第226話 祝勝会

「輸入品を定期的に販売するためには国王様の許可が必要だなんて初めて知りました。でも、近日中に『治癒の薬』が販売されるってことは、国王様は販売の許可をされたってことですよね?」


「ああ。とはいっても、俺は許可を出しただけで効果の程は下から上がってきた報告書の上でしかわかってないんだけどな。確か報告書によると、部位欠損程度であれば治せるとのことだったはずだ。教会はどうやってそんな薬を作ったのかまでは判明してないが、鑑定の結果から『治癒の薬』に危険性が見られなかったこともあって、販売の許可を出したってわけだ。それに教会が言うには、『治癒の薬』はラバール王国以外の国々でも認可され、販売される予定らしい」


 部位欠損を治せるほどの効果があるなんて、正直なところ信じがたいものがある。もしそれが事実なのであれば、最早それは薬の域を超えて魔法の域に達していると言っても過言ではない。

 上位の治癒魔法系スキルに匹敵しうる効果ともなると、その需要は計り知れないものになることは確実だ。

 冒険者は勿論のこと、戦場で戦う兵士や騎士、はたまた一般人でさえも欲してやまないだろう。無論、『治癒の薬』の価格にもよるが、法外な価格でなければ近い将来には必需品にさえなりうるかもしれない画期的な代物だ。

 そんな代物が他国でも販売される予定だと聞いてしまえば、エドガー国王が教会に販売許可を与えたことにも十分納得がいく。


「部位欠損をも治せるなんて、凄いとしか言いようがないですね……。むしろ凄すぎて半信半疑になってしまうくらいですよ」


「報告を受けた俺ですら未だに信じ切れないくらいだしな。まぁ近々販売されることはほぼ確実だし、『治癒の薬』を試したいのなら、買えばいいだけの話だ。かなり高額になるとは思うが、コースケたちなら余裕で買えるだろ?」


「はははは……」


 特に懐事情を隠す必要はないのだが、何となくいやらしくなってしまうと考え、笑ってその場を誤魔化す。


 今回の褒章式で俺たちは金貨を2000枚ずつ褒美として受け取ったこともあり、金銭感覚がおかしくなるほどの大金を所持している。

 元々持っていた金貨と褒章式で受け取った四人分の金貨を合わせると、金貨の枚数は万近くにも及ぶほどだ。日本円に換算すると約10億円といったところか。

 そんな懐事情もあり、どれほど『治癒の薬』が高値で価格設定されようと、流石に俺たちでさえ手が届かない価格設定になることはないだろう。

 しかし、いくら大金を持っているからといっても、馬鹿げた価格設定であれば、わざわざ購入するつもりは俺にはない。


 その理由は単純だ。

 そもそもの話、ディアは治癒魔法を使うことができ、なおかつ俺自身も怪我の治療を必要としていないからに他ならない。ましてやフラムやイグニスが怪我をするとも思えないことからも、『治療の薬』が必要になる場面はほぼないと思われるからである。

 要するに、必要とはしてないが興味はあるというだけだ。


「――っと、もうこんな時間か。そろそろ祝勝会の会場に向かわなければな。俺とアリシアは先に行くが、コースケたちはもうしばらくこの部屋で待機していてくれ。じゃあな」


「先生方、イグニス様、お先に失礼します」


 もう少し『治癒の薬』についての情報を得たかったが、残念ながら時間切れになってしまった。

 ここはエドガー国王の言うとおり、大人しく販売されるまで待つしかないかと割り切り、俺たち四人は祝勝会の時間まで雑談を交わしながら待機することになった。




「――今宵は勝利の美酒に酔いしれよう」


 エドガー国王のその言葉で祝勝会が始まった。

 会場を見渡した俺の感想は『やり過ぎだ』という一言だった。

 きらびやかな装飾品、彩り豊かな大量の料理、そして百人単位にも及ぶ多くの人々。

 俺は祝勝会の全てにおいて圧巻されてしまっていた。


「……凄いね、こうすけ」


 ディアも俺と同じ感想を抱いていたらしく、そんな言葉をポロリと溢す。

 圧巻されていた俺とディアとは打って変わって、フラムは周囲を全く意識することなく、イグニスが持ってきた料理に飛び付いていた。

 立食形式だったこともあり、本来は料理を自分で取りにいかなければならないのだが、フラムにはイグニスという名の給仕係がいるため、ひたすら食べることだけに集中することが可能となっている。

 傍から見ればイグニスは、祝勝会に参加する側ではなく給仕する側に見えること間違いなしだ。


「そうだね。――んっ?」


 ふと周囲を見渡していると、多くの貴族が集まる一画があることに気づく。

 何事かと思い注視してみると、その集団の中心には伯爵から侯爵になったシャレット侯爵とその娘のエリス嬢がそこにはいた。


「あれって……」


 どうやらディアも二人の存在に気づいたようだ。視線をシャレット侯爵――にではなく、エリス嬢へと向けていた。


「フィアはどうしたい? 挨拶に行ってみる?」


 フラムが食事に没頭しているからかはわからないが、遠巻きに俺たちの様子を伺っている者こそいるが、話しかけてくる者は今のところ誰一人としていない。そんなこともあって、暇を持て余しているのが現状だ。

