第235話 小規模都市ラマセ

「至急、積み荷の確認を行いますので、今しばらくお待ち下さい」


 デュラス子爵領『ラマセ』。

 この都市は小規模でありながら王都に近いということもあり、常日頃から賑わいをみせている都市である。

 そんなラマセにも聖ラ・フィーラ教の教会は小さいながらも存在していた。


 王都の教会から出発した輸送部隊は、ラマセに入るとすぐにラマセにある教会へと向かい、そこで積み荷の検査を行う手筈となっていたのである。


「ミスのないよう、しっかりとチェックをして下さい。私共はラマセで一泊していく予定ですので、急ぐ必要はありません」


「かしこまりました。ホラーツ司教」


 ラ・フィーラ教の白い正装を纏った、ラマセにある教会を任されている男は、ホラーツという名の三十代後半の男性に『ホラーツ司教』と役職名を付けて呼び、深々と頭を下げた。

 だが、ホラーツの服装は端から見れば教会関係者には見えないものだった。

 上質な鉱物で作られたプレートアーマーを身に着けていることもあり、教会関係者というよりは冒険者、または騎士のように見える装備をしていたからだ。


「教会内では司教でいいですが、くれぐれも教会外では司教と呼ぶのはやめてください。今の私は司教としてではなく、荷馬車の護衛隊長として動いているのですから」


 ホラーツは司教という立場にありながら、荷馬車の護衛隊長として動いていることには二つの理由があった。


 一つは、末端の教徒だけに輸送部隊を任せるわけにはいかなかったからだ。

 荷馬車が運んでいる物は、道中で消費する道具や食料、替えの衣類、そして『治癒の聖薬リカバリーポーション』で得た莫大な売上金である。

 売上金は聖ラ・フィーラ教の貴重な財源であるため、末端の教徒に輸送を任せる訳にはいかない、と上層部に判断された。そのため、司教という立場のホラーツが監督役として選出されたのだ。

 そして二つ目の理由。それは、ホラーツは司教でありながら、類い稀な戦闘能力を有していたからに他ならない。

 その戦闘能力はA級冒険者に並び立つどころか、凌駕するほどであると聖ラ・フィーラ教内で噂されるほどだった。


「も、申し訳ありません。ホラーツ様」


「いえ、気をつけて下さるのであれば、それで結構。では後は任せましたよ」


「お任せくださいませ。神のご加護があらんことを」


「ええ。神のご加護があらんことを」


 ホラーツは別れの言葉を告げた後、輸送部隊のメンバーと教会の裏庭で合流を果たした。


「本日はこの町で一泊します。ですので、まずは民衆に紛れるよう着替えることにしましょう。そして十分後、再度ここに集まり、それから全員で食事を取るということで。では行動を開始して下さい」


「「かしこまりました」」


 一糸乱れぬ返答に満足したホラーツは、機嫌良く笑みを浮かべる。しかし、その笑顔に騙される者は輸送部隊には誰一人としていない。

 何故なら、ホラーツの性格を誰もが熟知していたからだ。

 残忍で容赦がなく、そして罪を犯した者には確実に粛清を与える。

 それがホラーツの本質――在り方だった。

 故に、遅刻など許されるわけがないと悟っている者たちは、足早にその場を後にし、教会の一室を借りて素早く着替えを済ませていく。

 そして、集合時間を五分ほど残した時点で、全員が教会の裏庭で着替えを済ませて待機していた。

 それから僅か二分後、ホラーツは安物の服を身に纏った姿で裏庭に現れた。


「素晴らしい。予定時間より三分以上も早く待機していたとは」


「「これも神のご加護があってこそでございます」」


 示し合わせたかのように全員が同じ言葉を紡いだが、これは一種の決まり事のようなものだった。

 位の高い者に褒められた際には己の行いを誇るのではなく、あくまでも神のおかげであると答えることが聖ラ・フィーラ教の教えであったからである。


「では、食事に向かいましょう」




 ホラーツ率いる輸送部隊が向かった食事処は、富裕層をターゲットとしたレストランではなく、どこにでもあるような個人経営の店だった。

 この店は安価でありながら質の良い料理が提供されることもあり、輸送部隊がラマセに来た際には必ずと言って良いほど利用している。

 しかしその実、安くて美味い店だから利用しているというわけだけではない。

 この店を利用している理由。それは、この店の店主が聖ラ・フィーラ教の狂信的な信者であったからだ。加えて、教会からも近く、席数も三十席にも満たない程度しかないため、二十人からなる輸送部隊で店の席の大半を占拠することが出来るという利点がある。

