第341話 歓迎の理由

 港町プラージュから出港するのは明日の早朝と決まり、与えられた自由時間でこれでもかというほど数々の種類の魚介類を買い込み、ほくほく顔になった俺はその日の夜、エドガー国王からの呼び出しに応じ、言われた通りにディアとフラムを連れて、エドガー国王が泊まることになったこの地を治める貴族の館(別荘)を訪れた。


 町の中心から少し外れた場所にある館の前では、護衛の騎士たちによって厳戒な警備が敷かれており、鼠一匹すら入り込む余地はない。


 多くの松明の灯りが館を取り囲む様子は端からみれば不気味に映っていた。

 そんな館にローブを羽織り、フードを深く被った三人組が近付いたともなれば、警備にあたっていた騎士たちがこぞって怪訝な瞳を向けてくるのも仕方がないと言えるだろう。

 しかし、館の門前で簡単なチェックを受けただけで俺たちはあっさりと館の中へと通されることになった。


 騎士に案内された場所は館の最奥の部屋。

 館の所有者を差し置いて最奥の部屋を借りるとは流石は国王といったところだろうか。


 俺たち三人を部屋に通した後、案内をしてくれた騎士は踵を返し、警備に戻っていく。

 そして部屋に通された俺たちを待っていたのは、呼び出した張本人であるエドガー国王と、プラージュに到着してからすぐに見掛けたカイゼル髭が特徴的な貴族だった。

 部屋の中は想像とは違い、広い談話室のような造りになっており、十人は余裕で座れるであろう長テーブルの上座の席にエドガー国王が、そしてそのすぐ近くの席にカイゼル髭の貴族といった形で座っていた。


 二人は共にワイングラスを片手に、部屋に入ってきた俺たちへと視線を向けてくる。


 俺たちが会釈をしてから二人の側まで近寄ると、エドガー国王がまず始めに口を開いた。


「紹介しよう、バロー伯爵。この者たちはアリシアと共にマギア王国に留学することとなった優秀な魔法師だ。左から名をコースケ、ディア、フラムと言う。よろしくやってほしい」


 普段の砕けた口調はどこへやら。エドガー国王は国王に相応しい毅然とした態度で俺たちをバロー伯爵たる人物に紹介した。


「バローと申す。プラージュ周辺のラバール王国の西の地を治める者だ。其方らの話は先程陛下からお訊きした。お訊きした話によると、かなりの凄腕の魔法師のようだな。陛下に称賛された其方らの力、期待している」


 立派なカイゼル髭を撫でつつ自己紹介をしてきたバロー伯爵だが、『期待している』という最後の一言に俺は引っ掛かりを覚えた。


 一体何に期待しているというのだろうか。

 アリシアの護衛、はたまたマギア王国へ向かう船旅の道中のことなのか、さっぱりである。


 そんな疑問はさておき、まずは挨拶を返さなければならない。

 相手は伯爵、上流階級の人間だ。

 一応俺たちも『ルージュ』という家名と共に男爵位を一緒くたに貰ってはいるが、それはあくまでもトムとして変装している時に与えられた物で、今の俺たちはただの平民に過ぎない。

 平民の命など上流階級の人間の前では風前の灯火。機嫌を損ねれば面倒な事になることは火を見るより明らか。

 ここは慎重を期して対応すべきだろう。


「コースケと申します。本来であればこちらから名乗るべきであったにもかかわらず、バロー伯爵には申し訳ないことをしてしまいました。何卒ご容赦を」


 軽く頭を下げた俺に続き、ディアとフラムも卒なくバロー伯爵に挨拶をしていく。

 問題児であるフラムが奇跡的に大人しくしてくれたことに俺は心の中で安堵しながら、エドガー国王に向き直る。


「ところで国王陛下、フードを取っても構いませんか? このままの姿ではお二方に対して失礼にあたるかと思いますので」


 思ったことを正直に口にしただけなのだが、俺がそう提案した瞬間、エドガー国王はバロー伯爵に見えない角度から俺に向かって訝しげな顔をしてからすぐに嫌そうな顔を向けてきた。

