第236話 足止め
「ふぁ〜ぁ……」
眠さのあまり、目を擦りながら大きな欠伸をしてしまう。
「こうすけ、眠くない? 大丈夫?」
「一日や二日くらい寝なくても平気だよ。まだまだ元気元気」
多少の眠気こそあるが、体力的には何ら問題はない。強いて言うなら『暇』。ただそれだけだ。
「主よ、どうしても眠いのであれば、私が背負ってやるぞ?」
フラムの申し出はありがたいが、フラムに背負われる俺の姿を想像すると、何とも情けない気持ちになってしまうため、遠慮させてもらうことにする。
「ははは……。遠慮しとくよ」
今の時刻はおよそ深夜の一時くらいだろうか。
既にラマセから出発して半日が経過しようとしていた。
俺たちの約五百メートル先には、聖ラ・フィーラ教の輸送部隊が真っ暗闇の中、北東へと続く街道を進み続けている。
ちなみに輸送部隊の人数は変わらず二十人のまま。唯一の変更点といえば、荷馬車に積載されている荷物の量が倍近くに膨れ上がっていることくらいなもの。
おそらくラマセで食料や消耗品などを大量に補充したのではないかと俺は考えている。
「ねぇ、こうすけ」
「ん? どうかした?」
「次の街まではどれくらいかかりそう?」
俺は脳内にある地図を引っ張りだす。
ラマセで輸送部隊を一人で見張っていた際、暇をもて余していた俺は、長時間に渡って地図を眺めていたこともあり、この辺りの地理はある程度頭の中に入っていた。
「次の街らしい街は当分先になるよ。このペースのまま進むとしたら、後三日は掛かるんじゃないかな? 小さな村なら、ちらほら見つかると思うけど」
アーデルさんから貰った地図には、小さな町や村などは一切記載されていなかった。
「だったら教会の人たちは、いずれ野営することになると思うから、その時になったらこうすけは屋敷でゆっくり休んで。見張りはわたしが頑張るから」
「ありがとう。その時はお願いするよ」
―――――――――――――――――
「時間も時間ですので、そろそろこの辺りで野営をしましょう。各自準備を始めてください」
ホラーツの一声で、荷馬車とそれを守る護衛たちは歩みを止め、即座に街道横の森の中で野営の準備に取り掛かる。
食事を、テントを、そして周辺の警戒を。
各々の役割を事前に決めていたため、輸送部隊の面々に無駄な動きは一つも存在しない。
「ホラーツ様、周囲には魔物の気配も人の気配もございませんでした」
「それは結構。これも全て神のご加護のおかげでしょう」
「仰る通りかと」
「では、このまま周囲の警戒を怠らないようお願いしますよ」
「かしこまりました」
警戒班の一人である男はホラーツに頭を下げた後、周囲の警戒へと戻っていった。
(……ふむ。順調そのものです。ですが、何故だか順調過ぎる気がしてなりませんね。ここまでの道中、野盗はおろか、魔物まで現れないとは……)
拭えぬ違和感をホラーツは抱く。
確かに野営をしているこの場所は、街道のすぐ近くということもあり、魔物が出現しないことは珍しいことではない。
しかし、周囲一帯を探らせた警戒班の網に魔物が一体も引っ掛からないのはどうにもおかしい。
(何かしらの異変が起きていると考えるべきか、偶然の産物なのか……。少し警戒をしておきましょうか)
ホラーツはひとまず抱いた違和感を棚上げし、輸送部隊のメンバーに指示を出すべく行動を開始した。
――――――――――――――――
「主よ、この辺り一帯にいた魔物の駆除は全て終わったぞ」
「ありがとう、フラム」
俺たちは教会の輸送部隊が野営している場所より、さらに奥に入った森の中で野営をしようとしていた。
俺とディアは食事と寝床の準備を。フラムは魔物の駆除を。と、いった役割分担である。
ただし食事の準備といっても、疑似アイテムボックスから調理済みの料理を取り出すだけで、大したことは何もしていないのだが。
「ずいぶんと帰ってくるのが遅かったけど、どこまで行ってたの?」
ディアはフラムにそう疑問を投げ掛けた。
言われてみれば、確かにフラムの帰りはかなり遅かった。