 店主が狂信者ということもあって、利用客が輸送部隊の他にいなければ密談をすることも可能であった。情報が漏れる心配が不要だからだ。


 しかし、今日に限っては珍しく密談が出来る状態ではなかった。

 何故なら、既に男女三人組の客がテーブルに着き、食事を取っていたからだ。


(服装から察するに、冒険者……でしょうか? ですが、あまり気にする必要はないようですね)


 平凡な容姿を持つ三人組。装備を見るに、Cランク冒険者程度だろうとホラーツは見立てた。


(念のため、遮音の魔道具を使用しておけば問題はないでしょう)


 ホラーツはそう判断し、店主に注文を行うことにしたのであった。


―――――――――――――――――


「主よ、偶然の産物とはいえ、私たちは幸運に恵まれたようだぞ?」


 五百グラムを優に超える分厚いステーキに齧り付きながら、器用に小声でフラムはそう囁いた。


「幸運……なのかな?」


 一応『形態偽装』の仮面を全員が着けているため、素性を知られる恐れはないが、客が俺たちと輸送部隊の人たちしかいない状況は、あまり好ましい状況とはとてもじゃないが俺には思えなかった。


「大人しく料理を食べてれば大丈夫だと思う。向こうはわたしたちをあまり警戒してないみたいだから。それよりも、今はこの好機を活用しなきゃ」


「ああ、なるほど。了解」


 ディアの言いたいことは容易に理解できた。つまり、『神眼リヴィール・アイ』で情報を覗き見るチャンスだということだ。


 俺はシチューを食べるふりをしながら視線だけを輸送部隊の面々に向け、さりげなく『神眼』を使用した。

 その結果――


「あまりこんなことは言いたくないけど、大した相手はいないかな。一人だけそこそこ強そうな人はいるけど」


「そうか? どれも相手になりそうにないぞ」


 フラムに警戒心などは一切見受けられない。だが、それは慢心ではなく、ただただ純然たる事実を口にしているだけだ。

 唯一俺が警戒したホラーツなる人物のスキル構成を見る限り、フラムに勝てる可能性は微塵もない。勿論それは俺に対しても、だ。

 一対一であれば確実に勝てる自信が俺にはあった。そこに万が一はない。

 それほどまでにホラーツなる人物と俺の実力差はかけ離れていた。


「……まぁ、フラムの気持ちはわからないでもないけど、警戒は怠らないようにね」


「うむ、了解した」


 小声でのやり取りを終えた俺たちはその後、輸送部隊の者たちに怪しまれないよう雑談に花を咲かせながら、食事を続けた。




 食事を終えた俺たちは一足早く店を出ると、近くにあった路地裏に隠れて輸送部隊の動きを『気配完知』で捕捉していた。


「――おっ。ようやく店を出たみたいだ。とりあえず跡を追ってみよう」


「うん。でも、これからどうするの? 宿を取るなら早めに取った方がいいと思う」


 まだ日が沈む時間にはほど遠いが、日が沈んだ後に宿を探すのはなかなか骨が折れる。特に男女三人組で構成されている『紅』は、最低でも二部屋確保しなければならないため、なおさらだ。

 そのことをディアは危惧していた。

 だが、その点については、簡単な解決策を俺は持っていた。


「ああ、それなら大丈夫。二人にはゲートで屋敷に戻ってもらうつもりだから。監視は俺だけで十分だし、何か動きがあったら呼びに戻るから、屋敷でゆっくりと休んでてほしい」


「……いいの?」


「大丈夫、大丈夫。一部屋くらいなら取れると思うし、最悪野宿でも問題ないしね。それよりも、まだまだこれから長旅になると思うから、二人はしっかりと身体を休めるように」


 俺はビシッと、拒否を許さないといった口調で二人に指示(命令)を下した。ここで互いに遠慮し合っても、無駄な体力を使うだけだと判断したからだ。


「ディアよ、ここは主の好意に甘えようではないか。適度な休息は必要不可欠だぞ」


「……うん、わかった」


 ディアは申し訳なさ一杯の表情を浮かべていたが、一応は納得してくれたようだ。これも全てフラムの援護射撃のおかげだろう。

 しかし、フラムの場合は本心で休みたいと考えていそうな気がしてならないが、わざわざそれを指摘する必要はない。


 俺は周囲に人影が無いことを確認し、ゲートを開いた。


「まだ明るい時間だけど、身体を休めるためにもしっかりと寝るように」


「こうすけも無理はしないようにね」


「わかってる。それじゃあまた後で」


 二人がゲートを通る姿を見送った後、俺はゲートを閉じた。

 そして、俺は単独で輸送部隊の追跡を開始したのであった。

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