第258話 単独行動
ドルミール草に関する事件の真相をある程度得た俺たちは、冒険者ギルドを後にした。
去り際にギルドマスターは疲労の色が濃い表情と声で『儂は此度の騒動の責任をとって、ギルドマスターを辞任する』と言っていたが、俺たちが気にする必要も気に病む必要もないだろう。
少し冷たいと思われるかもしれないが、ギルドマスターが不正に手を染めたことは紛れもない事実なのだ。
贖罪のために自らギルドマスターの座から降りるというのであれば、その決断をわざわざ俺たちが止める必要性はない。少なくとも俺はそう判断したのだった。
現在の時刻は十二時を少し過ぎた頃である。
昼時ということもあってか、どこを見渡しても人だらけ。特に飲食を提供する店の前には多くの人だかりが出来ていた。
少しでも余所見をしながら歩けば、たちまち迷子になってしまうほどの人混みに俺は辟易しつつ、『はぐれないように』と注意換気をするために後ろを振り返った。が、しかし、既に手遅れだったようだ。
「はぁ……フラムは?」
いないとわかっていながらも、そう聞かずにはいられなかった。
「いつの間にかにいなくなってた」
やはりというべきか、ディアからの返答は予想通りのものだった。おそらく、どこからともなく漂ってくる様々な料理の匂いに釣られてフラフラとどこかへ消えてしまったのだろう。
「あの女なら、十分ほど前には既にいなくなっていたわ」
遅すぎる情報を俺に提供してくれたのはエルミール。
何故か『比翼連理』の二人は冒険者ギルドを出た後も、未だに俺たちと同行している。同行してくる理由はわからないが、害はなさそうなので何も言わずに好きにさせていた。
「まぁフラムなら心配はいらないか。どうせどこかで買い食いしてるだけだろうし」
いざとなったら『気配完知』で探せばいいだけの話だ。仮にフラムが『気配完知』の範囲外にいたとしても、フラムと契約している俺ならば、すぐに呼び寄せることが出来るため、然程心配はしていない。
「随分と甘い対応ね。パーティーを組んでいるのなら、団体行動は必須よ?」
「甘いと思われるかもしれないけど、フラムの場合は無理に縛り付けると後々爆発しそうだから」
「確かにあの女の性格なら、あり得ない話ではないわね。むしろ賢明な判断だと思えてきたわ」
知り合って間もないにもかかわらず、フラムの性格をエルミールは大方掴みかけているようだ。ただ単に、仲が悪いが故の悪口かもしれないが。
「フラムの事は一旦置いといて、俺たちも昼食にしようか」
「うん、賛成」
「そうね。エドワールもそれでいいわよね?」
「……エルミール姉様が行くなら」
半分は社交辞令のつもりで言ってみたのだが、どうやらエルミールはついてくる気満々の様子。しかし、エドワールは姉とは対照的に渋々といった様子だ。未だに俺の事を嫌っているのだろう。
この国の地理に詳しくない俺に代わってエルミールが、小さな店ながらも小洒落た雰囲気のカフェ? に俺とディアを案内してくれた。(小洒落たといっても、建物自体は白一色で統一されている)
「静かで落ち着いた雰囲気のお店だね。わたしは好き」
ディアはかなり気に入ったらしく、物珍しそうに店内をぐるりと見回している。
エルミールが案内してくれた店のインテリアは、店の外観とは違って白一色ということはなかった。
緑豊かな観葉植物が店内を彩り、統一感のあるアンティーク物の家具が店内に落ち着いた雰囲気をもたらしている。
「気に入ってもらえたようで何よりだわ」
まるで自分の店が褒められたかのように、エルミールは自慢気な表情を浮かべ、満足そうに何度も首を縦に振って頷く。
「ノイトラール法国にこんなお洒落なお店があるなんて少し驚いたよ。他のお客さんが一人もいないのは意外だけど」
大通りから少し外れている場所に店があるとはいえ、客が他にいないのが不思議でならないが、俺たちからしてみればラッキーだといえよう。
だが、客が他に一人もいないこの状況は幸運だったから、というわけではなかったらしい。
「意外も何も、私たちが貸し切っているのよ。だから他にお客さんがいないのは当然のことよ」
「貸し切ってるって……。そんなすぐに貸し切れるもんなの?」
「すぐに、ではないわ。私たちがこの国に来てからずっと貸し切ってるってだけ。それに二階が宿泊施設になっているから色々と便利なのよ。なんだかんだ貸し切ってからもう一ヶ月ほど経つかしら?」
店を貸し切るなんて発想は、俺には今まで一度も思い付かなかった。
少し卑しい話になるが、一ヶ月も店を貸し切るなんてどれほどお金がかかるのか、正直全く想像がつかない。一つ言えるのは、流石はSランク冒険者だ、ということくらいだ。
「色々とツッコミどころがある気がするけど、まぁいいや。とりあえず何か注文しない?」
小さな店ということもあり、従業員は六十前後の老店主一人のみ。
それなりに調理時間が掛かることが予想されるため、なるべく早くオーダーを通した方が良いだろうと俺は考え、皆に提案したのである。
「二人に好き嫌いがないのなら、マスターにお任せしようと思うのだけれど、大丈夫かしら?」
俺とディアはほぼ同時に『問題ない』と首を縦に振り、注文をエルミールに任せることにした。
料理が運ばれるまでの空いた時間に気まずい雰囲気にならないよう、俺はエルミールに質問を投げ掛けることにした。ちなみにエドワールに話を振らなかったのは、振っても無視されるだろうと思ってのことだ。
「そういえば結局、ギルドマスターとの契約? 約束? って何だったんだ?」
「――ああ、あれね。別に大した話ではないわよ。何があっても私たちが犯人だと口外しないでってことを約束しただけだから。後はそうね……調査隊を派遣する際には事前に報告をするように注文したくらいかしら」
本当に大した話ではなかった。
しかし、ギルドマスターはその約束を律儀に守り、俺の詰問に対して沈黙を貫き続けたのだろう。約束を守ろうとしたギルドマスターの律儀さだけは俺に好印象を抱かせた。だからといって、許されることではないことも確かなのだが。
そんな雑談を交わしているうちに料理が運びこまれ、俺たち四人は数々の創作料理に舌鼓を打った。
――――――――――――――――
紅介たちが料理に舌鼓を打っていた頃、フラムは大通りからかなり外れた裏路地にいた。
表通りとは違い、裏路地に人通りは全くと言っていいほどない。あるのは鼻腔を刺激するすえた臭いと、そして――焼け焦げた臭いだけだった。
「全く……主たちとはぐれてしまったではないか。それに腹も減ってきたぞ」
誰も
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