第324話 強制依頼

 冒険者ギルドが混み合う時間を避けるため、昼前に到着するよう時間を調節してから、強制依頼と書かれていた手紙を持って屋敷を出発した。


 賑わいをみせる王都をディアと二人で雑談を交えながら冒険者ギルドに向かって歩いていく。


「ノイトラール法国もそれなりに賑わってたけど、王都はそれ以上だね。でも王都ってこんなに人通りが多かったっけ?」


 お祭り状態と言ったら流石に過言かもしれないが、普段よりもどこか人通りが多く感じる。それにあわせて露店商などの人を呼び込む声がそこら中からひっきりなしに聞こえてきていた。


「うん、いつもより多い気がする。それに何だか疲れきった顔をしてる人がいっぱいいるような……」


 ディアにそう言われて辺りを見回してみると、槍やロングソードなどの長物を杖代わりにして歩く冒険者と思われる人たちの姿があちこちに散見されることに気付く。

 覇気がなく顔色も芳しくない。だが怪我をしている様子がないことから、おそらく疲労から来たものなのだろう。

 俺たちのちょうど目の前を歩く男女二人組の若そうな冒険者も似たような状態らしく、男の嘆き声が耳に飛び込んできた。


「……限界だ、働きたくない。もう今日は休もう――」


「――何弱音なんて吐いてるのよっ! 稼ぎ時に稼いどかなきゃ勿体無いでしょ!? 死ぬ心配もなくて、こんなに割の良い依頼なんて滅多にないんだから! ほらっ、ギルドに行って依頼を受けるわよっ!」


「……いやいや、今にも死にそうなんだが? ちょっ、待っ――」


 腕を絡め取られてずるずると引っ張られていく男。

 そこには恋人が腕を組み合って歩くような甘ったるい空気など微塵もありはしない。


「何だか嫌な予感が……」


「うん、同感……」


 激しく嫌な予感を抱きつつも、俺たちは冒険者ギルドへと歩を進めた。




 普段は混み合うことのない時間であるにもかかわらず、冒険者ギルドは賑わいをみせていた。いや、この場合、人が多いだけで冒険者たちの顔色は悪く、人混みのわりに口数が少ないと表現した方が正しいかもしれない。

 いつもであればディアの美貌に惹かれて注がれる数多の視線も、今日に限ってはほんの僅かだけ。そんな冒険者たちの様子に嫌な予感がより一層強まっていく。


「……まずは受付の列に並ぼうか」


 人波を掻き分けて受付の列にたどり着き、それから待つこと三十分。ようやく俺たちの順番がやってくる。

 受付に立つ女性のギルド職員は残念なことに見知った人(副ギルドマスターであるリディアさん)ではなく、落ち着きがないというか手際があまり良くないというか、とりあえず新人の職員だとみて間違いなさそうだった。

 おろおろとした仕草で声を掛けられる。


「お、お待たせしましたっ。依頼の受注でしょうか? 達成報告でしょうか? 冒険者登録でしたら別の窓口で――」


 俺は事前に疑似アイテムボックスから取り出していた『強制依頼』と書かれた手紙を女性職員に手渡した。


「こんな手紙が家に届いていたんだけど、受付はここであってるかな?」


 冒険者たるものギルド内で敬語をあまり使わない方が良いというリディアさんからのありがたい諫言を思い出し、砕けた口調でありながらキツくなりすぎない言葉を選んで女性職員に問い掛ける。


「手紙……ですか?」


 手紙を受け取った女性職員はすぐさま手紙を開き、目を通していく。

 短文だったこともあり、すぐに手紙を読み終えた女性職員は慌てた様子で俺たちを置き去りにし、受付を空席にした。

 それから待つこと数分。

 女性職員はリディアさんを連れて戻ってきた。


「コースケ君に、ディアさんじゃない。ず・い・ぶ・ん・と久しぶりね。フラムさんはいないようだけど、二人は元気にしてた?」


 怖いぐらいの嘘臭い笑みを顔にペタりと貼り付けたリディアさんが挨拶をしてくる。その顔を良く見てみると、化粧でうまく誤魔化してはいたが、はっきりと目の下に隈が出来ていた。

 どうやらリディアさんから届いた手紙に書いてあった『過労で今にも死にそう』というのは文面通り本当のことだったらしい。


「あははは……。フラムはちょっと私用で」


 返答に困った俺は空笑いでその場をやり過ごす。下手に『元気にしてた』なんて口にしたものなら地雷を踏みかねないからだ。

 リディアさんの笑みは崩れない。

 俺はこの状況を打破すべく、本題を持ち出すことにした。


「強制依頼って話だけど、俺たちは何をすればいいのかな? 討伐? それとも護衛だったり?」


 上級冒険者求むと手紙に書いてあったことから、採取などの簡単な依頼ではないと思っての発言。だがリディアさんからの返事は俺の想定になかったものだった。


「後で依頼リストを渡すから、その中から好きな依頼を好きなだけ選ばせてあげる。十件でも二十件でもいいわよ? それに、どれも報酬が良い依頼ばかりだから安心してちょうだい」


