第245話 白い巨人
「はぁ……はぁ……。コースケさん、ディアさん、僕たちが襲われた場所はこの辺りだったと思います」
松明を片手に持ち、俺の隣を歩いていたラウロが周囲を見渡した後、息苦しそうにしながらそう告げた。
息を切らしているのはラウロだけではない。マウラも膝に手をついて浅い呼吸を繰り返している。
二人が息を切らしている理由は酸素が薄いからという訳ではない。俺とディアの歩くペースに合わせて懸命に足を動かしたためであった。
「なるほど、この辺りか。それなら後は俺とディアに任せて、ラウロたちは休憩しててほしい。二人には俺たちの都合で無理をさせちゃったし、悪いと思ってる。本当にごめん」
フラムを待たせていることもあり、ラウロたちに無理を言って進行速度を上げさせてもらっていた。Eランク冒険者の二人にとっては、かなりキツいペースだったはずだ。
「いえ、謝られるほどのことでは。そもそも僕たちがお願いしたことですので。ですが、お言葉に甘えさせていただきますね……」
ラウロたちは余程疲れていたのだろう。
雪が降り積もっている地面に、尻もちをつくかのような勢いで二人はほぼ同時に座り込んだ。
そんな二人にディアは近付き問い掛ける。
「大丈夫? 寒くない?」
「す、少しだけ……」
女性同士ということもあってか、ディアの問い掛けにそう答えたのはマウラだった。
少しだけと言いつつも、自らの身体を抱え込みながら寒さでガクガクと震えているマウラに向かってディアは一つ頷き、火系統魔法を使って程よい大きさの焚き火を用意した。
「あ、ありがとうございます」
「魔力を多めに使って生み出した炎だから、しばらくの間は消えないと思う。もし消えちゃったらわたしに言ってくれればすぐにまた用意するから、その時は教えてね」
「は、はいっ」
目的地に到着してから、三十分が経とうとしていた。
辺りは静寂に包み込まれている。
魔力を燃料にしている炎は普通の焚き火とは違い、パチパチと音が鳴ることはない。
静けさと疲れが相まってか、ラウロとマウラの二人は眠そうな瞳で炎をぼんやりと見つめていた。
「眠いようならテントを用意しようか? いくら暖を取っているとはいえ、このまま寝るのは危険だと思うし」
「あ、すみません。大丈夫です。あまりにも静かだったので、少しぼーっとしちゃいました。何かお話ししませんか?」
目を擦っているあたり、やはりラウロは眠気に襲われているのだろう。
「眠いんだったら寝てもいいんだけど……。そうだなぁ……。なら、ドルミール草について少し聞いてもいいかな?」
「はい、何でも聞いてください」
「ドルミール草って何か特別な効能がある植物だったりするのかな? ただの採取依頼なのに報酬が良いみたいだから少し気になってたんだ」
本来採取依頼とは、一部の依頼以外は駆け出しの中の駆け出し冒険者が引き受けるような簡単な依頼だ。勿論その分報酬も少ない。
だがラウロの話を聞く限り、ドルミール草の採取依頼は報酬が良いとのことだったため、気になっていたのだ。
「ドルミール草には魔力を回復させる効能があるらしいんです」
「らしい?」
「薬師ではないので製法まではわかりませんが、毒性のあるドルミール草を上手く調合すると、魔力回復薬を作れるそうです。勿論、そのまま煎じて飲むだけではただの毒草でしかないんですけどね。僕の友人が一度ドルミール草を煎じて飲んだことがあるんですが、その時は大変でした。体内の魔力が暴走して高熱を出して倒れちゃいましたから」
ラウロは友人の失敗談を語った後、『ははは……』と苦笑いを浮かべた。
「へぇ〜。初めて聞いたよ。そもそも魔力を回復させる薬があること自体聞いたことがなかったな」
少なくとも王都では売られているところを見たことがない。もしかしたらノイトラール法国だけでしか流通していないのかもしれない。
しかし、そんな俺の予想は呆気なく否定される。
「聞いたことがないのも無理はないかもしれませんね。その薬はノイトラールにある商店でも販売されていないくらいですから。僕が聞いた話では、教会で働く治癒魔法師のためだけに生産されているとのことです。なので、ドルミール草の納品依頼は国が発注してくれているんですよ」
要するに魔力回復薬は、教会で働く治癒魔法師を馬車馬のように働かせるための薬なのかもしれない。今の話から教会の闇が垣間見えた気がする。
