第250話 孤児院
Sランク冒険者パーティー『比翼連理』はたった二人だけで構成されているパーティーである。
二人の名はエルミールとエドワール。
性別が違うにもかかわらず、瓜二つの外見を持つ双子の姉弟だ。
そんな二人の生まれた地はノイトラール法国の東部に位置する貧民街。いや、正確に言うのであれば『貧民街だと思われる』と言った方が正しいかもしれない。
何故なら、仲睦まじい双子の姉弟がまだ生後間もない赤子の頃、貧民街にある小さな孤児院の前に捨てられていたからだ。
故に正確な出身地はわかっていない。無論、両親が誰であるのかさえも。
しかし、名前だけは赤子の二人を包んでいた質の悪い布に挟まれていた小さな木板に書き記されていた。
『姉 エルミール』『弟 エドワール』と。
姉弟が捨てられた孤児院を運営していたのは、ノイトラール法国の国教である聖ラ・フィーラ教である。
数ある宗教の中でも、最多の信者を抱える聖ラ・フィーラ教が持つ施設は教会だけではなかったのだ。『弱者救済』を教義として掲げていることもあり、孤児院の運営も世界各国で行っていた。
当時、孤児院にいた子供の数は双子の姉弟を合わせてちょうど三十人。
その三十人の子供たちの世話をしていたのは、孤児院の院長を任されていた四十代後半の男性と二十代半ばのシスターだけだった。どちらも敬虔な聖ラ・フィーラ教の信者である。
姉弟が捨てられた孤児院は、聖ラ・フィーラ教の総本山があるノイトラール法国に建てられているものの、所詮は数多ある孤児院の中の一つでしかなく、毎月聖ラ・フィーラ教から孤児院に渡される運営費は雀の涙程度で極めて貧しい生活を孤児達は強いられていた。
毎日の食事は朝と夜の二回。
小さく切られた野菜が少しだけ入った薄い味つけのスープと、スープに浸さなければ食べることも難しい拳大の小さな黒パンが一つ。これが毎回提供される食事の献立だった。
当然ながら、これだけの食事では子供の成長に必要な栄養価が全く足りておらず、孤児院の子供たちは一人の例外もなく痩せ細っており、背丈も骨格も年相応の者は誰一人としていなかった。
しかし食料問題を解決しようにも、ノイトラール法国内に孤児院がある限り、解決のしようがなかった。
単純な話だ。
ノイトラール法国には農地どころか、地面が剥き出しになっている空き地すら全くと言っていいほど存在しないからである。
国土が極めて小さいこともあり、食糧は他国からの輸入だけで賄っていた。
ノイトラール法国は基本的に各国にある教会に集められた寄付金と三つの大国に囲まれた立地を活かした貿易と様々な税で外貨を手に入れている国家である。
そういった事情から、精々孤児院に出来ることといえば小さな家庭菜園で少量の作物を育てることくらいしかなかったのだ。
そんな劣悪な環境でエルミールとエドワールは十五年育てられていくことになる。
子供たちの中でもエルミールとエドワールの二人は赤子の頃から孤児院で育ったこともあってか、他の子供たちに比べると身体の成長が乏しく、十歳を迎えても身長は一般的な環境で育った七歳児程度にしか成長することはなかった。
けれども二人は幸せ過ごしていた。
一日に三回神様にお祈りをし、多くの友人と仲良く元気に遊び、大人たちに優しく世話を焼かれる毎日は貧しさを感じさせないほど、幸福感を抱かせるものだったのだ。
特に当時院長だった男性――ボーゼ・レーガーは孤児院の子供たちを実の子供のように可愛がり、孤児たちにとっては実の父親のような存在であった。勿論そう思っていたのはエルミールとエドワールも同様だった。
しかし、そんな幸せな日々は突然終わりを迎えることになる。
切っ掛けなんてものは何一つとしてなかった。
事件は双子の姉弟が十五歳の頃に起きた。
――孤児院に強盗が押し入ったのだ。
エルミールとエドワールが十五歳になった頃には、二人が孤児院で最年長になっていた。
孤児院には十六歳までしか居られないという決まりがあったため、双子の姉弟は年長者として年下の子供たちの世話をする日々を送っていた。
