第253話 合流
「ようやく国門に到着したわけだけど、よくよく考えてみればこんな夜更けに門を通してくれるのかな? それに……」
俺はそう言いながら視線をすぐ目の前に立っているエルミールの後頭部に向ける。
「ふふっ。それに、何かしら?」
首を後ろに回し、意地の悪い微笑を俺に見せつけてくるエルミール。明らかに俺が言いたいことを理解していそうだ。
「いや、拘束してる俺が言うのもあれだけどさ、女性の腕を固めながら門を通れると思う? 明らかに不審がられるよね、これ」
「だったらこの拘束を解けば済む話ではないかしら? 勿論逃げるつもりはないわ。下山中に何も抵抗しなかったのがその証拠よ。少しくらい私たちを信用してくれても良いんじゃないかって貴女は思わない?」
エルミールは急にディアと交渉を始めた。
口下手なディアなら簡単に説き伏せることが出来ると判断したのかもしれない。
「わたしは拘束を解いても良いと思う。でも、だからといって貴女たちを完全に信用することは出来ないけど……」
ディアの意見を聞いたエルミールは得意気な顔を俺に向けてくる。
「だ、そうよ? ちなみにこんな夜更けでも国門は開かれているから心配はいらないわ」
国門が閉じられていることはないらしいが、果たしてエルミールの拘束を解いてもいいのかといった不安は残る。
しかし実際問題として、彼女の腕を固めたまま国門を通過することは難しいだろう。
ましてや双子の姉弟はノイトラール法国ではそれなりに有名人とのことだ。拘束されている姿を誰かに見られてしまえば、ちょっとした騒ぎになりかねない。
ここは彼女の拘束を解く以外に選択肢はなさそうだ。
「……わかった。とりあえず拘束は解くことにするよ。だ・け・ど! 絶対に俺から三メートル以上離れないように!」
「随分と心配性なのね、貴方は。……まぁいいわ。いい加減腕が痺れてきたし、早く手を離してくれないかしら?」
警戒レベルを一段階引き上げてから、俺はエルミールの腕から手を離した。
解放されたエルミールは肩や手首の調子を確認するかのような仕草を見せた後、俺の真横に移動してきてわざとらしい満面の笑みでこう言った。
「はい、これで三メートル以内よ。この立ち位置なら文句はないわよね?」
国門を通り抜けた先で俺たちを待っていたのは、不機嫌さを隠そうともしないフラムだった。
「……遅い。……ムシャムシャ、遅すぎるぞ、主よ! ……ムシャムシャ、一体私が何時間待ったと思っているのだ! ……ムシャムシャ」
両手に抱えた大量の食料(全て肉料理)を食べながら、器用に愚痴を溢すフラムに、俺とディアは盛大なため息を吐いた後、俺が代表して謝罪した。
「ごめん、フラム。思ってたよりも遅くなっちゃって」
「……全く。本当に待ちくたびれたぞ。この時間までやっていた出店が無ければ今頃私は暴れていたかもしれんな、うむ」
俺は顔も知らない出店の店主に心の中で感謝する。
こんな夜遅くまで営業していてくれてありがとう、と。
「それで主よ、どうやら見知らぬ顔が増えたようだが、その二人は一体どうしたのだ? 迷子でも拾ってきたのか?」
「いやいや、まるで捨て猫を拾ってきたみたいな感じに言ってるけど、違うから。この二人はラウロたちが言ってた魔物騒動の真犯人なんだよ」
「ん? つまり冒険者を襲っていたのは魔物ではなく、こんな小さな子供たちだったというわけか? とんだ悪ガキがいたものだ」
あ、絶対エルミールが怒る。
そう思った瞬間、やはりと言うべきか俺の隣に立っていたエルミールが一歩フラムに近寄った。
「私たちが迷子? 子供? 悪ガキですって? ……ふふふ。なかなか面白い冗談を言うじゃない」
笑ってはいる。だが、その笑い声には苛立ちが混じっているように聞こえてならない。
「ん? 冗談なんて言ったつもりはないぞ? どこからどうみても子供ではないか。色々と小さいしな」
フラムの視線がエルミールの顔から若干下に移動する。その視線は明らかにエルミールの身体のある箇所に向いていた。
「……戦争よ」
すぐ近くにいた俺にはハッキリとエルミールの物騒な呟きが聞こえた。彼女の姿をよく見てみると微かに震えているのがわかる。
「ちょっと待っ――」
「――あ、あの、コースケさん。僕たちはどうすればいいんでしょうか?」
慌てて二人の間に身体を滑り込ませようとしたその前に、ラウロが恐る恐るといった様子で俺に話しかけてきた。
ラウロの空気の読めない発言で冷静さを取り戻したのか、エルミールは小さな舌打ちだけを残し、フラムから視線を外して俺の隣に戻った。