フラムの実力なら、ここら一帯の魔物の駆除など、ものの十分足らずで済むだろう。にもかかわらず、フラムが帰ってくるまでに掛かった時間はおよそ三十分。
どこかで道草でも食っていたのかな、などと気楽に考えていた俺だったが、想定外の答えがフラムから返ってくる。
「ん? どこまでと聞かれても、正直覚えてないぞ。そこいらにいた気配を捕捉した魔物を全て駆除してきたからな。危うく教会の奴らのところまで行きそうになったくらい頑張って働いてきたぞ」
ドヤ顔をするフラム。
そんなフラムに対して俺とディアは、同時に大きな大きなため息を吐いた。
「「はぁ〜……」」
「……ん? 何故そこでため息を吐くのだ?」
何も理解していないフラムにディアが説明を行う。
「あのね、フラム。野営をする時に、一番気をつけることって何だと思う?」
「それは当然魔物だろう。魔物が近くをうろついていたら、熟睡など出来ないからな」
「うん、正解。だから野営をする時は交代で周囲を警戒したりするでしょ? それは向こうの人たちも同じ。でも、フラムがこの森一帯の魔物を倒しちゃったら、警戒してる人たちは不思議に思うと思わない? どうして魔物が一体もいないんだろう? って」
ディアから説明を受けたフラムは、ようやく自分が仕出かしてしまったことに気付いたようで、苦笑いを浮かべながら後頭部を掻いていた。
「うむ! やってしまったことをいつまでも引きずっていても仕方あるまい! 全てを忘れ、食事にしようではないか! はははは!」
完全に開き直るフラムであった。
「まぁ、もしかしたら若干警戒されることになるかもしれないけど、そこはもう割り切るしかないね。距離を保ち続けていれば、そうそう見つかることはないだろうし」
「流石は私の主だ。細かいことは忘れようではないか」
「俺を持ち上げても無駄。フラムは反省するように」
「ふぁ〜い」
反省の色が全くみえない間の抜けた返事をするフラムだが、同じ過ちを繰り返すほど馬鹿ではない。その辺りは、なんだかんだフラムのことを俺は信用していた。
フラムが仕出かしたことが切っ掛けになったのかまではわからないが、翌日から輸送部隊の隊列が大きく変更されていた。
二台の荷馬車をホラーツを含む四人だけが囲い、残りの十二人は荷馬車と距離を取り、広範囲に渡る警戒態勢を敷いていた。
しかし、俺たちからしてみれば然したる問題はない。
相手に俺の『気配完知』を上回る探索能力がない限り、俺たちが警戒網に掛かる心配は皆無に等しいからだ。
だが、その代わりにいくつか面倒事が生じるようになってしまっていた。
その面倒事は度々訪れ、今現在もその面倒事が発生している真っ只中である。
遠くから焦燥感を抱かせる叫び声が聞こえてくる。
「おい! フォレスト・スコーピオンが出たぞ!! 誰か援護を頼む!」
面倒事――それは魔物の襲撃のことだ。
広範囲に渡る警戒網のせいで、魔物との遭遇率が劇的に上昇してしまっているらしく、その度に輸送部隊は移動を止め、戦闘を何度も繰り返し行わなければならない状況に陥っていた。
尾行している俺たちからしてみれば、そう何度も足を止められてしまうと、いつまで経っても輸送部隊が向かっている場所に辿り着く気がしなくなっていく。
つまるところ、輸送部隊が戦っている時間が惜しく、そして無駄だと感じていた。
「主よ……、もう待つのは流石に飽きたぞ。私が魔物を駆逐しにいってもいいか?」
普段の俺であれば、確実にフラムにNOを突きつけていただろう。
だが、こう何度も魔物に足止めをくらっているところを見させられると、身体がうずうずしてきて仕方なかった。
「……」
時間の浪費と見つかるリスクを天秤に乗せ、どうするべきかを考える。
「おーい、主ぃー」
悩みに悩んだ結果、俺が導き出した答えは――
「二人はここで待ってて。俺が行ってくるよ」
魔物の駆除だった。
「気をつけてね」
「主よ、抜かるなよ」
二人の返事を聞いた俺は、すぐさま森の中を疾走した。
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