第315話 二つ目の神器
自害したマルセルの身体が霧となって消え去っていく。
魔力制御を困難にする結界は勿論のこと、マルセルの血痕も肉片も、まるで夢幻のように綺麗さっぱり跡形もなく消えていった。
残ったのは戦いの痕跡と、服装はどうあれ無傷の俺たち三人、そして拳大サイズの紫水晶――神器。
「ディア」
紫色に輝く神器は徐々に輝きを失い、一見するとただの透明な水晶玉のようになっていく。
俺に呼ばれたディアは地面に転がっていた神器を拾い上げ、それを優しく包み込むように胸元へと寄せる。
すると光を失った神器は神々しいほどまでに光輝き、ディアの身体の中に吸い込まれていった。
「……うん、これで神器は二つ目。急速に私の力が戻っていくのを感じる。身体能力、魔力、それと使える力が増えたみたい」
残りの神器はラフィーラの言葉を信じるとすれば、後三つ。
元々今回の目的は『
苦戦こそしたものの、何はともあれ万事上手くいったと俺は心の中でそう評した。
安堵の表情と共にそう口にしたディアにフラムは疑問をぶつける。
「ほう……興味深いな。一体どんな力を得たのだ?」
「色々あるけど、主な力は四元素魔法に分類される魔法系統スキルに対する絶対的な耐性かな? それと……これはやってみないとわからないけど、死者を蘇らせることもできると思う」
「それは……凄いな。魔法が全く効かないというのも凄いとは思うが、何より死者を蘇生させるスキルなど今まで見たことも聞いたこともないぞ」
「厳密に言うと、実はわたしの力は皆が持つスキルとは少し違うの。権能? とでも言えばいいのかな? スキルはアーテが創造したものだから、わたしが持つ力とは別の物なんだよ。あと、死者を蘇生できるとは言っても、たぶん死後十分前後の者にしか使えないと思う。それ以上時間が経つと魂が肉体から離れちゃうから蘇生させたとしても中身の無い空っぽの抜け殻しか残らないの」
俺からしてみれば、何でもありのこの世界で死者を蘇生させることができる力よりも、魂という存在が本当にあった事実を知った驚きの方が大きかった。
「まぁそれでも十分凄いと思うぞ? おおっぴらにすると面倒事を呼びそうな力ではあるが」
「うん、わたしもそう思う。だからわたしはこの力を極力使わないつもり。……たぶん」
ディアが最後に曖昧な言葉を使ったのは、おそらく目の前で死に逝く人たちを見過ごすことができる自信がなかったからだろう。ディアらしいと言えばらしい言葉だ。
「その力はディアの力なのだ。自分の思うがまま力を使えばいい。面倒事があれば主が何とかしてくれるだろうしなぁ?」
からかうような視線がフラムから俺に向けられるが、俺はその視線を苦笑いで受け流し、ある一点に視線を固定していた。
そんな俺の態度にディアとフラムは首を傾げ、俺の視線の先に目を向ける。
ある一点とはマルセルが自害するために作り出した土針のすぐ近くの地面。
そこには目を凝らして見なければ気付かないほど小さく白い芋虫に似た何かが地を這っていた。
「……む? なんだあれは?」
希薄な気配だったこともあり、フラムは全く気付いていなかったのか、目をすぼめて興味深そうに観察する。
ちなみに俺の『神眼』では芋虫の情報はこのように表示されている。
No name
寄生、五感の同調
英雄級スキル『以心伝言』Lv1
対象者との情報・感覚共有
情報を視た限り、この正体不明の芋虫はどうやらマルセルに寄生していたようだ。名前が無いことも不気味だが、何より何故こんなものがマルセルに寄生していたのかが謎で不気味で仕方がない。
「うげ、気持ち悪いな……。こういうものはさっさと駆除するに限る」
芋虫に似た何かの命の灯火は今にも消えかけようとしているようで、小さな身体を震わせながら懸命に俺たちに向かって地を這っている。
フラムはそれを踏み潰そうとはせず、結界が消えて魔法系統スキルが使えるようになっていることに気付いていたらしく、小さな火球を手のひらに生み出し、芋虫の向かって放とうとしたその時、芋虫からノイズ混じりの声が聞こえてきた。
「――見つけた」