 安心できる要素なんて今の言葉の中には一つもありはしない。

 しかも暗に強制依頼は一件だけに留まらないことを告げられ、俺はガクリと頭を下げた。


「とりあえず別室に案内するわね。そこでリストを渡すから」


 有無を言わさぬ物言いに、俺とディアは大人しくリディアさんの背中を追った。




「好きなところに座っててちょうだい。紅茶をいれてくるから」


 案内された部屋はギルドマスターであるアーデルさんの執務室ではなく、六畳ほどの小さな部屋だった。

 調度品は少なく、部屋にあるのはテーブルと六脚の椅子くらいなもの。少人数パーティー専用の応接室か何かなのかもしれない。


 紅茶の華やかな香りが室内に漂い始め、それぞれが一度口をつけ終えたタイミングでリディアさんが依頼リストを俺とディアに見えるようにテーブルの上に置いた。


「今王都で大規模開発工事が行われているのは知っているわよね?」


 知っていて当然とばかりの問い掛けに、俺とディアは揃って頭を縦に振る。


「それは知ってるけど、それと冒険者ギルドへの依頼の増加とどう関係が?」


「国王様発案の事業とのことで、ラバール王国から大量の依頼が冒険者ギルドに来たのよ。王都の拡張に必要な資材の確保や運搬、はたまた純粋な労働力として冒険者を雇いたいなどといった多岐に渡った依頼がね。当然、冒険者の本分である王都周辺の魔物の駆除も依頼されているわ。そんなこともあって今は深刻な冒険者不足なのよ」


 冒険者ギルドが忙しくしている理由はわかった。だが上級冒険者を欲している理由がいまいちわからない。


「どうりで疲れた顔をした冒険者が多いわけだ。でも強制依頼を出すほどの緊急事態だとはあまり思えないし、何で上級冒険者が必要なんてことに? 強力な魔物が大量発生したって雰囲気でもないし」


「強制依頼を出したのは強力な魔物が出たからじゃないわ。純粋に上級冒険者の人手が足りなかったのよ。上級冒険者って変わり者が多いじゃない? 特に上のランクになればなるほど魔物を倒すことにしか興味がなかったり、名誉・名声に繋がらない依頼は受けなかったりとか。報酬が良い依頼ばっかりなのに、全然依頼に興味を持ってくれなくて。だから仕方なしに強制依頼を出したのよ」


  『じゃない?』なんて言われても正直あまりピンと来ないというのが本音だ。過去に会った上級冒険者は比較的まともな人しかいなかったが、俺たちが偶然まともな上級冒険者にしか会ってなかっただけなのだろうか。

 言わずもがな、俺たち『紅』には変わり者いない。……おそらく……たぶん。


 そんなことを俺が考えているうちにリディアさんは話を進めていく。


「それでどうして上級冒険者が必要なのかってことなんだけどね、大規模開発工事における監視・鎮圧役が足りていないのよ。もちろん他にもやってもらいたい依頼は山ほどあるんだけど、コースケ君たちほどの実力者には監視・鎮圧の依頼を優先的に引き受けてもらいたいの」


「監視? 鎮圧? それって、また反乱みたいなことが起こるってこ――」


 全てを言い切る前にリディアさんは慌てて手をぶんぶんと振り、俺の勘繰りを否定した。


「違う違う! 少し説明不足だったわね……。今回の大規模開発工事には、この間の反王派貴族が起こした反乱に加わった兵士が労働力として投入されるのよ。まぁ兵士といってもその大半は無理矢理徴用されたただの一般人らしくて、国王様はその人たちの処遇に頭を抱えていたみたいなの。牢もパンパンになってたし、罪人の食費とかの管理費も馬鹿にならないし、だからといって処刑するわけにはいかないしとかで。無罪放免とするのも体裁が悪いから、結局労役を課すことにしたそうよ。大規模開発工事が終了次第反乱に加わった兵士たちは解放されるって流れになるらしいのだけど、労役中に脱走したり謀叛を企てる輩が現れるかもしれないから、騎士団と行動を共にする監視役と、もしもの時のための鎮圧役を派遣してほしいと依頼されたの。実力と人柄重視でね。依頼を受けるにあたり、一度騎士団の方との面談のようなものがあるけど、コースケ君たちなら問題ないと思うし、この依頼を引き受けてくれないかしら?」


 数ある依頼リストから選ばせて貰えるという話だったはずだが、いつの間にかに選択肢のない状況に誘導された気がしないでもない。

 結局、俺とディアは相談した結果、その依頼を引き受けることにしたのであった。

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