第233話 追跡調査

 一人、教会から屋敷へと帰った俺は、ディアとフラム、そしてイグニスを加えた三人を連れて、今や会議室と化している応接室へと向かい、『治癒の聖薬リカバリーポーション』を調べていた。


「うん。やっぱり間違いない。この液体は人の生命力が原料になってる」


 鋭い眼差しを栓の開いたフラスコに向けながら、ディアはそう言い放った。


「私もディアの見立てに間違いはないと思うぞ。その液体からは人間の臭いが漂ってくるからな」


「御二方の仰る通りかと。まるで人間を液状化させ、それを薄めたかのような印象を抱きました」


 フラムとイグニスの捉え方はディアのそれとは違うが、答えは似たようなものだった。

 要するに三人が導き出した答えは、『治癒の聖薬』は人間を原料として生産されているということだ。

 俺からしてみれば、ただの薄緑色の液体にしか見えないのだが、魔力を視認することが可能なディアや、研ぎ澄まされた嗅覚を持つ竜族のフラムとイグニスからしてみると、容易く見抜けるものなのだろう。

 おそらく人間では『治癒の聖薬』の真実に辿り着くことは不可能に近い。様々なスキルを持つ俺でさえもわからないのだから、常人ではまず見抜けないはずだ。


「人の生命力を薬に、か……」


 考えるだけで吐き気を催しそうになる。

 人の生命力――つまり教会は、人の命を商品化して売りさばいているようなものだ。悪魔の如き所業と言っても過言ではない。


「それでディアよ。この『治癒の聖薬』とやらは、使う分には問題はないのか?」


 液体が入ったフラスコを左右に揺らしながら興味深そうにフラムは質問を投げ掛けた。


「うん、大丈夫。上位の治癒スキルくらいの効果はあると思う」


「ほう。それは凄いな。副作用もなく、上位の治癒スキルの効果を得ることが出来るのか。であれば、製法を知らぬ者はこぞって欲するだろうな。製法を知らぬままなら、な」


 フラムの言うとおりだろう。

 人間の生命力が原料になっていると知らなければ、再生能力を所持している俺でさえも購入し、使用していたに違いない。


「人族は賢くもあり、愚かでもある、と竜族の間ではよく言われてますが、まさにこの薬はその言葉を具現化したかのような代物でございますね」


 人間に対し、サラッと毒を吐くイグニス。

 一部例外(この屋敷に住む者)を除き、イグニスは基本的に人間を格下の存在と見ているが故の言葉だ。


「イグニスよ。私の主の前で人を見下すような言葉を使うな。主が許しても私が許さんぞ」


「申し訳ございません。コースケ様、フラム様」


 イグニスは深々と頭を下げ、謝意を示す。


「別に気にしてないから大丈夫だよ、イグニス。それよりも、これからどうするかを決めよう。『治癒の聖薬』の生産を阻止するためにどう動くのかを」


 気まずい空気を払拭するために、あえて俺は議論を活性化させる話題を提供したところ、ディアがそれに答えた。


「『治癒の聖薬』は何処かから輸入されてるって話だから、まずはそれを突き止めた方がいいと思う」


「確かにそれが手っ取り早いだろうな。それに生産場所さえ判明すれば、そこを叩けば済むだけの話だ。だが、どうやって突き止めるのかが問題だぞ?」


「大丈夫。たぶん簡単にわかると思う」


「ほう。で、どうするつもりなのだ?」


「それは――」




 現在の時刻はおよそ深夜二時。

 俺たち『紅』の三人は今、灯りがなく暗闇に包まれた王都の路地裏にいた。


「おっ。『気配完知』に動き出す人影の反応ありだ」


「何人くらい?」


「ちょうど二十人だね」


「意外に多いな。跡をつけたら気付かれるのではないか?」


「ある程度距離を取れば何とかなると思うけど、念のために気を引き締めていこう」


「うん」「了解した」


 二人の返事を合図に、俺たちは路地裏から抜け出した。


 ディアが考えた作戦は至って単純なものだった。

 王都にある聖ラ・フィーラ教会を見張り、教会から王都の外に出る者の跡をつける。ただそれだけだ。

 『治癒の聖薬』を他国から輸入しているということは、それを運搬する者が必ずいるはずだと検討をつけ、俺たちはここ三日間、教会を見張っていたのである。そしてその努力がようやく実ったのが、今というわけだ。

