第257話 歪な中立性

「『ドルミール草は悪用されている。数多の人々の命を奪うために』とな」


 その依頼主の情報が正しければ、ドルミール草の持つ毒性が悪用されているということになる。

 しかし、腑に落ちない点がないわけではない。

 ラウロの友人の失敗談を聞く限りでは、ドルミール草を調合せずに摂取してしまっても、命を落とすことはなかったとのことだ。

 無論、摂取量によっては症状に差が生まれ、命を落とす可能性もあるだろうが、ドルミール草の持つ毒性をわざわざ利用する意味が俺にはいまいちわからない。

 人を毒殺することだけが目的なのであれば、ドルミール草よりも毒性が強い物を用意した方が余程効率的のように思えてならないからだ。

 強いてドルミール草を利用するメリットを挙げるとするならば、表立って大量に仕入れることが出来る点くらいだろうか。

 現に冒険者ギルドの職員は、ドルミール草は薬を作るために使用されるという勝手な認識を持ち、依頼を請け負った。

 本当に情報通りドルミール草を用いることで数多くの人々の命が奪われているのだとしたら、『ドルミール草の採取依頼』を出した依頼主の目論見通りに事が進んでいたことになる。


 だが結局のところ、あくまでもこれらは俺の憶測に過ぎない。

 俺は自身の憶測だけで物事を考えることを一旦止め、ギルドマスターの見解を聞くことにした。


「それで、ギルドマスターはその情報を鵜呑みにしたんですか?」


「いいや、その情報目を通した直後は信じられんと切り捨てた。そんな馬鹿な話があるものか、とな。何より『ドルミール草の採取依頼』の依頼主はこの国の重鎮。そのような御仁が人を殺めるためにドルミール草を集めるわけがないと儂は思った。情報を寄こしてきた依頼主の名を見るまでは……」


「その様子からすると、その依頼主もかなりの大物だったようですね」


 その時の事を思い出しながら話していたためか、ギルドマスターは突然頭を抱え、苦悶の表情と共に呻き声を漏らしていた。


「……うぅむ。困ったことに、正にその通りじゃった」


「ところで、その依頼主はどんな人物なんですか? 重鎮ってことは、それなりに高い地位に就いている人物なんでしょうけど」


「『それなり』なんて言葉の範疇に収まる方々ではないわいっ!」


 頭を抱えていたギルドマスターは、俺の言葉を耳にした瞬間に勢いよく顔を上げ、何故か怒鳴り散らしてきた。

 怒鳴られた俺からしてみれば、八つ当たりされたようにしか思えなかったが、ここで俺までむきになってしまうと口喧嘩にまで発展しかねないと考え、自重することに。


「……なら、どんな人物なのか早く教えてくれませんか? このままじゃ一向に話が進まないんで」


 むきにならないように感情を押し殺したつもりではいたが、ついついぶっきらぼうな言葉を投げ掛けてしまっていた。


「……それもそうじゃな。話を進めよう。依頼主は両御仁ともに、ノイトラール法国の――聖ラ・フィーラ教の枢機卿猊下じゃ」


 俺の認識が間違っていなければ、枢機卿といえば教皇に次ぐ地位だったはずだ。

 両依頼主が枢機卿ともなれば、ギルドマスターが頭を悩ませたのにもある程度納得がいく話ではある。

 

「枢機卿ということは、宗教国家であるこの国では実質ナンバー2にあたる人物ってことですか……。でも、どうして相反する依頼を出したんでしょうね?」


 状況から考えると、聖ラ・フィーラ教は一枚岩の組織ではないと考えるのが妥当だろう。

 その点は反乱が起こる前のラバール王国とよく似ている。

 ラバール王国は王派と反王派の間で権力争いをしていたわけだが、聖ラ・フィーラ教も枢機卿同士で派閥争いでもしているのかもしれない。

 そんな俺の推測は、エルミールによって肯定された。


「ここからは私が説明してあげるわ。まず、この国には枢機卿が二人いるの。二人の名はマヌエル・ライマン枢機卿とボーゼ・ルーガー枢機卿。次代の教皇はこの二人のどちらかになると言われているわ。けれども、今のところはマヌエル・ライマン枢機卿が教皇の座に最も近いと噂されているわね。当の本人も教皇になるために、かなり積極的に行動しているようだし……。で、コースケの質問に答えると、二人の枢機卿は互いにいがみ合っているからよ。マヌエル・ライマン枢機卿は、国のためになるなら如何なる犠牲も厭わない強硬派。対してボーゼ・ルーガー枢機卿は、国そのものよりも人々の命を、そして平和であることを最も重要視している人物なの。平和主義者とか穏健派とも呼ばれているわ」


