第282話 千載一遇の好機
「私たちが最初に足を運んだのは冒険者ギルドよ。ドルミール草の採取依頼を、あの後ギルドマスターがどうしたのか気になったから行ってみることにしたの。そしたら案の定と言うべきか、依頼は取り下げられていたわ。ギルドマスターなりに考えた結果、人命を優先したのでしょうね。それで私たちはふと思ったの。冒険者ギルドからドルミール草の供給が完全に途絶えてしまった今、聖ラ・フィーラ教はこれからどうするつもりなのかと、ね」
ドルミール草の調達を冒険者ギルドに丸投げしていたつけが回ってきたことで、さぞかしマヌエル・ライマン枢機卿は慌てているのではないだろうか。
このままドルミール草の確保・調達を諦めてくれれば、全てが丸く収まってくれるのだが、果たして……。
「なるほどね。そして二人はレーガー枢機卿に連絡を取ったってところか。それで、結果は?」
「臨時の会議が開かれたそうよ。議題は『不足が予想されるドルミール草の調達方法について』。今でこそドルミール草は悪用されてしまっているけれど、本来は教会に所属する治癒魔法師用の魔力回復薬の材料として使われていたこともあって、院長……レーガー枢機卿を除いた会議の出席者全員が解決策を必死に模索していたようよ。当然、マヌエル・ライマン率いる強硬派が中心となってね。そして議論の結果、ドルミール草を調達するためにノイトラール法国は兵士を出すことにしたとのことよ」
「まぁ普通に考えればそうなるか。出費も抑えられるし、訓練の一環にもなるだろうし、まさに一石二鳥と言えるかもね」
自国の兵を使えば、冒険者に委託していた時とは違い、報酬を支払う必要がなくなるため、出費は多少なりとも抑えられるだろう。無論、兵が使用する装備の整備や食費などを負担することにはなるが、練兵のための野外訓練だと思えばお釣りがくるくらいだろうと俺は考えた。
しかしそんな俺の考えは、悪役染みた怖い笑みを浮かべるエルミールによって否定されることになる。
「――ふふっ。そう思うわよね、普通は。でも実際は苦渋の決断だったそうよ」
「えっ? そんなに難しい決断とは思えないけどな」
山に登って採取するだけの簡単なお仕事でしかないはずだ。
現にドルミール草の採取依頼は、ラウロたちのような低ランク冒険者が主に引き受けていると聞いていた。
苦労しそうな点を強いて挙げるとするならば、寒さと魔物くらいなものだが、どちらも対処は如何様にも出来る程度のレベルでしかない。訓練を受けている兵士であれば、然して問題にはならないはずだ。
「抱えている兵の数がとても少ないのよ。ノイトラール法国が大国なら話は変わったのでしょうけど、この国は所詮小国に過ぎないわ。それも他国との戦争を全く想定していない国ともなれば、兵士なんて国内の治安維持に必要な数しか揃える必要がないもの。ここからはあくまで私の推測でしかないけれど、兵の練度も他国と比べてしまえば、たかが知れたものでしかないでしょうね。ドルミール草の採取に関しても、兵の数が足りていないから冒険者ギルドに委託していたのだと私はみているわ」
エルミールの考えを要約すると、ドルミール草の採取に人員を割く余裕がノイトラール法国にはないということになるが、俺はその考えに待ったを掛ける。
「いくらなんでもそれは無いんじゃないか? ドルミール草の採取なんて二、三人いれば十分だろうし、多く集めるにしたって十人もいれば人手は足りると思うけど」
小国と言えど、十人程度の兵も割けないほど深刻な人手不足に陥っているとは考え難い。ましてや採取場までの道中に出現する魔物は弱いものばかりなのだ。弱兵でも務まる仕事に過ぎない。
「確かに十人もいれば人手は足りるでしょうね。平年通りの量で良ければの話だけれど。でも『
「時間が残されていない?」
「ええ。季節はもうじき冬になる。この地域の冬はラバール王国の王都とは比べ物にならないほど厳しいものよ。大量の雪が降り積もり、雪かきをしなければ歩くこともままならないほどに。当然それはレド山脈も例外ではないわ。むしろそれ以上ね。整備された山道なら、スキルを使ったりと工夫すれば歩けないこともないでしょうけれど、ドルミール草の採取場までの道のりは全く整備されていないわ。だから大雪が降る前に、なんとしてもドルミール草を採取しにいかなくちゃならないのよ」
気象衛星がないこの世界では、正確な天気を知る術はないに等しい。
いつ大雪が降るかわからない以上、うかうかしている時間はないのだろう。であれば、選択肢は自然と限られていく。
ドルミール草を諦めるか、大雪が降る前に多くの兵を動員し、一度の遠征で大量に採取するか。そのどちらかに絞られていく。
そしてマヌエル・ライマンは後者を選択した。
ライマンからしてみれば、まさに苦渋の決断だったと言えるだろう。何せ、ドルミール草の採取に多くの兵を割いてしまえば必然的に国内の警備が手薄になってしまうからだ。
平時であれば然程大きな影響はないと考えたかもしれないが、今この時だけは別。
輸送部隊を尾行した俺たちこそ処分したことになっているはずだが、ボーゼ・レーガー枢機卿を筆頭とした、『治癒の聖薬』を快く思っていない不穏分子の影がちらついている状況で、国内の警備を手薄にはしたくなかったはずだ。
逆に俺たちからしてみれば、千載一遇のチャンスだと言えるだろう。当然ながら、この機を逃す手はない。
「話はわかった。それで、肝心な遠征の予定日はいつなんだ?」
「遠征予定日はちょうど一週間後よ。もちろん場合によっては予定が変更される可能性はあるとは思うけれど、どちらにせよ準備はしておいた方が良いわ」
どうやらエルミールも俺と同じように、警備が手薄になる遠征日を絶好の機会だと考えているようだ。
であれば、仕掛ける日は決まったも同然。
残された問題は、俺たちがその日にどう動くかにある。
「準備を怠るつもりはないよ。当日の作戦を考える前に、最後にもう一度だけ確認しておきたいことがあるんだけど、いいかな?」
「別に構わないけれど……何かしら?」
わけがわからないといった風にキョトンとした表情を浮かべるエルミールに、俺は最終確認を行った。
「目的は『治癒の聖薬』の生産を止めること。これで間違いないか?」
「ええ、その通りよ。だけど、どうして今更そんなことを聞いてきたのかしら?」
「うーん……なんとなく、かな?」
とぼけるようにそうは言ったものの、実際は僅かながらに考えあっての発言だった。
それは目的意識の共有・向上にある。
目的意識を共有し、脳に刷り込むことによって、少しでも互いの関係性を高められたら、と考えたのだ。
正直あまり意味はないかもしれない。しかし、何もしないよりかは幾分かマシだろう。
作戦決行日当日に仲違いなんてことになってしまえば、いくら周到に準備をしていたとしても失敗に終わるに違いない。
願わくは、互いの背中を任せられるような関係になれれば、と俺は思っていた。
「意味がわからないのだけれど……まぁいいわ。そんなことより当日の作戦を考えましょう」
エルミールの提案を断る理由は特にないので、俺は大人しく頷き、当日の作戦を考えることにしたのであった。
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