第242話 宗教国家
僕は今、夢を見ているのかもしれない。
弱い魔物とされているゴブリンは勿論のこと、群れで高度な連携を取って襲い掛かってくる凶悪なスノーウルフや、冒険者を装備ごと溶かすほどの強力な酸を吐くキラーアントが、
――炎がゴブリンを燃やし尽くす。
――見たこともない形をした剣を操り、易々とスノーウルフを断ち切っていく。
――風切り音が聞こえた瞬間にキラーアントの頭が落ちる。
そんな光景が僕の瞳に次々と映し出されていく。
「す、凄い……」
幼馴染のマウラも僕と同じように思っているみたいだ。
今のマウラは魔物を警戒する素振りを全く見せていない。
そこにいるのは冒険者のマウラじゃなくて、魔物を倒すショーを見物している観客のようだった。
でも、そんな風に気を抜いてしまっているマウラを注意することなんて、今の僕には出来やしない。
だって、僕もそのショーを見ている観客の一人なのだから。
これが本当の冒険者。
僕が目指している冒険者の姿が目の前にあった。
「お疲れ様、ディア。これでこの辺り一帯の魔物は全部倒せたと思うよ」
汗一つかかずに涼やかな表情でそう口にしたのはコースケさんだ。その顔には疲れの色は一切見られない。
「うん。こうすけもお疲れ様。このペースなら思ったよりも早く片付くかもしれないね」
綺麗な銀色の髪を持つディアさんもコースケさんと同じように汗一つ流していなかった。
正直な話、ディアさんのことを少し変わった人だと僕はほんの少し前までは思っていた。こんなに寒い場所にいるのにヒラヒラとした服を着ているし、武器だけじゃなくて防具さえも身に付けていないから。
だから最初は、『本当にこの人は魔物と戦えるのかな?』なんて思っていたりしたけど、それは完全に僕の勘違いだった。
ディアさんは、火・水・土・風属性の魔法を全て扱える天才魔法使いだったのだ。
魔力制御も魔力量も超がつくほど一流。呼吸をするかのように容易く魔法を自由自在に操るその姿は、誰もが憧れる魔法使いそのものだった。
一流の魔法使いを目指しているマウラにとっては神様みたいに見えているかもしれない。
だけど、レベルの低い土魔法と大槌を振り回すことしか出来ない僕にとって目指すべき目標は、ディアさんじゃなくてコースケさんだ。
コースケさんは僕とは違って魔法の腕も一流だけど、僕はコースケさんに憧れた。特にスノーウルフと剣だけで戦っていた時の姿は一生僕の記憶から消えることはないだろう。
コースケさんみたいな冒険者になりたい――そう強く僕は願った。
――――――――――――――――
「そうだね。この辺りには強い魔物もいないみたいだし、足止めをくらうことは当分ないんじゃないかな」
山を登り始めて既に数時間が経っていた。
ラウロ曰く、今のペースで進めばドルミール草が自生している場所まで後半分といったところらしい。
まだ半分もあるのかなんて思ったりもしたが、これでも信じられないくらいのハイペースで進めているとのことだ。
ちなみに今移動しているルートは普段ラウロたちが利用しているルートとは全く別のルートを進んでいる。
このルートはドルミール草が自生している場所まで短時間で到着出来るが、その代わりに強い魔物が多く出現するという特徴を持った上級者向けのルートらしい。
だが、上級者向けとのことだったが、俺とディアの実力を持ってすれば大した苦労はなかった。
「コースケさん」
魔物を狩り終わり、再度移動を始めようとしたタイミングで、ラウロから声を掛けられる。
「ん? どうかした?」
「当分魔物と遭遇しないとのことなので、コースケさんたちが求めているノイトラール法国についての情報を歩きながらお伝えしてもいいですか?」
このまま無言で歩き続けても暇だし、ちょうどいい機会かもしれない。
「だったらお願いしてもいいかな?」
「はいっ。僕たちが知っている範囲であれば何でもお答えしますので、どんどん聞いて下さい」
「なら、まず一つ。ノイトラール法国がどんな国なのか教えてほしい。大雑把でいいからさ」
ラウロは『うーん……』と悩ましげな声を上げた後、説明を始めた。