男とも女ともわからないノイズ混じりのその声が一瞬で俺の背筋をゾクリと凍らせた。
反射的に紅蓮を構え、俺は警戒心を最大に高める。
芋虫から発せられた言葉はそれだけで終わりではなかった。
「久しぶりね、フロディア。自由になった今の気持ちはどう?」
「……アーテ」
警戒心を隠そうともせず、ディアは緊張した声音でそう小さく呟いた。
「貴女たちの戦いぶりはマルセルの視覚を通して見せてもらったわ。まさかマルセルが負けるなんて思っていなかったけれど、念のためにこの子を創造し、寄生させておいて正解だったわね。お陰で貴女たちの顔をこうして見ることができたもの。それにしても随分と優秀な者たちを仲間にしたみたいね」
聞き取りにくい声だったが饒舌に語っているあたり、アーテの心うちが僅かながらに見えてくる。
興味と喜びの感情が前面に押し出されており、そこに憎悪の感情は垣間見られない。
「……」
ディアは眉間に皺を寄せるだけで何も答えない。
「久々にお話ししようと思ったのに無視されるなんて悲しいわ。でも仕方ないかしら。貴女の力を奪い、檻の中に閉じこめたのは私なのだもの」
嘲笑混じりのアーテの言葉にディアがゆっくりと口を開く。
「……アーテ、貴女は一体何がしたいの? 世界に魔物を生み出し、スキルを与えた貴女の意図が未だにわからない」
「そのことに関しては前にも言ったと思うけれど? 誰もが幸福な世界は腐っていく。だから強者がこの世界全てを導いていかなくてはいけない、と」
「それがわたしにはわからない。あの時代の世界は平和だった。もちろん多少なりとも争いがあったことは知ってる。でも、世界に魔物が蔓延り、スキルを得たことで人々は、人々の生活は大きく変わってしまった。それは人以外の生物だって一緒。何かを守るため、何かを得るために戦い、本来亡くなるはずの運命にない多くの生命が犠牲になった。貴女はそんな世界をわたしより長い間その目で見てきたはず。それでも貴女の考えは変わらないの?」
長年に渡って抱いていた疑問を問いかけるディアの声色は真剣そのもの。
アーテの真意が知りたい。そんな感情が溢れ出ているように感じた。だが、アーテがその問いに答えることはなかった。
「――ふふっ、おそらく貴女には理解できないし、されるとも思わない。でも、そうねぇ……。貴女が私と再会できたその時に、改めて私の考えを教えてあげるわ」
「……わかった」
ディアのその言葉を最後に、数秒間の沈黙が生まれる。
俺はそのタイミングでアーテに問いを投げ掛けることにした。
「一つ訊きたいことがある」
「何かしら? もうすぐこの子が死んじゃいそうだから手短にお願いね」
アーテの言う『この子』とはマルセルに寄生していた芋虫を指していることは明らか。
白い芋虫は今はもう身動ぎ一つしていない。今となってはアーテの言葉をどこからともなく出力しているだけの状態になっていた。
「捏造された歴史を伝える聖ラ・フィーラ教の創始者はお前か?」
ディアの立場は聖ラ・フィーラ教によって真逆の立ち位置にされてしまっている。本来であれば邪神はフロディアではなくアーテであるはずなのだ。にもかかわらず聖ラ・フィーラ教はフロディアことディアを邪神扱いしているのが腑に落ちないし、どうしても納得ができない俺がいた。
「面白い質問ね。マルセルを倒して見せたご褒美として答えてあげる。聖ラ・フィーラ教を創設したのは私ではないわ。私とフロディアが戦い、その戦いの余波を防いだラフィーラの姿を目の当たりにした人間が作った宗教よ。もし仮に私が創設者だったら、わざわざラフィーラの名を冠した組織になんてしないもの」
「なら、一体どうしてディアが邪神として扱われてるんだ? 戦いを見た人々なら、どっちが悪でどっちが正義かなんて間違えないはずだ」
怒りの感情が隠しきれず、自然と敵意を剥き出しにした言葉遣いになっていた。
だがアーテは気分を害することなく、俺の憤りを笑って受け流し、問いに答えたのであった。
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