第325話 面談

 騎士団員との面談はその日の内に行われることになった。

 なんでも、強制依頼の期日はパーティー別に設定されているわけではないため、最終日である今日に強制依頼の手紙を受け取った冒険者たちが来るであろうことを見越して、面談相手となってくれる騎士団員に時間を事前に空けてもらっていたらしい。


 面談場所はパーティー別に王都の東西南北の門付近に設けられている仮設の駐屯所で行われることになっている。

 ちなみに俺たちが割り当てられた面談場所は北。

 面談が問題なく済み次第、そのまま依頼に取り掛かってくれとのことだ。

 リディアさん曰く、最も人手が足りておらず、工事の進捗状況が悪い北壁に俺たちを送り込むことで状況の改善を図りたいらしい。

 しかし、俺たちへの依頼内容は監視と鎮圧だ。誰が向かおうとも監視をするだけでは工事の進捗状況が改善するとは到底思えないのだが、リディアさんにはどんな思惑があるのだろうか。正直疑問が尽きない。


 そんなこんなで面談時間である午後一時までのんびりと時間を潰した俺とディアは、約束の時間の五分前に駐屯所の門を叩いた。


「すいませーん!」


 駐屯所は丸太で建てられたログハウスのような簡素なものだった。でかでかと『駐屯所』と書かれた看板が無ければ、ここが駐屯所であるとは誰も思わないだろう建物だ。


 ノックと呼び掛けの声を上げてからすぐに木製の扉は軋んだ音を鳴らしながら開いた。


「Aランク冒険者パーティー『紅』の方々ですね? 話は冒険者ギルドから訊きました。まずは冒険者カードの提示をお願いします」


「あっ……」


 扉の先から現れたのは、ウェーブがかかった金髪ショートカットに翡翠のような美しい緑色の瞳を持つ、中性的な顔立ちをしたイケメン――セレスト・サンテールさんだった。

 以前、反王派貴族の反乱時に俺の付き人として一緒に行動した女性近衛騎士だ。男性だと勘違いして接してしまった時の恥ずかしい記憶が鮮明に蘇ってくる。


「……? どうかされましたか?」


 俺の不自然な態度に疑問を持ったのか、俺の顔を覗き込んでくる。

 初対面の時はトムとして行動していた時だったので、冒険者パーティー『紅』のコースケとして顔を合わせたのはこれが初めてなのだ。見知った人ではあったが、ここは初対面として振る舞わなければならない。


「あ、いえ、なんでも。『紅』のリーダーを務めているコースケと言います。よろしくお願いします」


「同じく『紅』のディアです。初めまして」


 名刺代わりに俺とディアの冒険者カードを俺がセレストさんに手渡す。ディアの冒険者カードを俺が手渡したのは、俺が常日頃から全員分の冒険者カードを管理しているからだ。

 冒険者カードに軽く目を通して確認を終えたセレストさんから冒険者カードが返される。冒険者カードの偽造を疑うような仕草がなかったのは事前に冒険者ギルドから連絡が来ていたからだろうか。少し無用心な気がしないでもないが。


「自己紹介が遅れてしまいましたね。近衛騎士団所属、セレスト・サンテールと申します。人手不足もあって今は騎士団の手伝いをしていますが、基本的にはアリシア王女殿下専属の近衛騎士として忠義を尽くさせていただいています。とりあえず立ち話もなんですから、中へどうぞ。少し散らかっているかもしれませんが」


 駐屯所の中へと通される。

 建てたばかりということもあって、建物内は木材特有の香りで満たされていた。

 そして椅子に座った俺たちは立ち話の続きをすることになった。


「セレストさんはアリシアの――コホンッ、アリシア王女殿下の専属騎士なんですか?」


 ついいつもの癖でアリシアを呼び捨てにしてしまいそうになったが、ギリギリのところで何とか誤魔化す。


「はい。とは言っても、つい最近人事異動したばかりですので、アリシア王女殿下と懇意になさっているお二人が知らないのも無理はないかと。それと『紅』の皆さんのお話はよくアリシア王女殿下から聞き及んでいますので、面談をする必要はあまりないと思っていますが、形だけはさせていただきますね」