 エルミールの説明を聞く限り、『ドルミール草の採取の阻止』を依頼したのは、おそらく穏健派のボーゼ・ルーガー枢機卿なのだろう。

 しかしながら、何故そこまでエルミールはノイトラール法国の事情に詳しいのかといった疑問が沸いてくる。

 エルミールたちの出身地がノイトラール法国とはいえ、ここ数年はラバール王国に拠点をおいていると言っていた。にもかかわらず、いくらなんでも法国の事情に詳しすぎるのではないかと俺は感じた。


「ノイトラール法国の事情はわかったし、『ドルミール草の採取の阻止』を依頼した人物がボーゼ・ルーガー枢機卿だろうこともわかった。それで結局ギルドマスターは、ボーゼ・ルーガー枢機卿の情報を信じて、『比翼連理』の二人にドルミール草を採取しに来る冒険者の妨害を頼んだってことですか……」


「いや、そうではない。儂は結論を出せずにいたのじゃ。どちらの依頼を優先すべきかをな。何せ、情報の真偽を調べようがなかったからのう。そして、儂が胃を痛めながら悩みに悩んでいた時じゃった。『比翼連理』の二人がこの冒険者ギルドを訪れたのは」


「え? ギルドマスターが『比翼連理』を呼び寄せたんじゃないんですか?」


 てっきり俺は、旧知の間柄なのであろう『比翼連理』をギルドマスターがラバール王国から呼び寄せたのだと思っていたが、どうやら違ったらしい。


「違うわ。私たちは別の依頼を受けてこの国に来ただけよ。……無関係とは言えないけれど」


 俺の疑問に答えたのはエルミールだった。

 エルミールが口にした後半の言葉は、あまりにも声が小さすぎて上手く聞き取れなかったが、何か深い事情がありそうな雰囲気を感じる。


「それなら何でドルミール草を採取しようとする冒険者を妨害することに手を貸したんだ? そんなことをしたって、エルミールたちにメリットがあるとは到底思えないんだけど」


 メリットどころか、デメリットしかないように思えてならない。


「手を貸した、ではないわ。私たちからギルドマスターに話を持ち込んだのよ。『私たちが妨害してあげるわよ』って」


 どのような手を使って相反する二つの依頼の存在を『比翼連理』の二人が知ったのかまではわからないが、今回の事件の大まかな流れは理解した。


「なるほどね。そして、ギルドマスターがその話に乗ったってわけか……。ギルドマスターに一つ聞きたいんですが、どうして片方の依頼を取り下げなかったんですか? 冒険者ギルドが冒険者を傷付けるような真似をするなんて、絶対にあってはならない事だと俺は思いますが」


 ギルドマスターの返答次第では、俺はこの人を許すことは出来ない。故に俺は、ギルドマスターの両の眼をじっと見つめ、プレッシャーをかける。

 そしてほんの僅かな沈黙の後、ギルドマスターはバツの悪そうな顔をしながら口を開いた。


「……表向きは、冒険者ギルドは中立であるという体裁を保つためじゃ。冒険者ギルドは全てにおいて中立であることを標榜しておるからのう。じゃが今回の件に関しては、儂の私情を挟んでしまっておる。それは否定できん事実じゃ。真偽こそわかっておらぬが、多くの人間の命が奪われていると知ってしまった以上、結局のところ無視することはできんかった……。本当に冒険者の皆には申し訳ないことをしてしまったと思っておる」


 ギルドマスターはそう告げた後、部屋の天井を仰ぎ見ていた。

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