「……そうですね。簡単に言うなら、聖ラ・フィーラ教を中心とした宗教国家です。法国ということもあって、国を治めているのは聖ラ・フィーラ教の頂点である法皇様になります」
この辺りは予想通りの答えだ。
仮に国名を知らなかったとしても、国の中心に超がつくほどの巨大な教会が建っていれば、誰しもが宗教国家だと気付くことができるだろう。
「それじゃあ次の質問に移させてもらうね。国中があんなに白一色になっているのはどうしてなのか、ラウロは知ってる? それと、中立組織であるはずの冒険者ギルドの職員までもが白い制服を着ている理由を知っているなら教えてほしい」
「国中が白いのは、聖ラ・フィーラ教の主神であるラ・フィーラ様が白い輝きを放つ美しい姿をした女神だという伝承があるからだと聞き及びました。そんな理由もあって、ノイトラール法国の国色が白に定められたとのことです。僕たちは聖ラ・フィーラ教の信者ではないのであまり詳しくは知りませんが、聞いた話によるとラ・フィーラ様は白色を好んでいるとのことらしいですよ」
ラフィーラに関する伝承はどうやら美化され過ぎているような気がしてならない。ラフィーラを知っている俺が言うのだから間違いなしである。
ただ、ラフィーラと初めて出会った時に白いワンピースを着ていたことから、白色が好きという話だけはあながち間違っていないのかもしれない。
俺はつい、隣を歩くディアに視線を向けてしまっていた。
ラフィーラに関する伝承が本当に全て正しいのかどうかをディアに聞きたかったからだ。
するとディアは俺の視線に気付き、さらにはその意図も理解したようで、俺に視線を合わせてから小さな声でこう言った。
「……ううん。合ってないよ。ラフィーラは昔から金色が好きだったから」
「あ、やっぱり違うんだ……」
太古の伝承なんてこんなもんなんだなぁ、などと思いつつ、ラウロの話の続きに耳を傾ける。
「中立である冒険者ギルドまでが白色に染まっている件についてですが、これには理由があるんです」
「理由?」
「はい。ノイトラール法国の制度で、建物を白色にしたり、白い衣服を着て商売をすると、様々な税がかなり軽減されるんです。だから信者じゃない人でも、ノイトラール法国に住んでいる人の大多数は白い衣服を着て、白い建物に住んでるんですよ」
「なるほど。どうりで国中が白色ばっかりなわけだ。納得がいったよ」
白色を使用するだけで税金が減るともなれば、その制度を利用しない手はないだろう。仮に俺がこの国の国民だとしても、その制度を利用しているに違いない。
「僕の話はお役に立ちましたか?」
「色々と勉強になったよ。ありがとう。最後にもう一つだけいいかな?」
「勿論です。何でしょうか?」
「ノイトラール法国が三つの大国に囲まれていながら、存続している理由を知りたいんだ」
「うーん……。難しい質問ですね。僕たちはこの国の生まれではないので正しいかはわかりませんが、僕の考えでよければ」
「それで構わないよ」
「存続している理由は二つあると思います。一つはノイトラール法国は中立国家だと各国に宣言し、認められているからです」
中立国といえば、地球で言うところのスイスのようなものだろうか。
他国の戦争に関与せず、中立の立場を保ち続ける国家。それが中立国だ。
ただし、中立国には自国防衛のための武装組織――所謂、軍が絶対的に必要となる。だが、ノイトラール法国は宗教国家であるため、果たして自衛出来るほどの武力を、軍を保持しているのだろうか。
俺はそんな疑問を抱いたが、次のラウロの説明によって疑問は解消された。
「そしてもう一つの理由。それは、世界中にいる聖ラ・フィーラ教の信者の数がとても多いからだと僕は考えています。もし聖ラ・フィーラ教の総本山であるノイトラール法国を侵略しようとする国家が現れたとしたら、おそらく世界中にいる信者たちが黙ってはいないでしょう。これら二つの理由から、ノイトラール法国は存続し続けられているのだと僕は思います。どうでしょう? 納得していただけましたか?」
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