「便利な薬みたいだけど、教会は良くない使い方をしてそ――んっ?」
「こうすけ、どうかしたの?」
俺のおかしな反応にいち早くディアは気付き、声を掛けてきた。
「少し離れてるけど、人の反応を捕捉した。それも複数だ」
俺の『気配完知』が二つの人の反応を捉える。
まだまだここからは離れているとはいえ、警戒しないに越したことはないだろう。
「魔物じゃなくて……人?」
今回の俺たちの標的はゴーレムに似た白い魔物だ。だからこそディアの疑問は尤もなものであると言えよう。
「魔物の反応はないよ。人の反応が二つあるだけ」
「コースケさん、少し気を付けたほうがいいかもしれません。この時間帯に低ランク冒険者がドルミール草の採取場の近くに来るとは思えませんし、そもそも強い魔物が目撃されてからというもの、低ランク冒険者はこの辺りに近寄らないようにしていますので」
俺とディアの会話にラウロが加わってきた。様子からして、完全に眠気は覚めたようだ。
「上級冒険者がたまたまここに来たって可能性は?」
「その可能性は薄いかと。この近辺には上級冒険者が狙うような魔物はいませんし、上級冒険者がわざわざドルミール草を採取しに来るとも思えません。僕たちのような低ランク冒険者からしてみればドルミール草の採取依頼は報酬の良い依頼ですけど、上級冒険者の方なら、もっと稼げる依頼がいくらでもありますから」
確かにラウロの言うとおりだ。上級冒険者がわざわざ採取依頼を受注するとは思えない。ドルミール草の納品報酬が破格であるならまだ納得がいくが、そうでなければ魔物を討伐して素材や魔石を売り払った方が稼げるだろう。
なら、俺が捕捉した二つの反応は一体何者なのか。そんな疑問が頭の中で渦巻く中、二つの反応に動きがあった。
「どうやら進行方向的に、こっちに向かって来ることはないみたいだ。俺たちが今いる場所より上の方に向かってるよ」
わかりやすいように指を差して進行方向を伝える。すると、ラウロは首を傾げながら、呟くようにこう告げた。
「あれ? やっぱりドルミール草を取りに来た冒険者なのかな……?」
「ラウロの反応からして、俺が指を差した方向にドルミール草の採取場があるってこと?」
「あ、独り言のつもりだったんですが、聞こえちゃってましたか。はい、コースケさんの言う通りです。ここからさらに十分ほど山を登ったところにドルミール草の採取場があるんです」
偶然――とは考え難い。
低ランク冒険者がこの時間帯にたった二人だけで、なおかつ強い魔物が出没するかもしれないと言われているこの時期にドルミール草を採取しに行くとはあまり考えられないからだ。
何かある。俺の勘がそう叫んでいた。
「俺たちも行ってみよう。念のため、ラウロとマウラは俺たちの後ろをついてきてほしい」
「わかりました」「は、はいっ」
二人の返事を聞き、俺たちはドルミール草の採取場へと向かった。
捕捉した二つの反応を追い、五分が経とうとしたその時だった。
先頭を俺と一緒に歩くディアが突如歩みを止めて、声を上げたのだ。
「こうすけ、何かくるっ」
ディアが大きな声を出したところを今まで聞いたことがなかった俺は、慌ててその場で立ち止まり、紅蓮を鞘から抜いて周囲を警戒する。
しかし俺の『気配完知』には、まだ先にいる二つの反応以外何も捕捉出来ていない。
だが、それは音を立てずに静かに俺たちの前に現れた。
「コースケさん! 僕たちが見た魔物はこいつです!」
木々の合間から姿を現したのは、雪のように白い二足歩行の魔物だった。
幾つものキューブ状の白い岩石が連なって、その魔物の身体を形成しているようだ。
俺はその魔物と対峙すると共に『
が、しかし――
「――なっ! 見えないッ!?」
何も見えなかったのだった。
魔物の名前もスキル構成も、何もかもが。
俺が動揺していると、白い巨人と呼ぶべき魔物の巨腕が横なぎに俺へと振るわれた。
だが、その横なぎに振るわれた巨腕の攻撃速度はあまりにも遅く、俺はそれをバックステップで容易く回避する。
そして――回避の直後に紅蓮を一閃。
白い巨人はその一撃だけで脆く崩れ去った。
「なんだ……今の……」
呆然とした俺の呟きは夜闇に吸い込まれていったのだった。
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