 しかし、この作戦には致命的な欠点がある。

 その欠点とは、教会から王都の外へと出る者が本当に運搬のために王都を後にしたのかがわからないという点だ。

 完全に運に任せた賭けでしかないのだが、例え失敗に終わったとしても、ゲートを作り出して帰宅すればいいだけという結論に至り、作戦を決行することにしたのである。


「主よ、反応はどうだ?」


「たぶんだけど、当たりかな? 西門から外に出ようとしてるみたいだ」


「……ふう。よかった」


 ディアは胸をなでおろし、安堵の息を吐いた。


「俺たちも王都の外に出ようか。とりあえず王都の西門付近の路地裏に入って、そこからゲートで外に出よう」


「うむ、了解した。しかしながら、主のスキルは本当に便利だな。気配を消すスキルさえ取得すれば、暗殺者になれるのではないか?」


「いやいや、そんな物騒な職にはつきたくないから……」


 俺に暗殺者なんて務まるわけがない。例えなったとしても、すぐに心が病むこと間違いなしだ。


 そんな馬鹿話をしながら、俺たち三人は王都の外へ出たのであった。




 ゲートで王都の西側へと転移した俺たちは、すぐに教会から出た者たちの跡をつけ始めた。

 互いの距離は五百メートル以上離れていることもあり、『気配完知』を相手側の人間が持っていない限り、気付かれる恐れはまずないだろう。


「あれ? 今度は東に方向転換したみたいだ」


 追跡を開始してから約二時間が経とうとしていた。

 教会の輸送部隊と思われる者たちは西門を出た後にすぐさま北へと方向転換し、そしてたった今、東へと進行方向を変えた。


「西門から出たのに、東に向かってるの? どうしてだろう?」


 ディアの疑問はもっともなものだ。

 東に向かうつもりであったのなら、東門から出た方が効率的だと言えよう。にもかかわらず、どうして西門から出たのだろうか。


「うーん……。考えられる可能性を挙げるとしたら、どこの国から輸入しているのかバレないように、わざわざ遠回りをしてるってことくらいかな?」


「私もそうだと思うぞ。秘匿している情報が漏れないように動いているのだろう。して、主よ。東には何という国があるのだ?」


「ちょっと待ってて。今調べてみるよ」


 俺は以前アーデルさんから貰った地図を疑似アイテムボックスから取り出し、それを広げた。


「明かりなら私に任せるのだ」


「なるべく小さめな明かりで頼むよ」

 

 周囲一帯は暗闇に包まれているため、いくら輸入部隊と距離があるとはいえ、明かりを灯すにはそれなりの危険が伴う。


「勿論だ。心得ているぞ」


 フラムは自身の指先にライター程度の小さな火を灯し、地図を照らした。


「ええっと、どれどれ……」


 今思えば、こうしてじっくりと世界地図を見るのは初めてかもしれない。何故今まで地図を見ていなかったのか、と自分自身に呆れながら、地図を凝視する。


「へぇ……。この世界には大陸が一つしかないのか」


 地球とは大違いだった。

 端的に言うならば、横に長いギザギザとした長方形のような大陸が一つあり、その周囲に小さな島がいくつかあるだけ。

 地図が正確なものなのかどうかは分からないが、地図を見る限り、海よりも陸の方が面積が広いようだ。

 その他に目についたのは、最北西に少し大きめな島が四つほど密集している点くらいだろうか。


「こうすけのいた世界とは全然違うの?」


 そんな質問がディアから飛んでくる。


「俺のいた『地球』ってところは六つの大陸があって、陸より海の方が広い世界なんだ。ちなみに、俺が住んでた国は大陸じゃなくて小さな島国だったんだけどね」


「ほう。六つも大陸があるのか。主のいた世界はこの世界よりも広いのだろうな」


「んー。どうなんだろう? 地図の縮尺が分からないから何とも言えないかな。――って、そんな悠長に会話してる場合じゃなかった! そんなことよりも、今は地図の確認を優先しないと!」


 輸送部隊との距離が徐々に離れつつあることに気付き、俺は大慌てで地図を確認していく――

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