子供たちの遊び相手になったり、院長やシスターのお手伝いをする日々を。
だが、そんな日々も後一年も経てば終わりを迎えてしまう。そのことが二人にとって、何よりも残念に思っていた。
孤児院を出た後の孤児たちには、大きく分けて二つの選択肢がある。
一つは教会で見習い神官として働くという選択肢。
衣食住が保障されるため、最も選ぶ者が多い選択がこれである。
そしてもう一つは冒険者へと進む道。
見習い神官とは違い、衣食住の保障はないが自由を手に入れることが出来る。しかし、冒険者になるには資質が必要となるため、冒険者になる者は――なれる者は少数だった。
時刻は深夜二時を回った頃。
多くの子供たちが孤児院の大広間で川の字になりながら寝静まる中、エルミールとエドワールは子供たちを起こさないように細心の注意を払いながら、ある相談をしていた。
「孤児院を出たらどうするの? エルミール姉様」
「もう少し小さな声じゃないと院長先生に怒られてしまうわよ、エドワール」
「大丈夫だよ。院長先生は外出するから夜はいないって言ってたから。それでどうするの? エルミール姉様」
「そうねぇ。私は見習い神官になるのが一番だと思っているわ、エドワール」
「冒険者じゃなくて見習い神官を選ぶんだね、エルミール姉様」
幸いなことに、二人は冒険者になるための資質を持っていたため、二つの選択肢から選ぶことが可能だった。
その資質とは、魔物と戦う力を持っているか否か。
そして、双子の姉弟には生まれながらにして天賦の才があったのだ。
天賦の才とは二つの
数年後、この二つのスキルが
「私は院長先生やシスターみたいに孤児院で子供たちのお世話をしたいと思っているの。そうすれば毎日が楽しそうじゃない? どう思うかしら? エドワール」
「僕はエルミール姉様とずっと一緒にいたい。……迷惑かな? エルミール姉様」
「迷惑だなんて思わないわよ。私も一緒に居たいもの、エドワール」
寝転がりながら互いに笑みを交わし合う二人。
二人の願いは共通していた。
――『いつまでも一緒にいたい』と。
「じゃあ決まりだねっ。しばらくは見習い神官として神様にお仕えして、いつの日か孤児院で子供たちと幸せに暮らそう。出来ることなら美味しいご飯をお腹いっぱい食べさせてあげたいね、エルミール姉様」
「ふふっ。だったらお料理の勉強もしなくちゃいけないわね。それじゃあそろそろ寝ましょうか、エドワール」
「うんっ。神様、明日も楽しい一日にして下さい。お願いします」
「日付的には今日になるのだけれど、そうなるといいわね、エドワール。――神に祈りを」
エルミールもエドワールも聖ラ・フィーラ教の孤児院で育った影響から神様を心の底から信じていた。無論、二人が祈りを捧げていたのは聖ラ・フィーラ教の主神であるラフィーラである。
しかし、そんな二人の祈りは神様に届くことはなかった。
エドワールが薄い布団の中でウトウトしかけていた時にそれは起きた。
パリンッと窓ガラスが割れる音が、子供たちが寝静まる大広間に微かに響き渡ったのだ。
「……今の音は何?」
真っ先にその音に反応したのは眠りについていなかったエルミールだった。
「……どうしたの? エルミール姉様」
目を擦りながら布団から身体を起こし、エドワールは灯りが消された真っ暗な大広間を見渡すが、視界が悪いこともあって異常を見つけることが出来なかった。そしてそれはエルミールも同じだった。
「今ガラスが割れたような音がした気がしたのだけれど……」
「うん。ウトウトしてたから朧気だけど、僕もそんな音を聞いたような気がするよ、エルミール姉様」
弟のエドワールも同じ音を聞いたということは気のせいではないだろうとエルミールは考え、音の発生源を探るために布団から抜け出したその時――
「キャーッ!!」
シスターの悲鳴が隣室から聞こえてきたのだった。
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