第249話 下山

 エルミールとエドワールが抵抗することは一切なかった。

 二人は黙々と俺の指示に従い、そして無事にディアたちとの合流を果たした。


「おかえり。その子たちが巨人を操ってた犯人……なの?」


 ディアの視線が俺からエルミールたちへと移り、幼い子供を見るような眼差しを向けつつ俺に問い掛けてくる。ちなみにディアが俺の名前を呼ばなかったのは、おそらく二人を警戒してのことだろう。ありがたい配慮だ。

 そしてラウロとマウラはというと、ディアの後ろに隠れながら恐る恐る二人の様子を窺っていた。


「ただいま。この二人が犯人で間違いないよ。どうやら『念動力』って言うスキルで巨人を操っていたみたいだ。まさか年端もいかない子供が犯人だったなんて思いもしなかっ――」


「――あら、子供扱いをするなんて失礼ね。これでも私たちは貴方たちよりも年上だと思うわよ?」


 俺の言葉を途中で遮ってエルミールが抗議をしてくる。

 苛立ちが含まれた声音から察するに、エルミールの言葉に嘘はなさそうだ。

 しかし、どこからどう見ても十代前半にしか見えない外見をしている。

 背丈、体格、顔立ち、声質。どれひとつとっても俺より年上には見えない。


「……」


 どう言葉を返したら良いのかがわからず、俺は沈黙を選択した。女性に年齢を尋ねるのはマナー違反だと知っているからこその沈黙だ。

 だが、エルミールは俺の沈黙を『嘘を吐いているんじゃないか』といったような意味で捉えたらしく、目付きが鋭くなっていた。


「信じていないようね。これでも二十歳を過ぎているのだけれど。……まぁいいわ。それでこれからどうするのかしら? この暗闇の中、今から下山するつもり? 貴方が言う犯罪者を二人も連れて? ――ふふっ」


 子供扱いされたことを相当根にもたれてしまったようだ。

 自らを犯罪者だと言ったのは、一種の嫌みみたいなものだろう。


「どうするもこうするも今から下山するつもりだ。少し急げば日付が変わる頃には下山出来ると思うし」


 臆することなく毅然とした態度で言葉を返す。

 ここで舐められるような態度を取ってしまえば、下山中に面倒事を起こされかねないと考えたからだ。


「本当に下山出来ると思っているのかしら? 見たところ、そこの彼女の後ろに隠れている二人は低ランク冒険者でしょう? 下山の途中で魔物に襲われでもしたら誰が魔物と戦うというの? 貴方には無理よね。私たちを監視しなくちゃいけないんだから。だとしたら残すは一人。武器も防具もない彼女だけだわ。果たして彼女に魔物と戦えるだけの力があるのかしら」