 しかし、そんな暇な状況はおそらく今だけだろう。

 シャレット侯爵のもとに行くタイミングは、今を逃せばなくなってしまう可能性が高い。だからこその提案だった。


「うん。エリスに会いたいから」


 ディアは本当にエリスのことを気にいっているようだ。ディアに『会いたい』とまで言わせるエリスに俺は少し嫉妬してしまっていた。


「なら、善は急げだ。早速行ってみよう。イグナール、悪いけどラムの事は頼んだ」


「お任せください」




 ディアを引き連れてシャレット侯爵に近づくにつれ、次第に貴族たちの会話内容がはっきりと耳に入ってくる。


「此度は素晴らしい活躍をなさいましたな。シャレット侯爵」


「南方から迫る反乱軍を足止めし、なおかつ撃退するとは驚きましたぞ。反乱軍の存在によくお気づきになられましたな」


「ははは。全くの偶然ですよ。それにしても侯爵と呼ばれるのは面映ゆいものがありますな。私自身、侯爵になったという実感がなかなか湧かないものでして」


「何を仰いますか。今やシャレット侯爵はラバール王国中にその名を轟かせておりますよ。私はご存知の通り、独り身の男爵ではありますが、シャレット侯爵と懇意にさせていただいていることもあって、名家のご息女との見合い話がいくつも舞い込んできているほどですから」


「それはそれは。これを機に良縁があれば――」


 目立たないよう息を潜めて近付いていたのだが、完全に気付かれてしまったようだ。

 シャレット侯爵やその周囲を取り囲む貴族たちの視線が俺とディアに突き刺さる。

 しかし、そんな気まずい雰囲気の中、エリス嬢だけは瞳を輝かせ、ディアに駆け寄り抱きついた。『形態偽装』の仮面を着けているにもかかわらず、だ。


「久しぶり、エリス」


「はい! ええっと……フィア? さん!」


 フィア=ディアであることをエリス嬢は知っているとは故、どうしてそこまで早く察知できるのだろうかと不思議には思うが、無邪気な少女の直感なのかもしれないと自分を納得させることにした。


 エリス嬢がディアに抱き付き、そのエリス嬢の頭をディアが撫でる。そんな微笑ましい光景が目の前に広がってはいるものの、俺はディアたちに気を掛けている場合ではなくなっていた。

 何故なら――


「あの方はもしや……」


「ああ。救国の英雄の一人、トム殿で間違いない」


「いや、今やルージュ男爵と呼んだ方が正しいのではないか?」


「だが、四人全員をルージュ男爵と呼べば、混乱が生じるのでは?」


「うむ。確かに……」


 いつの間にかに話題の中心が俺に移っていたのからである。

 だが、視線こそ俺に向けてきているものの、直接話しかけようとしてくる者は現れない。雰囲気から察するに、どう話し掛ければいいのか戸惑っているように思える。

 話し掛けたくても話し掛けられない、そんな空気を打ち破ったのはシャレット侯爵だった。


「こうして言葉を交わすのは魔武道会後の慰労会以来になるか。久しぶりであるな、トム殿。いや、ルージュ男爵と呼んだ方がいいかな?」


 笑みを湛え、気さくな挨拶の言葉をシャレット侯爵は告げた。

 この言葉を切っ掛けに、場の雰囲気が徐々に変化していく。


「お久しぶりです、シャレット侯爵。あ、それと呼び方はトムでお願いします。男爵やらルージュと呼ばれても、いまいちピンと来ないので」


「はははっ。私もトム殿と同じ気持ちを抱いているよ。侯爵になれたことは光栄に思うが、実感がまるでないというのが正直なところだ。ところで話は変わるが、どうしてもトム殿に紹介したい者がいるのだが、少し時間を貰っても構わないだろうか?」


「構いませんが、紹介……ですか?」


「ああ。――エリーヌ、こちらに来てくれ」


 聞いたことがない名前だった。

 一体どんな人なんだろうと思い、視線をシャレット侯爵と同じ方向に向けたところで、すぐにどういった人物なのか理解することができた。

 何故なら、エリーヌと呼ばれた女性の腕の中には一歳にも満たない赤ちゃんが抱き抱えられていたからだ。


「初めまして、トム様。シモン・ド・シャレットの妻エリーヌです。そして、私の腕の中にいるこの子は私たちの息子のシリルと申します。トム様にはずっとお会いしたいと思っておりました。どうぞよろしくお願いしますね」

 

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