 その表情から『何か余計なことを仕出かすつもりなんじゃないだろうな?』と言っているような気がしたが、エドガー国王は嫌々といった気持ちを隠して許可を出す。


「ああ、構わない。それと空いている席に腰を掛けてくれ。立ったままでいられると、こちらとしても話し難いからな」


「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」


 フードを取り、バロー伯爵の対面の席に俺、ディア、フラムの順で腰を掛けようとしたその時、バロー伯爵から感嘆の声が漏れ出る。


「おぉ……、なんという美しさ……。なるほど、フードで顔を隠していたのも頷ける。もしやディア殿とフラム殿は貴族のご令嬢ですかな?」


 バロー伯爵の視線には厭らしさは感じられない。純粋に美しいものを見たといった様子だ。


「確かに容姿は美しいが、彼女らは貴族でもその血縁者でもない。だが、もしその容姿に騙される愚か者がいれば、痛い目を見ることになるだろうな」


 今のエドガー国王の言葉には忠告と牽制の意味が含まれていたのかもしれない。

 バロー伯爵が二人に向けた視線の感じからして、手を出してくる可能性は限りなく低そうだが、エドガー国王の立場からしてみれば、僅かな可能性すら排除したいはず。

 フラムという爆弾を知っている以上、エドガー国王は爆弾が暴発しないよう注意を払ったのだろう。


「陛下がそうまで仰るとは……。陛下はこの三人をとても評価しておられるのですな。であれば、尚のこと心強い」


 何故か満足げに頷くバロー伯爵。

 だがこちらとしては、何故バロー伯爵がそこまで満足げにしているのかが全くわからない。

 話が見えてこなかった俺はエドガー国王に呼び出した理由を訊ねることにした。


「国王陛下、失礼ながら一つお訊きしても?」


「許す」


 普段のやり取りとの違いにかなりの違和感を覚えながらも、他人の目があるから仕方がないと割り切り、話を切り出す。


「私たちをお招きあずかった理由をお聞かせ願えないかと」


「……どこから話すべきか。コースケ、我らがプラージュに到着した際の町民の様子は覚えているか?」


 半日も経っていないことだ。当然覚えている。


「王女殿下と国王陛下のご来訪に大層喜んでいたと記憶していますが」


「異様なほどに、だ。国王と王女が訪れたとはいえ、普通であればあそこまで騒がれることはない。ここまでの道中で訪れた他の町を思い出してみれば簡単だ。今日ほど熱烈に歓迎されたことがあったか?」


 そうまで言われ、俺は気付く。

 港町プラージュの町民のあの喜びようは他の町に比べて異常であり、異様であったと。

 ただ単に港町プラージュでは王家への忠誠心や二人の知名度が高いだけだと俺はてっきり思っていたが、エドガー国王の口振りからして、どうやらそういうことではなかったらしい。


「無かっただろう? では何故我らの到着をああまで喜んでいたのか。それはプラージュの民たちが大きな勘違いをしていたからに過ぎない」


「勘違い、ですか?」


 国王と王女が訪れたことで生じる勘違いに全く見当がつかなかった俺はオウム返しで訊ねる。


「この件はバロー伯爵から訊いたばかりの話だが、どうやら民たちは『海賊』の討伐のために我らがプラージュに来たのだと思い込んでしまっていたようだ。相違ないな? バロー伯爵」


「はい、間違いありません。我が領地プラージュ近郊の海では昔から海賊が稀に出現していました。ですがここ数ヶ月、奴らの活動が急激に活発化し始めたのです。バロー家が抱える私兵を幾度と投じましたが、奴らは神出鬼没。加えて拠点も構成員もわからず、誠に不本意なことに海賊の襲撃に全く対応できていないのが現状……。申し訳ありません、陛下……」


 バロー伯爵はテーブルに額を擦り付けんとばかりに深々と頭を下げる。


「頭を上げよ。謝罪は先も受けた。それに此度の件はバロー伯爵だけの責任ではないと考えている」


「……感謝申し上げます」


 エドガー国王とバロー伯爵の二人だけで話が進みかけていたが、軌道修正をしたのか俺に話が振られる。


「コースケ、我らがマギア王国に向かう途中、もし海賊に襲われた場合、対処は可能か?」


 いきなりの質問だったが、困惑することなく冷静に返答する。


「敵の戦力がわからなければ答えようがありません。百なのか千なのか、そして一人一人の実力がどの程度なのか。それさえわかるのであれば、ある程度は推測できるかと」


 俺の返答に一つ頷き、エドガー国王はバロー伯爵に視線を向け、俺への説明を促した。


「海賊の襲撃にあった複数の商人から聞き取りを行い、今現在判明していることは、数は少数でありながら一人一人の実力が上級冒険者を軽くあしらうほど高いということ。それとこれはあまり参考にはならないかもしれんが、その海賊の一番の特徴は人殺しをしないことだろうか。他にも奴らは宝石類や貴金属の類いにしか興味を持たないとも訊いているが、果たして……」


 バロー伯爵の話を訊いている最中、俺はマギア王国に現れるという『義賊』のことを思い出していた。

 腐敗した貴族から金品を奪い、貧困に喘ぐ人々に配って回っているという噂の義賊。

 しかしここはラバール王国。しかも今回の賊は海上を縄張りとする海賊だ。話を訊いた限りでは噂の義賊と海賊は同じ組織とは思えない。


 頭の中で別のことを考え始める前に義賊のことを頭の中から追い出し、バロー伯爵に質問を投げかける。


「人殺しをせず、宝石や貴金属だけを盗んでいく海賊とのこのですが、でしたら被害者はほぼ商人に限定されるでしょうし、プラージュに住む人々に直接的な被害が及ぶことはないのではありませんか?」


「まさしく。だが、海賊がいるという事実だけで民が怯えるには十分な理由となる。海賊が人殺しをしないのはただの気紛れかもしれん。海上だけではなく、いつしか町に上陸してくるかもしれん。その可能性が僅かでもある以上、海賊を無視して生活することは難しいことなのだよ」


「同意見だ。海賊をこのまま無視することはこの国の王として許されることではない。しかし今はこの地に留まり続ける時間的余裕はない。故に、一度きりの大規模作戦を展開しようと考えている」


 エドガー国王はそう切り出し、説明を続ける。


「マギア王国へ向かう船に財宝を積み込み、我らが囮となる。海賊が現れればそれを捕らえ、現れなければ我らはマギア王国へと向かう。無論その際、海賊が現れなかったからといってそのまま放置することはない。帰還次第、別途対策を練ろう。そこで、だ。コースケたちに一つ頼みがある」


 海賊退治をやらされるのだろうと内心思いつつ、俺は力なく首を縦に振り、話の続きを促した。

 しかし、そんな俺の予想は実にあっさりと外れることになる。


「海賊の対処はこちらで行う。だからお前たちにはアリシアの護衛を頼みたい」


 予想外の頼みに俺は口をぽっかりと開けて驚きを露にし、そしてバロー伯爵は、というと……。


「――へ、陛下!?」


 国王自らが囮になると宣言をしたことに、声を大にして驚きを露にしていた。

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