 客観的にディアの装備や細い手足を見れば、魔物と戦えるようには見えないかもしれない。だが、実際は違う。

 身体能力は俺やフラムよりは劣るが、そこらの上級冒険者に引けを取ることはない。加えて、魔法の腕は確実に俺よりも上なのだ。

 この辺り一帯に住み着く魔物程度に負けるほどディアは弱くはないと断言出来る。


 俺がエルミールに反論しようと口を開こうとしたタイミングで、ディアが先に口を開く。


「大丈夫。わたしは貴女が思っているほど弱くないから」


「……ふぅん。だったらお手並みを拝見させていただくわ」


 ディアの反論に対して突っ掛かるような真似をしてくるかと思いきや、エルミールは大人しく引き下がった。


 そろそろお喋りを終わりにして下山を始めようとしたその時、ディアの後ろで恐る恐るエルミールたちの様子を窺っていたラウロが突然小さく手を上げた。


「ん? どうかした?」


 エルミールたちに怯えているにもかかわらず、ラウロが手を上げたということは無駄話をしたいわけではないのだろう。

 何か重要な話があるのかもしれないと思った俺は、ラウロの話に耳を傾けることにした。


「コ、コースケさん……。僕の勘違いじゃなければ、そちらのお二方はSランク冒険者パーティーの『比翼連理』の方々では……?」


 気が動転していて頭が回らなかったのだろうか。俺の名前を呼んでしまうという利発なラウロらしくないミスを犯してしまう。

 だが今のラウロの発言を聞き、そんなことを気にしている場合ではなくなっていた。


「この二人がSランク冒険者……?」


 まさか、といった思いが頭の中を駆け巡る。

 冒険者を襲っていた犯人が冒険者――それも最上位にあるSランク冒険者なんてことが本当にあり得るのだろうか。

 もしラウロの話が真実だとしたら、何故Sランク冒険者である二人がわざわざ低ランク冒険者を襲っていたのかが全くわからない。

 愉快犯という線は捨てきれないが、Sランク冒険者の地位と名誉に傷が付く可能性があることを、愉悦に浸るために実行するとは正直考え難い。

 なら、ドルミール草を他の冒険者に採取させないことで彼女らに何かしらの得があるのかを考える。

 ドルミール草の採取場を独占することで多額の報酬を得ようとした? いや、それこそあり得ない。

 Sランク冒険者であれば、もっと多く稼げる依頼が山のようにあるのだ。

 いくらドルミール草の採取依頼の報酬が良いからといっても、Sランク冒険者からしてみれば大した額にはならない。とてもじゃないがドルミール草を独占することで得られる利益と、それを行うにあたって付随してくるデメリットが釣り合っていないように思える。


 隠された秘密が、事情が二人にはあるのではないか。

 そう考えた俺は、事の真相を問いただすべくエルミールに真剣な眼差しを向けた。

 しかし、エルミールは俺の視線に気付かないふりをしてラウロと会話を始めた。


「あら、貴方は私たちのことを知っているのね」


 ついさっきまでは怯えていたラウロだったが、エルミールに話し掛けられたことが余程嬉しかったのか、饒舌に語り始めた。


「当然ですよ。ノイトラール法国出身のSランク冒険者パーティーは数少ないですので、ノイトラール法国の冒険者ギルドでは『比翼連理』のことがよく話題にあがりますから。けれど、お二人はラバール王国に拠点を移したとの話を聞いていたのですが、違ったのでしょうか?」


「間違っていないわ。私たちはここ数年ラバール王国に拠点を置いて活動しているもの。今回ノイトラール法国に来たのは個人的な用事があったから。……ただそれだけよ」


 口ぶりからして、個人的な用事というものが今回の事件に何か関係がありそうだ。

 しかし、エルミールがそう簡単に口を割るとは思えない。エドワールに至っては俺がエルミールを拘束してからというもの、口を開こうともしない。今も頬を膨らませて不機嫌さを全面に出している。


「そうでしたか。僕はてっきり『比翼連理』のお二人がノイトラール法国に戻って来られたのかと――」


「――それだけはないわッ!」


 突然のことだった。

 エルミールが表情を一変させてラウロの話を大声を出して遮ったのは。

 大きく開かれた瞳からは狂気じみたものさえ感じる。

 だが数秒が経った頃には、彼女は落ち着きを取り戻していた。


「……大きな声を出してしまってごめんなさいね。私は――私たちは神様なんて存在を信じていない。だからノイトラール法国に拠点を戻すつもりはないの。宗教に染まった国に拠点を置くなんて真っ平御免よ」


 エルミールは心の底からノイトラール法国を嫌っているようだ。

 嫌う理由に、彼女たちの過去が何か関係しているのかもしれないが、今は触れない方が良いだろう。自ら虎の尾を踏みにいくのは危険極まりない行為でしかない。


「つまらない話をしてしまったわね。話はやめにしてそろそろ行きましょう。抵抗する気はないから安心していいわ」


 最後にそれだけを告げ、エルミールは口を完全に閉ざした。


 その後『比翼連理』の二人は口を開くことも抵抗を見せることもなかった。

 そして俺たちは日付が変わってから一時間が経った時間に、ノイトラール法国の国門の前に到着したのであった。

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