第241話 レド山脈
「……駄目だったんです」
ラウロはポツリとそう呟いた後、強く奥歯を噛み締めた。
「えっ、駄目だった? 一体どうして?」
強力な魔物が低ランク冒険者の狩場や採取場に現れたとなれば、基本的に冒険者ギルドは討伐依頼を掲示板に貼り出すはずだ。
魔物の出現報告を無視し、なおかつ討伐依頼の発注を拒否するとは俺には思えない。少なくともラバール王国にある冒険者ギルドであれば、危険な魔物を放置することはまずないだろう。
「ギルドが調査隊を派遣した結果、魔物を確認することが出来なかったからです。僕たち以外にもその魔物を目撃したパーティーは何組もいるのですが、ギルドの調査隊が魔物を発見出来なかったため、討伐依頼が発注されませんでした……」
「でも、目撃者はそれなりにいるんだよね? たった一度の調査で確認が出来なかったからって、討伐依頼が出されないなんてことがあるとは思えないんだけど」
「目撃者だけではなく、実際に被害を受けた冒険者もいるようです。幸いにも軽傷で済んだようですが……。けれど、それでも駄目だったんです……。五度も調査隊を派遣してもらいましたが、それでも発見出来なかったようで、結局調査は打ち切りとなってしまったんです」
「……なるほど。ギルドはギルドなりに仕事をしてくれたってことか」
ラウロの説明を受け、討伐依頼が発注されなかった理由に納得がいった。
低ランク冒険者の訴えを聞き入れ、調査隊を五度も派遣したのであれば、ギルドは出来る限りの事はやったと言えよう。
しかし、そこまでしても発見には至らなかったとなると、調査を打ち切られてしまっても無理はない。
何せ、調査隊を派遣するにあたり、それなりに腕の立つ冒険者をギルドが身銭を切って雇っていたと推測されるからだ。ギルドにとってはかなり痛い出費であったに違いない。
「はい。コースケさんの言う通り、ギルドは手を尽くしてくれたと僕も思います。でも……」
ラウロの言いたいことは、なんとなく理解出来る。
調査隊を派遣してくれたとはいえ、問題を解決することが出来なかったのであれば何も意味がない。
ドルミール草の採取を主な収入源としている低ランク冒険者たちからしてみれば、この問題が解決されない限り、今後は厳しい冒険の日々が待ち受けることになるだろう。
だが、『比較的安全な採取依頼ばかりを受けて、何が冒険者だ』と他者から言われてしまえば、返す言葉がない話ではあるのだが。
「話はわかった。そこで一つ聞きたいことがあるんだけど、ラウロたちが見た魔物の名前は? 『心眼』を持つマウラなら、魔物の情報を見たんじゃ?」
マウラは身体を硬直させると、恐る恐る説明を始めた。
「そ、それが何も見えなかったんです。ごめんなさい……」
「え? 見えなかった?」
魔物がマウラの『心眼』を超える情報隠蔽能力を持っているとは思えない。もしマウラの話が本当だとしたら、その魔物は厄介極まりない存在だろう。
「は、はい。名前もスキルも何も見えませんでした」
「……そうか。だったら外見だけでも教えてくれないかな?」
「ゴ、ゴーレムみたいな魔物でした。大きさは三メートルくらいで、普通のゴーレムとは違って雪のように白くて……」
ゴーレムとは今まで見たことも戦ったこともないが、二足歩行をする岩石の集合体のような魔物であることは知っている。
俺の記憶によれば、ゴーレムはCランク程度の魔物だったはずだ。
並大抵の物理攻撃ではダメージを与えられず、耐久力に特化した魔物。その代わりに移動速度は遅く、遠距離攻撃をしてこないため、危険度はそれほどではないと聞いたことがある。
「なるほど。うーん……」
俺はラウロたちの話に乗るかどうかを考える。
ラウロたちが見た魔物の正体がゴーレム程度の魔物であるなら、倒すのは簡単だ。問題は見つけられるかどうかだけ。
しかし、いずれにしてもかなりの時間を取られてしまうことには違いないだろう。
移動に掛かる時間、魔物を探す時間、そして倒す時間。
どれほどの時間が掛かるか予想が出来ない。
俺たちには『
ここで時間を浪費するのは悪手。しかし、この国の情報を得る必要があるのもまた事実。
