはっ――」
プリュイの哄笑は最後まで続かなかった。否、続けられなかった。
「――大口を叩いていたのはこの口か? ん?」
目にも留まらぬ動きでフラムは動き出し、口を塞ぐようにプリュイの小さな顔を鷲掴みにし、そのまま片手で身体を持ち上げた。
「――ッ!? んー! んー!」
大きく目を見開くプリュイ。
足をばたつかせながら、もがもがと何かを叫ぶプリュイだったが、フラムに解放する意思はまるで見られない。抵抗させまいと、むしろ力を強めているようにすら見える。
足掻くプリュイに、殺意を振り撒くフラム。
その間に割って入ろうとしたのは、プリュイの従者二人だった。
もがき苦しむ主を助けようと従者の二人がフラムの左右に移動し、フラムの頭部目掛けて上段蹴りを見舞いしようとする。
だが、男性従者の蹴りはあっさりとフラムの空いていた左手で掴まれ、女性従者に限ってはフラムが振り向いただけでその動きを静止させた。
「あ、貴女様は……」
睨み付けられた女性従者はフラムから視線を離さずに一歩、二歩と後退しながら、ボソッと震えた声を漏らす。
女性従者の反応からして、どうやらフラムの正体に今さらながら気付いたようだ。
顔を青白くし、瞳を揺らしている様子がはっきりとわかる。
恐怖する女性従者に対し、フラムは言葉と圧を掛ける。
「何か私に言うことはあるか?」
「か、数々の……ご無礼を、お、お許し、下さい……」
腰を抜かしたのか、女性従者はそれだけを言うと全身を脱力させ、へたり込んだ。
「んー! んー!」
そんな女性従者の姿を横目で見たプリュイは口を塞がれたまま、さらに大声を上げようともがく。
だが、それを許すフラムではなかった。
「――黙れ、じゃじゃ馬娘」
瞬間、フラムはプリュイを甲板に叩きつけた。
甲板は音立てて木片を飛び散らし、その衝撃で船が大きく揺れる。
ちなみに足を掴まれていた男性従者はフラムがプリュイを叩きつける際に、邪魔だと言わんばかりに海へと放り投げられていた。
プリュイを甲板に叩きつけたことでようやく鬱憤が晴れたのか、フラムはプリュイから手を離す。
そしてプリュイを文字通り見下しながらフラムは声を掛ける。
「頭を垂れるべきは貴様の方だったな。これで少しは反省したか?」
甲板に頭をめり込ませていたプリュイは、何事もなかったかのように頭を引っこ抜くと、すぐさま立ち上がりフラムに言葉を返す。
「……な、な、なっ! 何故クソババアがこんなところに――」
――ゴンッ。
怒りの鉄槌がプリュイの頭を叩きつけた。
「今何か言ったか?」
「いえ、妾は何も……」
満面の笑みを浮かべるフラムと、頭を擦りながら無罪を主張するプリュイ。
プリュイの瞳には薄らと涙が滲んでいた。
「これまでに何度も言っているが、私はかなり若い方だ。お前の従者とそう歳は変わらないと思うぞ」
フラムの視線がへたり込んでいる女性従者へと向けられる。
すると女性従者は首を縦に大きく振った。
「ふんっ! そうだとしてもだ! 妾からしたらそれでもババ――、いえ、何でもありましぇん……」
たった一睨みでプリュイの主張は即座に引っ込められる。
一体どれだけプリュイはフラムを恐れているんだ。そんなことを考えている内に状況は大きく変わることになる。
エドガー国王の登場によって。
「……これは一体どうなっているんだ?」
後ろから聞こえてきた声に反応して振り返ってみると、そこには頭を掻きむしりながら視線で俺に説明を求めてくるエドガー国王と、安堵の表情を浮かべるディア、困惑するアリシア、唖然としているセレストさんの姿があった。
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