 冒険者カードの偽造を疑わなかったのは、アリシアから俺たちの特徴などを訊いていたからなのだろうと俺は納得した。

 それにしても、一体どんな経緯で近衛騎士団員の一人でしかなかったはずのセレストさんがアリシアにつくようになったのだろうか。そんな疑問が湧き上がり、俺は質問をぶつけてみることにした。


「どんな経緯でセレストさんはアリシア王女殿下の専属になったのですか?」


 俺がそう訊ねると、セレストさんは苦笑いを浮かべた。


「正直あまり自慢できる話ではないのですが、先の反乱での働きが認められたことと、私が女であることがアリシア王女殿下の専属騎士として選ばれた理由なのだと自己解釈しています。あの時の私は、あの方の付き人として動いていただけで何もしていなかったので申し訳ない気持ちで……」


 徐々に声が小さくなり、最後の方の言葉はかなり聞き取り難かったが、『あの方』とは間違いなく俺のことだ。セレストさんもまさか当の本人が目の前にいるとは思いもしていないに違いない。


「だいぶ話が逸れてしまっていましたね。そろそろ本題に移りましょう。お二人に関しては人柄にも適正にも問題はないでしょうし、早速ですが仕事の内容を簡単にお伝えしますね。基本的な仕事は騎士団員と共に行動し、作業従事者を監視していただきます。その際の注意点としましては、お二人は決して作業従事者に口を出さないようにして下さい。例えサボっている者がいたとしても、絶対に注意してはいけません。暴力も禁止です。もちろん向こうから害意を向けられればその限りではありませんが」


「どうして注意をしたらいけないんでしょうか? 注意しなければ作業効率の低下を防げないと思うのですが」


「ごもっともな意見ですが、今回投入されている作業員の大半は罪の代償として労役が課された者たちです。もしサボるようなことがあれば罪を償ったと判断されず、再度投獄されることになっているため、騎士が監視を行うと共に罪人の働きぶりを密かに採点しているのです。更正の意志があることは自らの働きぶりで示してもらわなくてはいけませんので」


 ただ労役を課すだけではなく、更正の意志があるかどうかの判断材料として大規模開発工事が利用されているということらしい。であれば俺たちが口を出すような行為は国からしてみれば余計なお節介ということになる。そういった行為をさせないためにも、こうしてセレストさんは俺たちに注意を促したのだろう。


「つまり……わたしたちは観てるだけでいいの?」


 一体俺たちに何をやらせるつもりなのかと若干身構えていたこともあり、説明された仕事内容にディアは拍子抜けしている様子だ。かくいう俺も同じ気持ちである。


「脱走者や謀叛の兆しがあれば、対象者の捕縛に協力していただくことになりますが、基本的にはそう思っていただいて構いません」


「観ているだけだったら、わざわざ冒険者を……それも上級冒険者を雇う意味がないと思うんですが」


 俺がそう疑問を投げ掛けると、セレストさんは真剣な表情で首を左右に振った。


「いいえ、意味はあります。凄腕の上級冒険者が目を光らせている――その事実があるだけで脱走を企む者が劇的に減少しますから。南壁ではSランク冒険者パーティーである『新緑の蕾』が監視役に加わって以降、脱走を試みる者が明確に減ったことからも、その効果は実証されたと判断していいでしょう」


 もしかしたらとは内心思っていたが、やはりブレイズたち『新緑の蕾』も今回の依頼を受けていたようだ。自らの意思で受けたかどうかまではわからないが……。


「そんな経緯もあって、実は、元マルク公爵領が近く脱走を企てる者がなかなか後を絶たない北壁に、『新緑の蕾』のブレイズさんが『間違いなく『紅』が適役だ、俺が保証する』と薦めてくれたので、北壁に『紅』の皆さんを優先的に配置するよう冒険者ギルドに頼んでいたのです。我々騎士団の威光が罪人に届かない事実は大変嘆かわしいですが……」


 思わぬところから俺たちを売った犯人が判明した。

 ほぼ確実にブレイズが『俺たちだけが苦労するなんて許せねぇ。『紅』も巻き込んでやる』という悪意のもと、俺たちを推薦したに違いない。

 今度会ったときに文句を言ってやると俺はこの時、心に誓ったのであった。

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