俺が話に乗るか否かと頭を悩ませていると、不意にフラムから耳打ちされた。
「主よ、どうやら悩んでいるようだな」
フラムの問いに対し、俺は本当に小さな囁き声で返事をする。フラムの聴力なら聞き取れるはずだ、と考えた上で。
「教会のこともあるし、正直あまり時間を無駄にしたくない。それに山を登るとなると、教会を監視することも出来なくなるからさ」
「私も主と同意見だ。で、だ。そこで一つ提案がある」
「提案?」
「うむ。ここは二手に分かれるというのはどうだ? 主とディアはラウロとやらの手伝いをして情報を得てくれ。私は話を聞くのが苦手だからな。その代わり、主たちがいない間に私が教会を監視しておこう」
悪くない提案だ。
フラムの実力なら、教会側に監視をしていると気付かれたとしても、それなりに対処出来るだろう。仮にそのまま戦闘になった場合でも、フラムであれば負ける心配はない。それに加え、フラムは俺と『召喚魔法』による契約を結んでいるため、俺のもとへ転移することが出来る。
つまり、フラムの安全は確保されていると考えていい。まぁフラムなら負ける心配をする必要はないとは思うが。
「いいね。その案で行こう」
俺はフラムとは反対側の隣の席に座るディアに、フラムからの案を伝えて同意を得た後、ラウロたちに視線を向けた。
「待たせてごめん。少し三人で話し合ってたんだ。どうしようかって」
「はい。それで、答えの方は……?」
ラウロの顔が僅かに強張っている様子が伺える。だが、ラウロは決して俺から視線を逸らすことはなかった。
「ラウロの話に乗らさせてもらうことに決めたよ。ただ、俺とディアの二人だけになるけど、それでもいいかな?」
そう俺が告げた瞬間、ラウロはホッと安堵の息を吐き、マウラは喜びを隠しきれなかったのか、隣に座るラウロの手を取ってブンブンと振り回していた。
「本当にありがとうございます。それと、よろしくお願いします」
話が決まってからすぐに俺たちは行動を開始した。
冒険者ギルドを出てからフラムとは別行動となり、ラウロたちを含めた俺たち四人は一度ラウロたちが泊まっている宿に寄り、登山用の装備や荷物を取りに行ってから、ノイトラール法国の北門へと向かっていた。
ちなみにフラムには生活費としてお金をいくらか持たせておいてある。
「コースケさん、ディアさん。今から向かうマギア王国との国境になっているレド山脈は、この時期には既に雪が積もっていてとても寒いので防寒具が必要になりますが、どこかの商店で買っていきますか?」
「俺は大丈夫。ディアは?」
「わたしも大丈夫だよ」
「わかりました。そう言えば、この国についての情報を教えてほしいとのことでしたが、山を登りながらでも良いですか?」
「別に俺たちは構わないけど、どうしてわざわざ山を登りながら?」
「この国の衛兵たちに目を付けられる可能性があるので、念のためにです」
おそらくラウロは、この国の悪口にあたるような何かを話してくれるつもりなのだろう。だとしたら、人通りの多い中で話すことを躊躇う気持ちも理解出来る。
そして法国内を歩くこと約二十分。
俺たちは北門から白壁を潜り抜け、雲よりも高いレド山脈を目の前にして立ち止まった。
「ラウロ、山に入る前に一ついいかな?」
「はい。何でしょうか?」
「訳あって俺たちは少し急ぎたいんだ。だから道中の魔物は全部俺とディアに任せてほしい。その代わりに魔石や魔物の素材は全部ラウロたちにあげるから、それでもいいかな?」
「えっ!? 急ぐのは構いませんが、全部コースケさんたちに任せておきながら、魔物の素材をいただくなんてことは出来ませんよ!」
ここで押し問答していても仕方ないと判断した俺は、すぐに別の提案を行う。
「なら、山分けってことにしよう。半分は迷惑料として受け取ってほしい」
「えっ……でも……」
「気にしない気にしない。さあさあ、出発しよう」
勢いに任せて強引に提案を飲んでもらい、俺はラウロの小さな背中を後ろからそっと押した。
そして俺たち四人は謎に包まれた魔物を討伐すべく、山を登り始めたのであった。
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