ホッと胸を撫で下ろした俺は、ラウロの疑問に答える。
「今日のことは俺たちがギルドに報告しておくよ。もうギルドは空いてないだろうし、報告は日が昇ってからになるけど」
「そうですか。ありがとうございます。正直僕たちには荷が重かったので、コースケさんが報告をしてくれると聞き少し安心しました」
確かにEランク冒険者であるラウロとマウラでは、ドルミール草の採取場に来る冒険者を襲っていた犯人がSランク冒険者だったと報告しても、冒険者ギルドは二人の報告に耳を傾けない可能性が高い。
何せ、エルミールたち『比翼連理』はSランク冒険者。Eランクのラウロたちを遥かに上回る発言力を持っている。まだAランク冒険者である俺たちがギルドに報告した方が耳を傾けてくれる可能性は高いはずだ。
「まぁギルドが俺たちの話を聞いてくれるかはわからないけど、何とかしてみるよ。それと二人には今回の件を周囲に漏らさないよう気をつけてほしい。『比翼連理』の二人の背後に何者かがいるかもしれないしさ」
Sランク冒険者である二人がリスクを犯してまで冒険者を襲っていたのだ。何かしらの理由があるに違いない。
もしラウロたちが周囲に今回の事件について漏らしでもしたら、二人に危険が迫る可能性も十分に考えられる。だからこそ、念のために釘を刺しておくことにしたのだ。
「わかりました。では、僕たちはそろそろ宿に戻ろうと思います。本当にこの度はお世話になりました。皆さんには感謝しかありません」
「あ、ありがとうございましたっ!」
ペコリと二人は丁寧にお辞儀をした後、俺たちのもとから去っていった。
そしてこの場に残ったのは俺たち『紅』と『比翼連理』の計五人。何とも言い難い微妙な空気が流れる中、最初に口を開いたのはエルミールだった。
「それで、この後はどうするつもりなのかしら? 宿に戻っても良いのならそうさせてもらうわよ」
「悪いけど二人を自由にさせることは出来ないし、させるつもりもないよ」
答えは当然ノーだ。
例え二人に逃げるつもりがないのだとしても、俺はそれを信じ切ることが出来ない。逃げられる可能性が僅かでもある限り、監視下に置いておいた方が良いだろう。
「でしょうね。でも、だからといって野宿なんて絶対に嫌よ? 疲れも溜まっているし、汗も流したいもの」
俺もわざわざ野宿をしたいとは思わない。正直言って、今すぐにでもゲートを使ってラバール王国にある屋敷に帰りたいとさえ思っているくらいだ。
当然『比翼連理』の二人がいる前でゲートなんて使うことは出来ないが。
「んー……どうしようか」
「主よ、別に悩む必要はない。宿を取ればいいだけではないか」
「まぁ確かにそれが一番かな。男女で分かれてそれぞれ一部屋取ろうか。エルミールの監視は二人に任せるよ」
「うん、任せて」
「安心して任せるが良い。仮に逃げられたとしても容易く捕らえてみせるぞ」
フラムには逃げられる前に何とかしてもらいたいものだが、まぁ心配はいらないだろう。
エルミールの身体能力を鑑みるに、ディアからならともかく、フラムから逃げることは不可能に近い。無論、フラムが警戒を怠らなければの話だが、その点についてはディアが上手くフォローしてくれるはずだ。
「じゃあ宿を探しにいこうか。空いてる宿がすぐに見つかればいいけど」
「主よ、空いてるかどうかまではわからないが、良さそうな宿に心当たりがあるぞ。私に任せるのだ」
フラムを先頭に歩くこと約二十分。
フラムが案内してくれた宿は超が付くほどの高級な宿だったこともあり、すんなりと部屋を取ることが出来た。
「ここって法国一の宿よ? それも最上位の部屋を二部屋も借りるなんて貴方たちってかなりお金持ちなのね。……もしかして貴族の出だったりするのかしら?」
「いや、少し見栄を張っただけだよ。そんなことより早く部屋に行こうか。ははは……」
一部屋一泊金貨十枚。二部屋借りたため、計金貨二十枚の出費だ。
並のAランク冒険者程度では簡単に支払える額ではないことから、俺たちのことを貴族の出だとエルミールは考えたようだが、あながちエルミールの推察が間違っていなかったこともあり、俺は誤魔化すように笑いながらそそくさと部屋へと向かうことにした。
そして、何事もなく少し遅い朝を迎えた俺たちは、『比翼連理』の二人を連れて冒険者ギルドへと向かったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます